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第一章 因縁の世界へ転生
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軽くストレッチをして、早速ふたりで合わせてみる。わたしの世界のものとは細部が異なり少し戸惑ったが伊達に十数年続けていない。
「……飲み込みが速いな。これならパーティーも問題なさそうだ」
感心したように目を見張る一条さんに小さく笑いかけた。
「そんなことありませんよ」
謙遜ではない。この体では社交ダンスを踊った経験が皆無のため、前世と比べて体がついていかない。普段使っている筋肉とは違うため顔には出さないものの疲労が溜まっていた。
「……茜音はどうだ?」
一条さんの問いかけは、天井から流れる音楽にかき消されそうなほど小さかった。
「とても良くしていただいています。心優しい義妹さんですね」
人に素直になることが苦手なだけで、心は純粋で慈愛に溢れる性格だと知っている。気遣いも面倒見も良くてわたしにはもったないくらいだ。
「……そうか」
心なしか、一条さんの纏う雰囲気が緩む。
「あいつは気難しくて自分の意志を曲げられない加えて本家の者でもなければ趣味もイラストを描くことだから、良い顔をされた試しがないんだ」
画家が描くような油絵具を使用した絵画ならまだしも、イラストは頭の固い古株は渋面を作るかもしれない。
「だから、お前が茜音と一緒にいるのを見て信頼できると思ったんだ」
「そんな、わたしは茜音さんの生い立ちを知りませんでしたし買いかぶりすぎですよ」
「たとえ知っていたとしてもお前はあいつと交流を持っていただろう」
確信めいた口調で断言され、わずかにたじろいだ。生まれをどうこう言うのは馬鹿げていると思うしそんなことで態度を変える人間にはなりたくない。そう思っているのは事実だった。だが、どうしてほぼ初対面の一条さんに分かるのだろう。
何となく深く考えてはいけない気がして、わたしは話題を変えた。
「……今回参加する社交パーティーはどういう雰囲気なのでしょうか?」
「社交ダンスがあるくらいで、そこまで堅苦しいわけじゃない」
一条さんはそう答えてから、はっと何かに気がついたような表情になった。
「すまない。ああいう場にあまり良い思い出がなかったか?」
良い思い出どころか悪い記憶しかなかった。でもそれを話して暗い表情にさせるのは違う。わたしが引き受けたことなのだ。
「そういうわけでは……」
「もしかして、前に話していた『自分から行動できなかった』ことと関係があるのか?」
一瞬、ステップを踏む足が止まりそうになる。まさか詳しく聞かれるとは思わなかった。
「……そう、ですね。嫌なことがあっても嫌って言えなくて。ずっとその人達の言いなりでした」
両親。婚約者だった王太子。様々な人達の顔色を伺い、行動する人生だった。
一条さんの顔が見れない。自分の意志をはっきりと示すことができるわたしには眩しすぎる。
一条さんは何か伝えたそうに口を開いたが、すぐに首を横に振る。一拍置いて、彼は静かに告げた。
「次に我慢できないことがあったら」
一条さんの足がとまった。荘厳なオーケストラもすっと遠くに聞こえて、まっすぐな彼の瞳に吸い寄せられる。
「――抗え」
言い聞かせるように、一条さんははっきりと口にした。
「その先がどうなるかは誰にも分からないが、お前の意志を伝えないままでは現状は変わらない」
「一条さん……」
口を開きかけたわたしを遮るように、一条さんは音楽に合わせてステップを踏みはじめる。きっと、気を遣ってくれたのだ。
このときのわたしは、まさかあんなことになるとは露ほども考えてはいなかった。
軽くストレッチをして、早速ふたりで合わせてみる。わたしの世界のものとは細部が異なり少し戸惑ったが伊達に十数年続けていない。
「……飲み込みが速いな。これならパーティーも問題なさそうだ」
感心したように目を見張る一条さんに小さく笑いかけた。
「そんなことありませんよ」
謙遜ではない。この体では社交ダンスを踊った経験が皆無のため、前世と比べて体がついていかない。普段使っている筋肉とは違うため顔には出さないものの疲労が溜まっていた。
「……茜音はどうだ?」
一条さんの問いかけは、天井から流れる音楽にかき消されそうなほど小さかった。
「とても良くしていただいています。心優しい義妹さんですね」
人に素直になることが苦手なだけで、心は純粋で慈愛に溢れる性格だと知っている。気遣いも面倒見も良くてわたしにはもったないくらいだ。
「……そうか」
心なしか、一条さんの纏う雰囲気が緩む。
「あいつは気難しくて自分の意志を曲げられない加えて本家の者でもなければ趣味もイラストを描くことだから、良い顔をされた試しがないんだ」
画家が描くような油絵具を使用した絵画ならまだしも、イラストは頭の固い古株は渋面を作るかもしれない。
「だから、お前が茜音と一緒にいるのを見て信頼できると思ったんだ」
「そんな、わたしは茜音さんの生い立ちを知りませんでしたし買いかぶりすぎですよ」
「たとえ知っていたとしてもお前はあいつと交流を持っていただろう」
確信めいた口調で断言され、わずかにたじろいだ。生まれをどうこう言うのは馬鹿げていると思うしそんなことで態度を変える人間にはなりたくない。そう思っているのは事実だった。だが、どうしてほぼ初対面の一条さんに分かるのだろう。
何となく深く考えてはいけない気がして、わたしは話題を変えた。
「……今回参加する社交パーティーはどういう雰囲気なのでしょうか?」
「社交ダンスがあるくらいで、そこまで堅苦しいわけじゃない」
一条さんはそう答えてから、はっと何かに気がついたような表情になった。
「すまない。ああいう場にあまり良い思い出がなかったか?」
良い思い出どころか悪い記憶しかなかった。でもそれを話して暗い表情にさせるのは違う。わたしが引き受けたことなのだ。
「そういうわけでは……」
「もしかして、前に話していた『自分から行動できなかった』ことと関係があるのか?」
一瞬、ステップを踏む足が止まりそうになる。まさか詳しく聞かれるとは思わなかった。
「……そう、ですね。嫌なことがあっても嫌って言えなくて。ずっとその人達の言いなりでした」
両親。婚約者だった王太子。様々な人達の顔色を伺い、行動する人生だった。
一条さんの顔が見れない。自分の意志をはっきりと示すことができるわたしには眩しすぎる。
一条さんは何か伝えたそうに口を開いたが、すぐに首を横に振る。一拍置いて、彼は静かに告げた。
「次に我慢できないことがあったら」
一条さんの足がとまった。荘厳なオーケストラもすっと遠くに聞こえて、まっすぐな彼の瞳に吸い寄せられる。
「――抗え」
言い聞かせるように、一条さんははっきりと口にした。
「その先がどうなるかは誰にも分からないが、お前の意志を伝えないままでは現状は変わらない」
「一条さん……」
口を開きかけたわたしを遮るように、一条さんは音楽に合わせてステップを踏みはじめる。きっと、気を遣ってくれたのだ。
このときのわたしは、まさかあんなことになるとは露ほども考えてはいなかった。
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