臆病な元令嬢は、前世で自分を処刑した王太子に立ち向かう

絃芭

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第一章 因縁の世界へ転生

006

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よくよく考えてみたら、別に処刑されたことまで伝える必要はないのではないか。わざわざ話して重い空気にするのも忍びない。

「自分でも荒唐無稽な話であると自覚していますが、わたしは違う世界で違う人間として生きていました。確かに事切れたはずなのに気づいたら雪見茉衣として授業を受けていて……」

 そこまで話してふと、『お前は誰だ』という質問の答えにほどんどなっていないことに気がついた。なぜそんなことを気にするのか皆目検討もつかないが、わたしごときが人様の思考に疑を唱えるなんておこがましいことだ。

「前世では公爵家のひとり娘でした。名前は……僭越ながらお伝えしても特に意味はないかと」

 マリー・ヴァイス。公爵令嬢だった自分はもうどこにも存在しない。土に還り、稀代の悪女だと国民から蔑まれているのだろう。何の感情も沸いてこないあたり、確かに自分の生だったにもかかわらずどこまでも他人事にしか捉えていない。

「公爵家の娘、ねぇ……。ようやく合点がいった」

 一条さんは何かに納得した様子で小さく頷いているがわたしには何が何だかさっぱりだ。心中で疑問符を浮かべているのを察してくれたのか、彼が軽く補足を付け足す。

「お前の立ち振る舞いだ。歩き方や仕草からしてそれなりの教育を受けていたのではいかと踏んでいてな」

 自分ではあまり分からないが前世からの癖が抜けていないらしい。よく見ているなと思わず感心してしまう。一条さんもそれなりに名がある家の生まれなのだろうか。家について良い印象を持っていない彼に直接尋ねることはしないけれど、帰ったら少し調べてみよう。もしこの学校の生徒の共通認識だったら、知らないとばれたときに不自然だ。

「あの……」
「なんだ」
「ふと気になったのですが、雪見茉衣さんはどのような方と仲が良いのですか?」
「雪見に友人はいない」

 言いづらさを微塵も感じさせず、一条さんは断言した。

「去年も今年も、休み時間は静かに本を読んでいるタイプで話しているところはほとんど見たことがない。オレも直接の関わりはなかった」

 彼女は廊下側の席が多かったため記憶に残っていだけだという。明日からの交友関係に悩まなくて済みそうだが、前世のわたしを見ているようで複雑な気分になった。ひとりは辛い。彼女がそうであったかは定かでないが、友人と呼べる存在がいなかったわたしにとって慣れるまで休み時間は苦痛そのものだった。

「ああ、あと。『すみません』ならまだしも『申し訳ございません』は論外だ。過剰に整った言葉遣いなど社会人でない限りしない。女子高生に擬態するなら覚えておいたほうがいい」

 一条さんはそう言い残すと、背を向けて屋上から去っていった。ぽかんとその後ろ姿を眺めていたわたしだったが、午後の授業を思い出させる予鈴の音ではっと我にかえる。

「今のは……アドバイスを頂いたということでしょうか」

 わたしの問いをはぐらかすように、気まぐれな風が頬を撫でた。




 
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