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31:脱出大作戦03(レイモンド視点)
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少し時間は遡る。
私は、頭の上から落ちて来た紙片を拾い上げた、その紙片には一言だけ書かれていた。
『貴方を迎えに来た』
驚いて天井を見るが誰かが居る気配はしない。いや、気配すら隠せる存在なのかもしれない。だとしたら、シンプルに考えれば、公爵家の影である可能性が高い。
それならばと、私は公爵家のものしか知らない影への暗号を送る。万が一の時に敵に知られず助けを呼ぶためのもの、さりげなく側にあったテーブルを2回拳で叩く。
トントン
木材に反響して音は良く響いた。それに対して、音が戻ってきた。天井裏からかすかに、しかししっかりとした音が1回返ってきた。
間違いない。
ならば、影はどうにかしてこの後、私を助けてくれるはずだ。そう考えていた時、扉がノックされてからゆっくりと開いた。
そこには先ほど、食堂にいたヘビのような雰囲気の男が立っていた。彼はその手に配膳用のカートを引いていた。
「……小公爵様、お茶をお持ちいたしました」
そう挨拶された時に、思い出す。そう言えばいつも私についていた顔を見たことのない影の男の声に似ている。いや、彼が本人なのだろう。
「ああ、ありがとう」
男はあくまでとても自然な所作でこちらへ近づいて、文字通り茶を入れる。そして、お菓子も合わせて机の上に置いた。
「こちらのお茶は、セイロンのオレンジペコでございます。そしてこちらはフォーチュンクッキーになります」
その言葉に男が望む行動を察した。私は紅茶には手を出さず、クッキーを割り中から出てきた紙の内容を読む。
『このまま、何も言わず配膳カートの下に入ってください』
私は、ごく自然な所作でカートの下に潜り込んだ。それを見送った後、カートの扉は閉まる。そして、その隙間から一瞬だけまばゆい光が見えた。
(何か魔法を使ったようだな……)
そんなことを考えていた時、突然部屋誰かがツカツカとこちらへ歩いてくるのが分かった。
「今、魔法の気配がしたのだけど……」
声だけだったが私にはそれがマグダラ男爵令息のアルトだと分かった。ただ、いつもどこか媚びるような話し方をしている彼とは思えない冷たい響きのある声色だった。
「申し訳ございません」
影の男が無機質な声色で謝罪するのが分かった。そしてそれに続いてありえない声が聞こえた。
「彼は、私が落とした茶菓子を処理した、それだけだ」
(私の声??どういうことだ??)
紛れもない自分自身の声だった。ただ、どこか無機質な雰囲気だった。
そう言えば、学園で学んだスキルに『自動人形』という人間そっくりの人形を作ることができものがあるという話を聞いたことがあった。
身近にそのスキルが使えるものはいなかったので、詳細は分からないが主人の意思で動くその人形は精巧で一見しただけではそれが人形とはわからないという。
「……そうでございましたか。いきなり入ってきて無礼なことを申し上げてすいません」
コロリと態度を変えたアルトは、しかし、部屋を出て行こうとはしない。正直カートの中はとても狭いのであまり長時間いると酸欠に陥ることが予測された。
魔法が使えればその程度は問題ないが、まだ魔封じがされたままなので、なすすべがない。
(早く、出て行ってくれ)
そう心で念じていたところ、アルトが話しかけた。
「僕は小公爵様と話があるから、出て行って」
「承知いたしました」
カートを引いてそのまま、男は部屋を無事に出ることができた。
そして、しばらくガタガタと動いてから、カートのドアが1度軽く叩かれた。これは外に出て問題ないという合図だ。
私はゆっくりとカートを開いた。そこはどうやらキッチンのようだったが、時間のせいか私と男以外は誰も居ないようだった。
「この後、屋敷から抜け出します。その前に魔封じをお外しいたします」
そう言って、慣れた手つきで男はその腕の枷を外した。その上で、食堂の使用人用の服を取り出した。
「また、屋敷から出るまでは念のためこちらへお着替えいただけますか??」
「わかった」
貴族の装束で出歩くのは、自分が貴族だと喧伝しているようなもので今の状況的には望ましくない。素直に準備された服に着替えると、さらに男は指示を出した。
「この後、脱出用の馬車に乗って頂きここから出る手筈となっておりますが、少しアクシデントがあり該当の馬車がまだ来ておりません。大変申し訳ございませんが一旦迎えが来るまで使用人のフリをしてやり過ごして頂きたく」
「……何故馬車で移動する必要がある??魔法を使えるならば瞬間移動を使えば問題ないと思うが……」
魔法が使えない状態なら馬車で移動するでも仕方ないが、魔法が使えるならそんな面倒なマネは不要のはずだ。しかし、男は首を振った。
「この屋敷には特定の魔法が使えないような結界が張られております。それによって瞬間移動が使用できません」
「なるほど、この屋敷はどうやら巧妙に準備されていたようだな。しかし、ミハイルはここまで私に執着していたのか……」
親友だと思っていた、ミハイルの感情には気づいていなかったことについてショックがあったのでそんなことを口走ってしまった私に、男は悲し気に首を横に振る。
「確かにミハイル様は貴方に対して憧れや淡い恋心を持ってはいました。けれどそれを増幅させてあのような凶行に走らせたのは別の人物です」
「それは一体……」
その人物について聞き返そうとしたとき、キッチンの外から気配がした。私は急いで姿隠しの魔法を使おうとしたが、男に手で制された。その代わりに何か男が唱えてそのままでいるようにとハンドサインを受け取る。
