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46.社畜サラリーマンは複雑な気持ちになる
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※ホラーが続きます。
その瞬間、震えが止まらなくなるのが分かった。その老人と思っていた人物が自身の父親だと気付いたからだ。
喉から悲鳴のような声が漏れそうになるのを口を押えて必死になんとか抑えたが、体が恐怖にガタガタ震えるのは抑えられなかった。
薄暗い押し入れに無理やり入ったこともありその震えで肩口にふれた何かが、パラパラと自身が触れたところから舞うように落ちたのが分かった。
その1枚がちょうど自身の膝の上に落ちたので拾い上げる。
「……なんで」
それは、自分の写真だった。
そこで、暗闇に目が慣れた私は気づいてしまったのだ。押し入れの壁一面にそれと全く同じ写真の焼き回しが何重にも貼られているという事実を。
写真自体は、社員旅行で撮られたもので自分の部屋に無造作に置かれていた代物だった。そもそも、写真を撮る習慣がほとんどなかったので、その写真も偶然撮られて田中に渡されたものだった。
(なぜ、これがこんなに……)
もうひとつ目が慣れたことで見えたのが白い薄い冊子のようなものだった。それが何か分からず1枚開けばその中には見たことのない女性の写真があった。
驚いて何枚か確認したが、全て別の女性のものでそこまでみてそれがまるでお見合い写真のようなものなのだと気付いたが、そんなものがある理由が分からない。
「志鶴。せめてもの償いに父さんが志鶴にぴったりの人を見つけて見せるからな」
老人のようになった父が濁って焦点の合わない瞳で、しかし、どこか恍惚としたようにそう言った時、全身に鳥肌が立つのが分かった。
そして、私は気づいてしまったのだ。
この世界での私の扱いは失踪者だ。どれくらいの月日が経ったか分からないが長く失踪しているならば当然失踪から死亡したものとして扱われるようになってもおかしくはない。
あの家ならば、私が失踪してある程度の年月がたったなら嬉々として死亡者扱いをするはずだ。そうすれば絶縁していたとはいえまだ、長男にこだわりがあっただろう親類も黙らざる得なくなる。
そこまで考えた上で、再度目の前のお見合い写真をみると、すべての写真に不自然な日付の記載があった。
『S62.11.12』や『H12.09.08』などなのだが、全てに『没』と記載がある。つまりこのお見合い写真は全てが死者であるということだ。
そこで幼い頃に、母方の祖父が話してくれた古い風習を思い出した。
「ムサカリ絵馬……」
民間信仰による風習のひとつで未婚で死んだ男性を供養するために架空または同じく未婚で死んだ女性と婚礼を行い、その様子を絵にして寺に納めるというものだったと思う。
そこまで考えた時、先ほど手に取って落とした真っ赤な封筒のことも思い出した。それは、ムサカリ絵馬ではないが、台湾にある似た風習である冥婚に使用するものだったはずだ。
「ふざけるな……」
起きていることに合点がいった時、私は思わず低い声でそう呟いていた。異世界へ行くまでの間一度だって親らしいことをされたことも愛された覚えもないのに、なぜ今更こんなことをしているのかと、そう考えた瞬間、もやもやとした怒りが胸に沸き立つのわかった。
家族というものに対して何の期待もしていなかったし、今後もするとは思えない。それなのにどうしてまるで愛していた子供の死を悲しむ親のような顔をしているのか、そう言うことは溺愛していた志鶯にするべきではないのかと考えてそこでやはりこれは夢なのだと理解する。
あの父親が私に対して、死を悼むような真似をするはずがないのだ。
そう考えた瞬間、幻影に対して抱いた恐怖が消えて私は、そのまま押し入れから外に出ていた。
物音に流石に気付いてこちらを見た父親の濁っている瞳と目があった。
「志鶴……??」
「……父さん」
幻影とはいえ父親を模したそれに話しかけられて反射的に答えるその声は自身が思ったより低いものだった。
「志鶴、すまない、すまない。志鶴……」
こちらに涙ぐみながら伸ばされた手を私はとることはできなかった。ただ、嫌悪するような顔でジッとその姿を見据えていた。
私の記憶の中の父は、活力にあふれた中年男性だったが、今目の前にいるのはそれが全て失われて最早生きる屍のように見えた。
(こんな悪趣味な夢を見るなんて、私はどんなに無関心を装っても父を心から憎んでいたのか……)
全て、私にとってもうどうでも良いことにしたはずだったのに、こんな風に父親が苦しめばいいと思っていたらしい自身の心の闇を感じてなんともやりきれない気持ちになる。
「……謝らないでください」
絞り出すように答えた声に父の瞳に僅かに光が戻るのが分かる。しかし、すぐにそれを私は消し去る。
「謝られてもなにひとつ私の気持ちも心も変わることも動くこともない。だから無駄なことはやめてください」
自分でも驚くくらいに冷たい声色だった。
「……そうだな、許されるはずがない、だから、だからせめてお前に花嫁を……」
「いりません。無理やり結婚したってそんなの幸福になりません。一番貴方と私が知っていることではないですか??」
政略結婚で生まれた私と母を愛さなかったこの人が、なぜ、死者としてだとしても私を結婚させたがるのか意味がわからなかった。
「知っている、知っているさ……けれど、志鶴が父さんの夢枕に立って望んだはずだ……、死んでなお結婚したい人がいると……だから、父さんは探したんだ、その人をずっと……それでやっと見つけたんだよ」
