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17.ネモフィラの計略01(視点:ウィリアム)
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それからクレアとはやり取りを行うようになる。
これは僕の計画だ。クレアこそが父の求める本当の娘である。だからいずれベラトリクスと入れ替える。その代わりにベラトリクスをクレアと入れ替え、僕と結婚を可能にする。
血がつながらないクレアという名になったベラトリクスとなら僕は晴れて結ばれることができる。
ただし、この計画にはいくつかの問題がある。例の事故でベラトリクスとソレイユが婚約者同士になってしまった。もしソレイユがベラトリクスに婚約者らしく会いにきたりされてしまうと入れ替わった時にばれてしまう。
この時、僕は初めて親友を裏切った。私利私欲のために、そしてベラトリクスもソレイユに恋をしたと感じたこともありなんとしても引き裂きたいという醜い嫉妬と執着ゆえに。
わざとソレイユへはベラトリクスの悪い情報を流した。本当はベラトリクスの悪口を言う度心が壊れる痛みを感じたが、ソレイユが誤って興味を抱かないようにひたすらにソレイユが嫌いな人間像をベラトリクスとして伝えた。
親友は僕を信じてベラトリクスに興味を抱かなかった。ソレイユはとても良い人間だがあまりに人を疑わなすぎると心配になるが、今回はそれに救われた。
しかし、ソレイユは愚かではない、だからベラトリクスへの嫌悪が高まるにつれてなんとか婚約破棄をしたいと願うようになっていた。
「どうすればベラトリクス嬢と婚約破棄できるだろうか」
真剣な思いつめた表情でそう切り出された時、少し申し訳ない気持ちになった。婚約破棄となるとどうしてもソレイユの名声に傷がつく形になってしまうからだ。自分の撒いた種で親友に良くない影響が及ぶのはなるべく避けたい。そう思ったとき、ふっと「聖女」について思い出した。
だから本当に何気なく、
「そのうち聖女が現れたならそちらと婚約を結びなおせばいい。王族と聖女の婚姻は絶対だから、たとえ傷物にしたにしても婚約を継続する必要がなくなるはずだ」
と気休めのつもりで伝えたのだ。しかし、それを聞いたソレイユは真剣な顔でこういった。
「そんな存在は現れるのか?実際もう100年近く現れていないし、そんなものにすがってあの愚かな女と婚約を破棄できなかったらと考えると恐ろしい」
その言葉に、自身の撒いた種とはいえ沸き立つ怒りを感じてしまった。ベラトリクスを嫌悪するようには仕向けたし、自身を信頼してくれているのは嬉しいはずだが、それ以上になぜ見もしていないベラトリクスをそこまで悪く言うのだろう、悪意をむけられるのだろう。
そんなこと考えたら、自然と笑っていた。そして地獄に突き落とすようにひとこと言い放つ。
「捏造すればいい」
それがどれだけ重い罪か、最悪「魔女」として「聖女」にしたものが殺されることを知っていた。それはつまりソレイユが愛した人が「魔女」として処刑されることを意味する。とても恐ろしいことをささやいていた。
しかしソレイユはその言葉に安堵したように微笑んだ。その時何故か胸がすくような奇妙な感覚があった。それがどれだけ邪悪であることは誰よりも分かっていた。
それから、僕もソレイユも、そしてベラトリクスも貴族の子女が通う学園に通う年になった。しかし、あの誕生会以来完全に家に引きこもっていた可哀そうなベラトリクスには友人がいなかった。
今度こそ学園で幸せになってほしいと思ったが、ベラトリクスへ向けられる眼差しは冷たいままだった。
あの誕生会でベラトリクスを侮辱した者たちへは全て報復は終わっていたが、その噂をもってしても貴族社会に蔓延した差別は変っていなかったし、それに加えて第二王子の婚約者であってもないがしろにされているということもさらにそれに拍車をかけていた。
ソレイユはすっかりサラサという子爵令嬢に夢中になってそれを隠してもいなかった。隠さなくても誰も批判しなかった。
「なんでここに元平民がいるのかしら」
「ここは貴族のための学校なのよ」
「あーあ、赤毛の娼婦と授業なんて受けたくない」
「公爵様の情婦が公女を名乗るなんておこがましいわよね」
「ソレイユ殿下のことだって事故に見せかけて嵌めて婚約したらしいわよ」
「酷い話。元は卑しい身分の人間らしいわね」
