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プロローグ
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暗い、暗い、奈落の底に落ちる。元々地獄に居たのにもっと深い地獄があるなんて知らなかった。
私、シルビア・ベアトリスには婚約者がいる。彼の名前はリベリオン・バーミリオン。公爵家の嫡男で政略結婚の相手だった。
リベリオンは氷の貴公子と呼ばれていて、漆黒の髪に深い蒼い瞳をした容姿端麗な人だった。だからひと目見た時に恋に落ちた。けれどそれが私を地獄に突き落としたのだ。
リベリオンは婚約者としてのやり取りをないがしろにはしなかったが、そこには愛などなかった。手紙はいつも代筆で当たり障りのないことが書かれていて、誕生日のプレゼントもいつも私の好みではないが無難なものが届いた。
プレゼントをもらえるだけありがたい、手紙が届くだけ喜べと両親は言ったけれど、結局それは私への関心のなさを表しているだけだった。両親にとって私は公爵家とのパイプでありそれ以上でも以下でもなかった。
虐待をされたことはない。けれど忙しい両親が私を抱きしめたことも褒めたことも一度もない。兄がひとりいるけれど兄とは年が離れていたせいで殆ど話したこともない。
だからこそ愛されたくて依存してしまった。
少しでもリベリオンに好きになってもらいたいと考えて、前よりも沢山勉強もした、苦手な刺繍も頑張ったし、得意なダンスは誰よりも美しく踊れるようになった。それなのに、リベリオンは私と踊ることはなかった。
その理由は……
「リオン、今日も私と踊ってくれる?」
「ああ、リリア。君が体調が良くてやっとここに来れたのだからもちろん踊るさ」
リベリオンには病弱な幼なじみリリア男爵令嬢がいた。領地が隣合わせであることもあり幼い頃から親しい間柄のふたりを誰かは騎士と姫君などと呼んでいた。
リリアは男爵令嬢だが、彼の父親は元々公爵家の次男でふたつある爵位の片方を継いだ由緒のある血筋の人だった。
そして、なによりリリアはプラチナブロンドの美しい髪に空色の瞳をした可憐な少女だった。栗色の髪に緑の瞳をした私と違い天使のようだと言われていた。
会場へのエスコートはリベリオンは必ずしてくれた。けれど私と踊ってくれることは一度もなく、リリアが参加した時は必ずふたりでダンスを踊る。私にはただ義務で付き合っているだけの存在。
今もリリアに優しく微笑みかける彼があの笑顔を私に向けたことはない。どんなに努力しても全ては無駄だった。
(ああ、惨めだな)
周りから、私はふたりの愛の邪魔をする意地悪な女と言われているのを知っている。ただ、努力して完璧であろうとしたことの何が悪かったのだろう。何が駄目だったのだろう。
今日もリリアはリベリオンの瞳の色の青いドレスを身にまとっている。リベリオンの服装こそ緑だけれど明らかにふたりこそが真の恋人同士のように見えているだろう。
ぼんやりと窓の外を眺めていた。月明かりの綺麗な夜で庭園を散歩しているカップルたちが見えた。幸せそうな彼らに罪はない。けれど私には彼らを呪いたい気持ちだけがあった。
「幸せそうな人間なんてみんな死ねばいいのに……」
今ダンスを楽しそうに踊っているだろう婚約者もその幼馴染みも。みんなみんな爆発すればいい。そう考えたら少しだけ気が晴れた。惨めなのも愛されないのも変わらないけれど。
(こんな風に性格が悪いから愛されないのかもしれないわね。)
私は目の前の柵を何気なく乗り越えた。別に死にたかったわけじゃない。ただもっと近くで月を見てみたいと感じたのだ。柵を超えたくらいじゃ月に手が届かないのに。どんなに努力しても婚約者は冷たいままなのに。
頬を涙が伝う。けれどそれを夜風が攫ってくれたおかげで少し楽な気持ちになる。
その時だった。
ドン!!