その瞬間、震えが止まらなくなるのが分かった。その老人と思っていた人物が自身の父親だと気付いたからだ。
喉から悲鳴のような声が漏れそうになるのを口を押えて必死になんとか抑えたが、体が恐怖にガタガタ震えるのは抑えられなかった。
薄暗い押し入れに無理やり入ったこともありその震えで肩口にふれた何かが、パラパラと自身が触れたところから舞うように落ちたのが分かった。
その1枚がちょうど自身の膝の上に落ちたので拾い上げる。
「……なんで」
それは、自分の写真だった。
そこで、暗闇に目が慣れた私は気づいてしまったのだ。押し入れの壁一面にそれと全く同じ写真の焼き回しが何重にも貼られているという事実を。
写真自体は、社員旅行で撮られたもので自分の部屋に無造作に置かれていた代物だった。そもそも、写真を撮る習慣がほとんどなかったので、その写真も偶然撮られて田中に渡されたものだった。
(なぜ、これがこんなに……)
もうひとつ目が慣れたことで見えたのが白い薄い冊子のようなものだった。それが何か分からず1枚開けばその中には見たことのない女性の写真があった。
驚いて何枚か確認したが、全て別の女性のものでそこまでみてそれがまるでお見合い写真のようなものなのだと気付いたが、そんなものがある理由が分からない。
「志鶴。せめてもの償いに父さんが志鶴にぴったりの人を見つけて見せるからな」
老人のようになった父が濁って焦点の合わない瞳で、しかし、どこか恍惚としたようにそう言った時、全身に鳥肌が立つのが分かった。
そして、私は気づいてしまったのだ。
この世界での私の扱いは失踪者だ。どれくらいの月日が経ったか分からないが長く失踪しているならば当然失踪から死亡したものとして扱われるようになってもおかしくはない。
あの家ならば、私が失踪してある程度の年月がたったなら嬉々として死亡者扱いをするはずだ。そうすれば絶縁していたとはいえまだ、長男にこだわりがあっただろう親類も黙らざる得なくなる。
そこまで考えた上で、再度目の前のお見合い写真をみると、すべての写真に不自然な日付の記載があった。
『S62.11.12』や『H12.09.08』などなのだが、全てに『没』と記載がある。つまりこのお見合い写真は全てが死者であるということだ。
そこで幼い頃に、母方の祖父が話してくれた古い風習を思い出した。
「ムサカリ絵馬……」
民間信仰による風習のひとつで未婚で死んだ男性を供養するために架空または同じく未婚で死んだ女性と婚礼を行い、その様子を絵にして寺に納めるというものだったと思う。
そこまで考えた時、先ほど手に取って落とした真っ赤な封筒のことも思い出した。それは、ムサカリ絵馬ではないが、台湾にある似た風習である冥婚に使用するものだったはずだ。
「ふざけるな……」
起きていることに合点がいった時、私は思わず低い声でそう呟いていた。異世界へ行くまでの間一度だって親らしいことをされたことも愛された覚えもないのに、なぜ今更こんなことをしているのかと、そう考えた瞬間、もやもやとした怒りが胸に沸き立つのわかった。
家族というものに対して何の期待もしていなかったし、今後もするとは思えない。それなのにどうしてまるで愛していた子供の死を悲しむ親のような顔をしているのか、そう言うことは溺愛していた志鶯にするべきではないのかと考えてそこでやはりこれは夢なのだと理解する。
あの父親が私に対して、死を悼むような真似をするはずがないのだ。
そう考えた瞬間、幻影に対して抱いた恐怖が消えて私は、そのまま押し入れから外に出ていた。
物音に流石に気付いてこちらを見た父親の濁っている瞳と目があった。
「志鶴……??」
「……父さん」
幻影とはいえ父親を模したそれに話しかけられて反射的に答えるその声は自身が思ったより低いものだった。
「志鶴、すまない、すまない。志鶴……」
こちらに涙ぐみながら伸ばされた手を私はとることはできなかった。ただ、嫌悪するような顔でジッとその姿を見据えていた。
私の記憶の中の父は、活力にあふれた中年男性だったが、今目の前にいるのはそれが全て失われて最早生きる屍のように見えた。
(こんな悪趣味な夢を見るなんて、私はどんなに無関心を装っても父を心から憎んでいたのか……)
全て、私にとってもうどうでも良いことにしたはずだったのに、こんな風に父親が苦しめばいいと思っていたらしい自身の心の闇を感じてなんともやりきれない気持ちになる。
「……謝らないでください」
絞り出すように答えた声に父の瞳に僅かに光が戻るのが分かる。しかし、すぐにそれを私は消し去る。
「謝られてもなにひとつ私の気持ちも心も変わることも動くこともない。だから無駄なことはやめてください」
自分でも驚くくらいに冷たい声色だった。
「……そうだな、許されるはずがない、だから、だからせめてお前に花嫁を……」
「いりません。無理やり結婚したってそんなの幸福になりません。一番貴方と私が知っていることではないですか??」
政略結婚で生まれた私と母を愛さなかったこの人が、なぜ、死者としてだとしても私を結婚させたがるのか意味がわからなかった。
「知っている、知っているさ……けれど、志鶴が父さんの夢枕に立って望んだはずだ……、死んでなお結婚したい人がいると……だから、父さんは探したんだ、その人をずっと……それでやっと見つけたんだよ」
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