ベラトリクスの悲し気な横顔を見つめて、ただただ抱きしめてあげたいと思うことがあった。けれどベラトリクスに憎しみ以外持たれていない自分がそんなことをして繊細なその心をより傷つけると考えてしまい、結局裏側で悪口をいう連中に報復をし、二度と同じことができないようにするしか僕にはできなかった。
そんな時、ベラトリクスに「聖女」の痣が浮き出た。僕は一度しか見たことがなかったが、それは赤い鮮やかな痣でまるで花のような形をしていた。色こそ違うがネモフィラのようなその痣を見た時、僕は自身の中の感情が溢れそうになるのを抑えるのに必死だった。
間違いない、ベラトリクスは「聖女」だ。
そして、それと同時に、僕の脳内にあるビジョンが浮かんだ。それはとても暗い館の中でひとりの男が美しい赤毛の女性を抱きしめている映像だった。
男は彼女を抱きしめながら謝罪を繰り返す。そんな男に女性は笑いかけた。
「いいのよ、エドモンド様。あなたを私は愛しています」
ああ、そうか。僕はエドモンド様の、始祖の生まれ変わりだったのだ。だからこそ「聖女」であるベラトリクスに惹かれた……。
ソレイユはベラトリクスが「聖女」かもしれないと知り焦ってサラサにも「聖女」の証が現れたと嘘をついた。正直僕が誘導してしまったことだからその計画自体にはイヤイヤながら参加しないわけにはいかなかった。
「ソレイユ殿下がサラサ嬢と親しくするの応援したくなるのよな」
「わかるわ。サラサ様はあの嘘つき女と違う貴族で聖女ですもの。お似合いよね」
校内でそんなことがささやかれた。本物の「聖女」を知らない愚かな連中の戯言。しかし、僕にはひとつ許せないことができた。
サラサが、ベラトリクスがサラサに嫌がらせをしていると根も葉もないことを吹聴していたのだ。それは偶然彼女の信奉者との会話で知ることになった。
ベラトリクスと彼女は一度も会ったこともないのに。調子に乗ってベラトリクスを悪者にしたのだ。
僕はできうる限り残酷な形で彼女を断罪することを思いついた。丁度ベラトリクスからものを盗んだ令嬢から物品が僕に返却された。
それをサラサに関心があるふりをしてプレゼントしたのだ。何も知らないサラサは喜び、よりにもよってベラトリクスが15の誕生日プレゼントのエメラルドの指輪を首から下げるようになった。
ベラトリクスの瞳に似ていると父が贈ったことにした僕からの贈り物の指輪。
(代わりの物をベラトリクスに贈ろう。もうあれがかえってきてもベラトリクスは喜ばないだろう)
これは僕の計画だ。クレアこそが父の求める本当の娘である。だからいずれベラトリクスと入れ替える。その代わりにベラトリクスをクレアと入れ替え、僕と結婚を可能にする。
血がつながらないクレアという名になったベラトリクスとなら僕は晴れて結ばれることができる。
ただし、この計画にはいくつかの問題がある。例の事故でベラトリクスとソレイユが婚約者同士になってしまった。もしソレイユがベラトリクスに婚約者らしく会いにきたりされてしまうと入れ替わった時にばれてしまう。
この時、僕は初めて親友を裏切った。私利私欲のために、そしてベラトリクスもソレイユに恋をしたと感じたこともありなんとしても引き裂きたいという醜い嫉妬と執着ゆえに。
わざとソレイユへはベラトリクスの悪い情報を流した。本当はベラトリクスの悪口を言う度心が壊れる痛みを感じたが、ソレイユが誤って興味を抱かないようにひたすらにソレイユが嫌いな人間像をベラトリクスとして伝えた。
親友は僕を信じてベラトリクスに興味を抱かなかった。ソレイユはとても良い人間だがあまりに人を疑わなすぎると心配になるが、今回はそれに救われた。
しかし、ソレイユは愚かではない、だからベラトリクスへの嫌悪が高まるにつれてなんとか婚約破棄をしたいと願うようになっていた。
「どうすればベラトリクス嬢と婚約破棄できるだろうか」
真剣な思いつめた表情でそう切り出された時、少し申し訳ない気持ちになった。婚約破棄となるとどうしてもソレイユの名声に傷がつく形になってしまうからだ。自分の撒いた種で親友に良くない影響が及ぶのはなるべく避けたい。そう思ったとき、ふっと「聖女」について思い出した。
だから本当に何気なく、
「そのうち聖女が現れたならそちらと婚約を結びなおせばいい。王族と聖女の婚姻は絶対だから、たとえ傷物にしたにしても婚約を継続する必要がなくなるはずだ」
と気休めのつもりで伝えたのだ。しかし、それを聞いたソレイユは真剣な顔でこういった。
「そんな存在は現れるのか?実際もう100年近く現れていないし、そんなものにすがってあの愚かな女と婚約を破棄できなかったらと考えると恐ろしい」
