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32:脱出大作戦04(レイモンド視点)
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「……ベルガモットか」
そう影の男が答えた。その蛇を思わせる糸目からはなんの感情も読み取ることは難しいが、ただ、その男も影の男の味方であり、つまり公爵家の関係者であるということが分かった。
「はい、馬車の件について突然検問が行われて手配が遅れていましたが明日までには手配できそうです」
先ほどちょうど話した馬車の話をしているふたりを見ながら、ぼんやりと考えていたのは先ほど途中になった話だ。
(ミハイルがあのような凶行に走った原因……それも誰かの魔法のせいだというのか??)
あの狂って話の全く通じなくなった姿を思い出すと恐ろしかったが、それでも誰かの魔法のせいでおかしくなっているなら、助けることはできないだろうかと考えてしまう。
(誰かの魔法が原因で人生がおかしくなるなど……)
そう考えた時、ルシオンの顔が浮かんできた。周りの貴族も陛下もルシオンは『魅了』に掛かっていたと言っていた。
『魅了』魔法についてはこの国ではほとんど使用された事例はないが、とても弱い魔法であり『真実の愛』で結ばれた相手がいるならば掛かることはないものだと説明された。
そして、だとすればあんなに愛していたルシオンが簡単に『魅了』に掛かってしまったという事実と冷たい態度に打ちのめされて、私は壊れてルシオンを血眼になって監禁しようとしていたのだが、そもそも、どうしてそう考えてしまったのだろう。
私はルシオンを誰よりも愛していて、大切にしたいと守りたいと考えていたのに、どうして監禁して傷つけようとまるでミハイルのように考えてしまったのか。
「……馬車の方は明日の昼前には手配が完了します。それに乗り脱出いたします」
いつの間にか話を終えた影の男が小声でそう告げた。
「分かった。それと先ほど話の途中だったが誰がミハイルを変えたんだ??」
「その話については、ここではない別の場所で話します。この屋敷の中は盗聴魔法が所々に仕込まれています。キッチンにはありませんが、いつこの家の使用人が来るかわからないので」
その言葉になるべき合図や手紙で連絡してきた理由を理解した。本来なら盗聴魔法へは妨害をすればいいが、それをしたら相手方に気付かれることを懸念して使用しないのだろう。
だとしたら馬車の車中ででも詳細は確認すればいい。ただ、明日まで馬車が来ないとなると問題がある。その点についてはいい手立てがないか確認したい。
「……そうか、この後どうすればいい??申し訳ないが家事などはしたことがないので恰好は使用人のフリはできるが手伝いは難しいだろう」
「その点については、この後、使用人の部屋に案内しますのでそちらで待機してください。また、その部屋に居る使用人は全て我々の仲間ですので問題ありません」
「わかった」
短く答えると、男に伴われて私はキッチンを一度出て、ある一室へ連れていかれた。ふたり部屋らしいそこは今まで滞在したことがない位、狭く質素なところだった。
不潔さはないが、ベッド以外ほぼ何もない部屋に面食らっていると、男が深く頭を下げる。
「大変申し訳ございませんが、この部屋で今晩だけお過ごし頂けますと幸いです」
「……ああ、問題ない」
公爵家でなに不自由なく育ったため、驚いたが我が家の使用人達だって同じような部屋や待遇で暮らしていたと思う。いや、もう少し広い部屋ではあったが、男爵家の持ち物と考えればこれくらいが妥当なのだろう。
その後、もう一度深く頭を下げてから男はその場を立ち去った。多分、『仕事』があるのだろう。
昔は白かっただろう天井は黄ばんではいないが経年劣化で所々にシミがある。特にやることがないのでそのシミを眺めていると顔のように見えるものがあった。
私からすれば、所詮は人間には3つの点が集まった図形を人の顔と見るようにプログラムされているための、シミュラクラ現象に過ぎないことだと思ってしまう。
しかし、ルシオンは違った。幼い日、王宮のある部屋にある壁のシミが怖いと私に泣きついてきた。その柔らかい髪を何度も撫でて慰めたことを思い出した。
まだ、幼かったルシオンの体からは幼子独特の甘酸っぱい香りがして涙目になっていたので、ハンカチでその涙を拭ってあげた。
(ルシオン……)
その情景を思い出しながら、『魅了』に掛かり冷たく私を突き放したルシオンの目を思い出す。まるで生気のないガラス玉のような瞳をしていた。
ミハイルは割と強い暗示魔法を掛けられてあのような、凶行に走ったと推測している。しかし、確かにあの目は狂気には蝕まれていたが感情まで奪われてはいなかった。
(もしかして、そもそもの『魅了』魔法に関する前提が間違えているのではないか??)
そう考えていた時だった。突然、
トントン
と部屋の扉がノックされた。驚いたがこの場合はベッドの下などに隠れていないフリをするのが妥当だろう。私は急いで、奥側のベッドの下に隠れた。
ベッドの隙間から見ていると、しばらくして、勝手に扉が開いて男がひとり入ってきた。
その男に私は見覚えがあった。間違いない、あの男は娼館の主でありルシオンを攫った男だった。ヤツは何かを探すように部屋の中を見回している。
(何故あの男がここに居る??)
