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21.冷血小公爵は逃亡を試みる
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「……姫君、その書類を貴方の父親であるリシュリュー公爵が送ったとしても、他の誰かが送ったとしても最早それは効力を持たないのでご安心ください」
マティアスの言葉の意味が分からず僕はしばらく無言になった。ただ、そのままの意味で捉えるとまるで国自体がなくなったというような不穏な言葉だった。
「まるで国自体が無くなったとでもいうようだが……」
「ご安心ください。国は存続しております」
マティアスが微笑む。穏やかに。しかし、だとしたらあの書類がなぜ効力がないのか分からない。そこまで考えた時、僕は小さな頃に聞いたおとぎ話を思い出した。
この国の隣には昔『雪の王国』が存在した。その雪の王国は雪の王が支配しており常に激しい吹雪が国を覆い、誰ひとりとして隣の国を訪れることができなかった。しかし、ある時の皇帝陛下が雪の王との対話を成功させて吹雪を解除することに成功し、そのまま攻め込んで雪の王国を帝国の領地にした。
という帝国が植民地を増やしたタイプの話なのだが、確か雪の王国は王都から遥か北の地で、辺境伯領と地理的に一致していた。
「……マティアス。教えて欲しい。何をした??」
真剣な眼差しでマティアスを見るが、突然強く抱きしめられた。抱きしめられること自体は慣れてきていたがその腕の強い力に驚いてその表情を伺おうとしたがその厚い胸板に顔を押し付ける形になっていてわからなかった。
「貴方は知らないでいい」
まるで血反吐を吐くように紡がれた言葉に、僕は心底恐ろしいと感じた。それこそ、狂ったように体を重ね合ったのにいまだにこの男の考えがわからないことを理解して心の中に怒りのような感情が沸き立つ。
(僕は、無理やりにでもこの男に全てを暴かれたのに……どうして大切なことを話そうとしない)
その憤りを察したように、マティアスは強引に玄関ロビーの大理石の床に押し倒した。厚手の服を着ていてもわかるその冷たすぎる感触に思わず身震いするがそんなことをお構いなしにマティアスの舌が再び口腔内を犯す。
先ほどはその感覚に蕩けそうになったが、今はちがう。
怒りの感情が快楽を上回っていた。だから、いつもならそのまま流されるところを抵抗するために口腔内を犯す舌に噛みついた。
「いたっ!!」
流石にマティアスが離れる。口の中には鉄の味が広がっていた。
(今だ……)
僕は怯んでいるマティアスを払いのけてそのまま外へ逃げようとした時、奇妙な光景が自身の頭に浮かび上がった。
それは外へ逃げて腰まで積もった雪にすぐに足をとられてマティアスに簡単に連れ戻される自身の姿だった。
(……館の中へ逃げよう)
その生々しいイメージに咄嗟に館の中へ逃げ込んで、とりあえず階段を駆け上がりながらあることを思い出していた。
(確か、この館にはポータルがあるはずだ……)
ワープポータルと呼ばれるもので有事の際にそれを使用して王都やその他の領地へ移動できる便利なもので基本はワープポータル同士で行き来できるが辺境伯領だけ外部侵入を警戒して辺境伯領側からだけ移動できるものだったのを記憶していた。
幼い頃、そのワープポータルで何度か帰ったことがあったのでその記憶を頼りに向かった。
奇妙なことに辺境伯家の使用人と出くわすこともなく、僕はその部屋にたどり着いた。
重々しい鉄扉に閉ざされた部屋、その扉を開くとそこにはワープポータルの繊細な文様、魔法陣が描かれているはずだった。
「……魔法陣が、壊れている??」
過去に見たそれは緑色に淡く光り輝いていたが、今目の前には無残にも壊された魔法陣があるだけだった。あまりのことに呆然とした時、すぐ後ろで鉄扉が開いたのが分かった。
「駄目ですよ、姫君」
甘いバリトンの声色でそう言われたが背筋がゾクリとするのが分かった。振り返りたくないが振り返らない方が恐ろしく思えて振り返る。
「貴方はもうこの辺境伯領から、館から二度と出ることはない、いいえ、逃がしたりしない」
捕まえようとするその手からなんとか逃れて、真正面から狂った男の顔を見る。
「……何をしたんだ。教えろ」
僕の言葉に、マティアスの顔から微笑みが消えてすべての感情が消えたような表情へと変わった。逃げようとした僕を壁際に慣れた仕草で追いやると、息がかかるほど側に唇を寄せて囁いた。