その言葉に、自身の撒いた種とはいえ沸き立つ怒りを感じてしまった。ベラトリクスを嫌悪するようには仕向けたし、自身を信頼してくれているのは嬉しいはずだが、それ以上になぜ見もしていないベラトリクスをそこまで悪く言うのだろう、悪意をむけられるのだろう。
そんなこと考えたら、自然と笑っていた。そして地獄に突き落とすようにひとこと言い放つ。
「捏造すればいい」
それがどれだけ重い罪か、最悪「魔女」として「聖女」にしたものが殺されることを知っていた。それはつまりソレイユが愛した人が「魔女」として処刑されることを意味する。とても恐ろしいことをささやいていた。
しかしソレイユはその言葉に安堵したように微笑んだ。その時何故か胸がすくような奇妙な感覚があった。それがどれだけ邪悪であることは誰よりも分かっていた。
それから、僕もソレイユも、そしてベラトリクスも貴族の子女が通う学園に通う年になった。しかし、あの誕生会以来完全に家に引きこもっていた可哀そうなベラトリクスには友人がいなかった。
今度こそ学園で幸せになってほしいと思ったが、ベラトリクスへ向けられる眼差しは冷たいままだった。
あの誕生会でベラトリクスを侮辱した者たちへは全て報復は終わっていたが、その噂をもってしても貴族社会に蔓延した差別は変っていなかったし、それに加えて第二王子の婚約者であってもないがしろにされているということもさらにそれに拍車をかけていた。
ソレイユはすっかりサラサという子爵令嬢に夢中になってそれを隠してもいなかった。隠さなくても誰も批判しなかった。
「なんでここに元平民がいるのかしら」
「ここは貴族のための学校なのよ」
「あーあ、赤毛の娼婦と授業なんて受けたくない」
「公爵様の情婦が公女を名乗るなんておこがましいわよね」
「ソレイユ殿下のことだって事故に見せかけて嵌めて婚約したらしいわよ」
「酷い話。元は卑しい身分の人間らしいわね」
ベラトリクスの悲し気な横顔を見つめて、ただただ抱きしめてあげたいと思うことがあった。けれどベラトリクスに憎しみ以外持たれていない自分がそんなことをして繊細なその心をより傷つけると考えてしまい、結局裏側で悪口をいう連中に報復をし、二度と同じことができないようにするしか僕にはできなかった。
そんな時、ベラトリクスに「聖女」の痣が浮き出た。僕は一度しか見たことがなかったが、それは赤い鮮やかな痣でまるで花のような形をしていた。色こそ違うがネモフィラのようなその痣を見た時、僕は自身の中の感情が溢れそうになるのを抑えるのに必死だった。
間違いない、ベラトリクスは「聖女」だ。
そして、それと同時に、僕の脳内にあるビジョンが浮かんだ。それはとても暗い館の中でひとりの男が美しい赤毛の女性を抱きしめている映像だった。
男は彼女を抱きしめながら謝罪を繰り返す。そんな男に女性は笑いかけた。
「いいのよ、エドモンド様。あなたを私は愛しています」
ああ、そうか。僕はエドモンド様の、始祖の生まれ変わりだったのだ。だからこそ「聖女」であるベラトリクスに惹かれた……。
ソレイユはベラトリクスが「聖女」かもしれないと知り焦ってサラサにも「聖女」の証が現れたと嘘をついた。正直僕が誘導してしまったことだからその計画自体にはイヤイヤながら参加しないわけにはいかなかった。
「ソレイユ殿下がサラサ嬢と親しくするの応援したくなるのよな」
「わかるわ。サラサ様はあの嘘つき女と違う貴族で聖女ですもの。お似合いよね」
校内でそんなことがささやかれた。本物の「聖女」を知らない愚かな連中の戯言。しかし、僕にはひとつ許せないことができた。
サラサが、ベラトリクスがサラサに嫌がらせをしていると根も葉もないことを吹聴していたのだ。それは偶然彼女の信奉者との会話で知ることになった。
ベラトリクスと彼女は一度も会ったこともないのに。調子に乗ってベラトリクスを悪者にしたのだ。
僕はできうる限り残酷な形で彼女を断罪することを思いついた。丁度ベラトリクスからものを盗んだ令嬢から物品が僕に返却された。
それをサラサに関心があるふりをしてプレゼントしたのだ。何も知らないサラサは喜び、よりにもよってベラトリクスが15の誕生日プレゼントのエメラルドの指輪を首から下げるようになった。
ベラトリクスの瞳に似ていると父が贈ったことにした僕からの贈り物の指輪。
(代わりの物をベラトリクスに贈ろう。もうあれがかえってきてもベラトリクスは喜ばないだろう)
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