そう影の男が答えた。その蛇を思わせる糸目からはなんの感情も読み取ることは難しいが、ただ、その男も影の男の味方であり、つまり公爵家の関係者であるということが分かった。
「はい、馬車の件について突然検問が行われて手配が遅れていましたが明日までには手配できそうです」
先ほどちょうど話した馬車の話をしているふたりを見ながら、ぼんやりと考えていたのは先ほど途中になった話だ。
(ミハイルがあのような凶行に走った原因……それも誰かの魔法のせいだというのか??)
あの狂って話の全く通じなくなった姿を思い出すと恐ろしかったが、それでも誰かの魔法のせいでおかしくなっているなら、助けることはできないだろうかと考えてしまう。
(誰かの魔法が原因で人生がおかしくなるなど……)
そう考えた時、ルシオンの顔が浮かんできた。周りの貴族も陛下もルシオンは『魅了』に掛かっていたと言っていた。
『魅了』魔法についてはこの国ではほとんど使用された事例はないが、とても弱い魔法であり『真実の愛』で結ばれた相手がいるならば掛かることはないものだと説明された。
そして、だとすればあんなに愛していたルシオンが簡単に『魅了』に掛かってしまったという事実と冷たい態度に打ちのめされて、私は壊れてルシオンを血眼になって監禁しようとしていたのだが、そもそも、どうしてそう考えてしまったのだろう。
私はルシオンを誰よりも愛していて、大切にしたいと守りたいと考えていたのに、どうして監禁して傷つけようとまるでミハイルのように考えてしまったのか。
「……馬車の方は明日の昼前には手配が完了します。それに乗り脱出いたします」
いつの間にか話を終えた影の男が小声でそう告げた。
「分かった。それと先ほど話の途中だったが誰がミハイルを変えたんだ??」
「その話については、ここではない別の場所で話します。この屋敷の中は盗聴魔法が所々に仕込まれています。キッチンにはありませんが、いつこの家の使用人が来るかわからないので」
その言葉になるべき合図や手紙で連絡してきた理由を理解した。本来なら盗聴魔法へは妨害をすればいいが、それをしたら相手方に気付かれることを懸念して使用しないのだろう。
だとしたら馬車の車中ででも詳細は確認すればいい。ただ、明日まで馬車が来ないとなると問題がある。その点についてはいい手立てがないか確認したい。
「……そうか、この後どうすればいい??申し訳ないが家事などはしたことがないので恰好は使用人のフリはできるが手伝いは難しいだろう」
「その点については、この後、使用人の部屋に案内しますのでそちらで待機してください。また、その部屋に居る使用人は全て我々の仲間ですので問題ありません」
「わかった」
短く答えると、男に伴われて私はキッチンを一度出て、ある一室へ連れていかれた。ふたり部屋らしいそこは今まで滞在したことがない位、狭く質素なところだった。
不潔さはないが、ベッド以外ほぼ何もない部屋に面食らっていると、男が深く頭を下げる。
「大変申し訳ございませんが、この部屋で今晩だけお過ごし頂けますと幸いです」
「……ああ、問題ない」
公爵家でなに不自由なく育ったため、驚いたが我が家の使用人達だって同じような部屋や待遇で暮らしていたと思う。いや、もう少し広い部屋ではあったが、男爵家の持ち物と考えればこれくらいが妥当なのだろう。
その後、もう一度深く頭を下げてから男はその場を立ち去った。多分、『仕事』があるのだろう。
昔は白かっただろう天井は黄ばんではいないが経年劣化で所々にシミがある。特にやることがないのでそのシミを眺めていると顔のように見えるものがあった。
私からすれば、所詮は人間には3つの点が集まった図形を人の顔と見るようにプログラムされているための、シミュラクラ現象に過ぎないことだと思ってしまう。
しかし、ルシオンは違った。幼い日、王宮のある部屋にある壁のシミが怖いと私に泣きついてきた。その柔らかい髪を何度も撫でて慰めたことを思い出した。
まだ、幼かったルシオンの体からは幼子独特の甘酸っぱい香りがして涙目になっていたので、ハンカチでその涙を拭ってあげた。
(ルシオン……)
その情景を思い出しながら、『魅了』に掛かり冷たく私を突き放したルシオンの目を思い出す。まるで生気のないガラス玉のような瞳をしていた。
ミハイルは割と強い暗示魔法を掛けられてあのような、凶行に走ったと推測している。しかし、確かにあの目は狂気には蝕まれていたが感情まで奪われてはいなかった。
(もしかして、そもそもの『魅了』魔法に関する前提が間違えているのではないか??)
そう考えていた時だった。突然、
トントン
と部屋の扉がノックされた。驚いたがこの場合はベッドの下などに隠れていないフリをするのが妥当だろう。私は急いで、奥側のベッドの下に隠れた。
ベッドの隙間から見ていると、しばらくして、勝手に扉が開いて男がひとり入ってきた。
その男に私は見覚えがあった。間違いない、あの男は娼館の主でありルシオンを攫った男だった。ヤツは何かを探すように部屋の中を見回している。
(何故あの男がここに居る??)
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