それからすぐ、キッチンの扉が開いて、ズカズカとひとりの男が入ってきた。どこかごろつきのような品の悪い雰囲気の男だった。
私は、頭の上から落ちて来た紙片を拾い上げた、その紙片には一言だけ書かれていた。
『貴方を迎えに来た』
驚いて天井を見るが誰かが居る気配はしない。いや、気配すら隠せる存在なのかもしれない。だとしたら、シンプルに考えれば、公爵家の影である可能性が高い。
それならばと、私は公爵家のものしか知らない影への暗号を送る。万が一の時に敵に知られず助けを呼ぶためのもの、さりげなく側にあったテーブルを2回拳で叩く。
トントン
木材に反響して音は良く響いた。それに対して、音が戻ってきた。天井裏からかすかに、しかししっかりとした音が1回返ってきた。
間違いない。
ならば、影はどうにかしてこの後、私を助けてくれるはずだ。そう考えていた時、扉がノックされてからゆっくりと開いた。
そこには先ほど、食堂にいたヘビのような雰囲気の男が立っていた。彼はその手に配膳用のカートを引いていた。
「……小公爵様、お茶をお持ちいたしました」
そう挨拶された時に、思い出す。そう言えばいつも私についていた顔を見たことのない影の男の声に似ている。いや、彼が本人なのだろう。
「ああ、ありがとう」
男はあくまでとても自然な所作でこちらへ近づいて、文字通り茶を入れる。そして、お菓子も合わせて机の上に置いた。
「こちらのお茶は、セイロンのオレンジペコでございます。そしてこちらはフォーチュンクッキーになります」
その言葉に男が望む行動を察した。私は紅茶には手を出さず、クッキーを割り中から出てきた紙の内容を読む。
『このまま、何も言わず配膳カートの下に入ってください』
私は、ごく自然な所作でカートの下に潜り込んだ。それを見送った後、カートの扉は閉まる。そして、その隙間から一瞬だけまばゆい光が見えた。
(何か魔法を使ったようだな……)
そんなことを考えていた時、突然部屋誰かがツカツカとこちらへ歩いてくるのが分かった。
「今、魔法の気配がしたのだけど……」
声だけだったが私にはそれがマグダラ男爵令息のアルトだと分かった。ただ、いつもどこか媚びるような話し方をしている彼とは思えない冷たい響きのある声色だった。
「申し訳ございません」
影の男が無機質な声色で謝罪するのが分かった。そしてそれに続いてありえない声が聞こえた。
「彼は、私が落とした茶菓子を処理した、それだけだ」
(私の声??どういうことだ??)
紛れもない自分自身の声だった。ただ、どこか無機質な雰囲気だった。
そう言えば、学園で学んだスキルに『自動人形』という人間そっくりの人形を作ることができものがあるという話を聞いたことがあった。
身近にそのスキルが使えるものはいなかったので、詳細は分からないが主人の意思で動くその人形は精巧で一見しただけではそれが人形とはわからないという。
「……そうでございましたか。いきなり入ってきて無礼なことを申し上げてすいません」
コロリと態度を変えたアルトは、しかし、部屋を出て行こうとはしない。正直カートの中はとても狭いのであまり長時間いると酸欠に陥ることが予測された。
魔法が使えればその程度は問題ないが、まだ魔封じがされたままなので、なすすべがない。
(早く、出て行ってくれ)
そう心で念じていたところ、アルトが話しかけた。
「僕は小公爵様と話があるから、出て行って」
「承知いたしました」
カートを引いてそのまま、男は部屋を無事に出ることができた。
そして、しばらくガタガタと動いてから、カートのドアが1度軽く叩かれた。これは外に出て問題ないという合図だ。
私はゆっくりとカートを開いた。そこはどうやらキッチンのようだったが、時間のせいか私と男以外は誰も居ないようだった。
「この後、屋敷から抜け出します。その前に魔封じをお外しいたします」
そう言って、慣れた手つきで男はその腕の枷を外した。その上で、食堂の使用人用の服を取り出した。
「また、屋敷から出るまでは念のためこちらへお着替えいただけますか??」
「わかった」
貴族の装束で出歩くのは、自分が貴族だと喧伝しているようなもので今の状況的には望ましくない。素直に準備された服に着替えると、さらに男は指示を出した。
「この後、脱出用の馬車に乗って頂きここから出る手筈となっておりますが、少しアクシデントがあり該当の馬車がまだ来ておりません。大変申し訳ございませんが一旦迎えが来るまで使用人のフリをしてやり過ごして頂きたく」
「……何故馬車で移動する必要がある??魔法を使えるならば瞬間移動を使えば問題ないと思うが……」
魔法が使えない状態なら馬車で移動するでも仕方ないが、魔法が使えるならそんな面倒なマネは不要のはずだ。しかし、男は首を振った。
「この屋敷には特定の魔法が使えないような結界が張られております。それによって瞬間移動が使用できません」
「なるほど、この屋敷はどうやら巧妙に準備されていたようだな。しかし、ミハイルはここまで私に執着していたのか……」
親友だと思っていた、ミハイルの感情には気づいていなかったことについてショックがあったのでそんなことを口走ってしまった私に、男は悲し気に首を横に振る。
「確かにミハイル様は貴方に対して憧れや淡い恋心を持ってはいました。けれどそれを増幅させてあのような凶行に走らせたのは別の人物です」
「それは一体……」
その人物について聞き返そうとしたとき、キッチンの外から気配がした。私は急いで姿隠しの魔法を使おうとしたが、男に手で制された。その代わりに何か男が唱えてそのままでいるようにとハンドサインを受け取る。
それからすぐ、キッチンの扉が開いて、ズカズカとひとりの男が入ってきた。どこかごろつきのような品の悪い雰囲気の男だった。
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