いきなり背後から誰かに押された。される瞬間振り返った私は犯人の顔は見ていない。けれどそれは青いドレスを着た女だとわかった。
(ああ、私何もしていなかったのに誰かに勝手に恨まれて惨めに死ぬのね)
自分の運命を悟った時、涙は風に消えていた。
私、シルビア・ベアトリスには婚約者がいる。彼の名前はリベリオン・バーミリオン。公爵家の嫡男で政略結婚の相手だった。
リベリオンは氷の貴公子と呼ばれていて、漆黒の髪に深い蒼い瞳をした容姿端麗な人だった。だからひと目見た時に恋に落ちた。けれどそれが私を地獄に突き落としたのだ。
リベリオンは婚約者としてのやり取りをないがしろにはしなかったが、そこには愛などなかった。手紙はいつも代筆で当たり障りのないことが書かれていて、誕生日のプレゼントもいつも私の好みではないが無難なものが届いた。
プレゼントをもらえるだけありがたい、手紙が届くだけ喜べと両親は言ったけれど、結局それは私への関心のなさを表しているだけだった。両親にとって私は公爵家とのパイプでありそれ以上でも以下でもなかった。
虐待をされたことはない。けれど忙しい両親が私を抱きしめたことも褒めたことも一度もない。兄がひとりいるけれど兄とは年が離れていたせいで殆ど話したこともない。
だからこそ愛されたくて依存してしまった。
少しでもリベリオンに好きになってもらいたいと考えて、前よりも沢山勉強もした、苦手な刺繍も頑張ったし、得意なダンスは誰よりも美しく踊れるようになった。それなのに、リベリオンは私と踊ることはなかった。
その理由は……
「リオン、今日も私と踊ってくれる?」
「ああ、リリア。君が体調が良くてやっとここに来れたのだからもちろん踊るさ」
リベリオンには病弱な幼なじみリリア男爵令嬢がいた。領地が隣合わせであることもあり幼い頃から親しい間柄のふたりを誰かは騎士と姫君などと呼んでいた。
リリアは男爵令嬢だが、彼の父親は元々公爵家の次男でふたつある爵位の片方を継いだ由緒のある血筋の人だった。
そして、なによりリリアはプラチナブロンドの美しい髪に空色の瞳をした可憐な少女だった。栗色の髪に緑の瞳をした私と違い天使のようだと言われていた。
会場へのエスコートはリベリオンは必ずしてくれた。けれど私と踊ってくれることは一度もなく、リリアが参加した時は必ずふたりでダンスを踊る。私にはただ義務で付き合っているだけの存在。
今もリリアに優しく微笑みかける彼があの笑顔を私に向けたことはない。どんなに努力しても全ては無駄だった。
(ああ、惨めだな)
周りから、私はふたりの愛の邪魔をする意地悪な女と言われているのを知っている。ただ、努力して完璧であろうとしたことの何が悪かったのだろう。何が駄目だったのだろう。
今日もリリアはリベリオンの瞳の色の青いドレスを身にまとっている。リベリオンの服装こそ緑だけれど明らかにふたりこそが真の恋人同士のように見えているだろう。
ぼんやりと窓の外を眺めていた。月明かりの綺麗な夜で庭園を散歩しているカップルたちが見えた。幸せそうな彼らに罪はない。けれど私には彼らを呪いたい気持ちだけがあった。
「幸せそうな人間なんてみんな死ねばいいのに……」
今ダンスを楽しそうに踊っているだろう婚約者もその幼馴染みも。みんなみんな爆発すればいい。そう考えたら少しだけ気が晴れた。惨めなのも愛されないのも変わらないけれど。
(こんな風に性格が悪いから愛されないのかもしれないわね。)
私は目の前の柵を何気なく乗り越えた。別に死にたかったわけじゃない。ただもっと近くで月を見てみたいと感じたのだ。柵を超えたくらいじゃ月に手が届かないのに。どんなに努力しても婚約者は冷たいままなのに。
頬を涙が伝う。けれどそれを夜風が攫ってくれたおかげで少し楽な気持ちになる。
その時だった。
ドン!!
いきなり背後から誰かに押された。される瞬間振り返った私は犯人の顔は見ていない。けれどそれは青いドレスを着た女だとわかった。
(ああ、私何もしていなかったのに誰かに勝手に恨まれて惨めに死ぬのね)
自分の運命を悟った時、涙は風に消えていた。
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