「ただ、閉ざしただけです。ここをふたりの王国にするために……」
マティアスの言葉の意味が分からず僕はしばらく無言になった。ただ、そのままの意味で捉えるとまるで国自体がなくなったというような不穏な言葉だった。
「まるで国自体が無くなったとでもいうようだが……」
「ご安心ください。国は存続しております」
マティアスが微笑む。穏やかに。しかし、だとしたらあの書類がなぜ効力がないのか分からない。そこまで考えた時、僕は小さな頃に聞いたおとぎ話を思い出した。
この国の隣には昔『雪の王国』が存在した。その雪の王国は雪の王が支配しており常に激しい吹雪が国を覆い、誰ひとりとして隣の国を訪れることができなかった。しかし、ある時の皇帝陛下が雪の王との対話を成功させて吹雪を解除することに成功し、そのまま攻め込んで雪の王国を帝国の領地にした。
という帝国が植民地を増やしたタイプの話なのだが、確か雪の王国は王都から遥か北の地で、辺境伯領と地理的に一致していた。
「……マティアス。教えて欲しい。何をした??」
真剣な眼差しでマティアスを見るが、突然強く抱きしめられた。抱きしめられること自体は慣れてきていたがその腕の強い力に驚いてその表情を伺おうとしたがその厚い胸板に顔を押し付ける形になっていてわからなかった。
「貴方は知らないでいい」
まるで血反吐を吐くように紡がれた言葉に、僕は心底恐ろしいと感じた。それこそ、狂ったように体を重ね合ったのにいまだにこの男の考えがわからないことを理解して心の中に怒りのような感情が沸き立つ。
(僕は、無理やりにでもこの男に全てを暴かれたのに……どうして大切なことを話そうとしない)
その憤りを察したように、マティアスは強引に玄関ロビーの大理石の床に押し倒した。厚手の服を着ていてもわかるその冷たすぎる感触に思わず身震いするがそんなことをお構いなしにマティアスの舌が再び口腔内を犯す。
先ほどはその感覚に蕩けそうになったが、今はちがう。
怒りの感情が快楽を上回っていた。だから、いつもならそのまま流されるところを抵抗するために口腔内を犯す舌に噛みついた。
「いたっ!!」
流石にマティアスが離れる。口の中には鉄の味が広がっていた。
(今だ……)
僕は怯んでいるマティアスを払いのけてそのまま外へ逃げようとした時、奇妙な光景が自身の頭に浮かび上がった。
それは外へ逃げて腰まで積もった雪にすぐに足をとられてマティアスに簡単に連れ戻される自身の姿だった。
(……館の中へ逃げよう)
その生々しいイメージに咄嗟に館の中へ逃げ込んで、とりあえず階段を駆け上がりながらあることを思い出していた。
(確か、この館にはポータルがあるはずだ……)
ワープポータルと呼ばれるもので有事の際にそれを使用して王都やその他の領地へ移動できる便利なもので基本はワープポータル同士で行き来できるが辺境伯領だけ外部侵入を警戒して辺境伯領側からだけ移動できるものだったのを記憶していた。
幼い頃、そのワープポータルで何度か帰ったことがあったのでその記憶を頼りに向かった。
奇妙なことに辺境伯家の使用人と出くわすこともなく、僕はその部屋にたどり着いた。
重々しい鉄扉に閉ざされた部屋、その扉を開くとそこにはワープポータルの繊細な文様、魔法陣が描かれているはずだった。
「……魔法陣が、壊れている??」
過去に見たそれは緑色に淡く光り輝いていたが、今目の前には無残にも壊された魔法陣があるだけだった。あまりのことに呆然とした時、すぐ後ろで鉄扉が開いたのが分かった。
「駄目ですよ、姫君」
甘いバリトンの声色でそう言われたが背筋がゾクリとするのが分かった。振り返りたくないが振り返らない方が恐ろしく思えて振り返る。
「貴方はもうこの辺境伯領から、館から二度と出ることはない、いいえ、逃がしたりしない」
捕まえようとするその手からなんとか逃れて、真正面から狂った男の顔を見る。
「……何をしたんだ。教えろ」
僕の言葉に、マティアスの顔から微笑みが消えてすべての感情が消えたような表情へと変わった。逃げようとした僕を壁際に慣れた仕草で追いやると、息がかかるほど側に唇を寄せて囁いた。
「ただ、閉ざしただけです。ここをふたりの王国にするために……」
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