臆病な元令嬢は、前世で自分を処刑した王太子に立ち向かう

絃芭

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第一章 因縁の世界へ転生

011

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 濁流のように頭に押し寄せてきたのは記憶。それに付随する負の感情。メリーゴーランドのように様々な景色が映っては消える。見えすぎて何も見えない。不思議と吐き気は感じなかった。

    否、感じる余裕がないくらい胸がズキズキと痛いのだ。とっくに致命傷なのに、記憶は、痛みは止む気配がない。ドレスが皺になることも厭わず、裾を握りしめたときだった。

   パンと風船が割れたような音がした後、眩い閃光が視界を覆う。次に見えたのは、やっと教室の場所を把握し始めた高校だった。

 放課後。夕陽が差し込む人のいない廊下。教室のドアに手をかけようとして、とまる。賑やかで、時折笑いが混じる話し声。‪”わたし‪”‬が苦手なもの。‬踵を返そうとしたとき。
 
 『今日、イツメンが休んでたからぼっちの雪見さんと居たじゃん?どうだった?』

 足がとまった。尋ねる声には興味と、ほんのわずかな悪意が含まれていた。

『あー……。なんかやっぱりウチらと違うわ。なんていうか、暗い?』

 顔がカッと熱くなった。足が情けなく震え出す。はやく。はやくここから立ち去らなきゃ。なのに、足が根を張ったように動かない。

『テンションとか無理にこっちに合わせてくるしイタかったわ』

 ひどーいと相手が無邪気に貶す。‪”‬わたし‪”‬は弾かれたようにその場から逃げだした。

 場面が変わる。玄関。フローリングは綺麗に磨かれていて塵ひとつ許さない。毎日欠かさず出迎えてくれる母親の表情はいつも通り笑顔だ。

『学校、楽しかった?』

 いつまで、これが続くの?

「っ……っは! はっ、はっ……」
 
 肺が圧迫されて、呼吸が困難になる。息を吸っても吸っても酸素が足りない。これが、彼女の抱いている絶望。無理だ、とわたしは悟った。辛いけれど、この絶望を抱えて生きてなんて。きっと楽しい日々が待っているよなんて。ありふれた綺麗事。訪れるかもしれない未来。けれど、わたしには言えない。彼女がそんな慰めを微塵も望んでいないことは分かりきっている。

「ごめんね、私の体に慣れちゃったせいか前世より辛く感じるよね」
「……それは、どうにかならないのですか?」

 前世のわたしは、苦しみから逃れるために感情を殺した。だから、どんなに理不尽なことでも耐えられた。人形のように何も感じず過ごしていたあの頃に戻れたら。

「あなたは、痛みに慣れすぎていたんだよ」

 温度ない手のひらがわたしの頬に触れた。幼子に言い聞かせるように穏やかな声音で、彼女は言葉を紡ぐ。

「それは一見良いことに聞こえるかもしれない。でも、同じように幸せという気持ちにも鈍くなっちゃうの」

 彼女にも、あったのだろうか。生きる理由にはなりえないけれど、小さな幸せを感じる瞬間が。

「あなたの前世と違って、私の容姿はぶっちゃけ平凡だし裕福でもない。でも、いくらか状況はマシだよ。血統に縛られることなく、理不尽な親に耐える必要もない」

 だから、と彼女は微笑んだ。

「これからはあなたが生きたいように生きて。自分で未来を決めるの。そして、幸せになってね。……わたしはそれが何か分からなくなっちゃったけれど、あなたなら出来るって信じてる」
「――ありがとうございます。あなたも、ゆっくり休んでください」

 ありがとう、と消え入りそうな声で呟いた彼女の表情は見えなかった。

 どうか、幸せが彼女に訪れますように。

※※※
 長い映画を見た後のようにぼんやりした頭で、ゆっくりと体を起こす。ふと頬に違和感を感じてそっとなぞる。生暖かい液体が、頬を濡らしていた。


───
王太子、今週中は無理な気がしてきました。すみません(;_;)あと数話で登場してくれるはずなので見捨てずにやってください……
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