世にも不幸なレミリア令嬢は失踪しました

ひよこ麺

文字の大きさ
20 / 143
第一章:れんごくの国と約束の娘

18.秘密の部屋と不幸令嬢

しおりを挟む
レミリアは渋るルーファスを説得して、宮殿内を案内してもらうことにした。

宮殿内は相変わらず静けさを保っていた。それは時が止まっているからなのかもしれない。ただ、時が止まっているといっても、それは同じ日を繰り返しているというものらしく、全く静止している訳ではないとヨミが説明した。

どうやら、この国はある日からずっと同じ日を繰り返していて、大半の住人はその日に取った行動を半永久的に繰り返す存在であるという。だからレミリアが以前感じた城の人々が異常に静かだったのもそういう影響で映像のようにいるけれど居ないような奇妙な存在なのだろう。

しかし、その時が止まった宮殿内の美しさは想像していたよりも素晴らしかった。レミリアはアトラス王国の王宮にいたので城というものには慣れていると考えていたけれど、月の宮殿はそれとは比べ物にならないくらい細かい装飾が随所の施された美しい場所だった。例えばとても長い回廊があるのだがそこは青の回廊と呼ばれていて、美しいターコイズブルーを基調に繊細な幾何学模様となめらかな曲線で作られたドームやアーチの素晴らしさに思わず目を見張る。

外観は象牙で出来ているような白なのにその内部のこのどこまでも魅力的で繊細なつくりはレミリアに異国へ来たという旅情を感じさせるものだった。

正直、色々考えることがここにきて多いのだが、気晴らしでそれらを忘れるのにはとてももってこいな風景ではあった。

「レミー、その、回廊を見て面白い?」
「すごく素敵で、面白い。ルーは見慣れたものかもしれないけど私にははじめて見るとても素晴らしいものだよ」
「君が喜んでくれるならうれしいけど……」

宮殿はとても広い。アトラス王国の城は高さがあるのだが、どうやら月の宮殿は高さはないが膨大な敷地になっているので内部をまわると永遠にここから出れないような錯覚に襲われるほど広かった。

そうしてレミリアはある区画に入ってから、それに気づいた。その区画からは沈丁花の香りが漂っていたのだ。沈丁花はキンモクセイのようにとてもいい香りがする花だが、その香りはキンモクセイよりさらに広範囲に香りがすると言われている。ある遠い国では千里香とも呼ばれているくらいだとレミリアは知っていた。

「沈丁花の香りがする。どこかに咲いているの?」
「……うん。咲いているよ」
「そうなの、だとしたら見てみたいわ」
「……ごめんねレミー、そのお願いだけは叶えられない」

目を伏せたルーファスは何かをやはり隠しているようだった。レミリアはルーファスが何故かレミリアに言いたくないことが沢山あるということに気づきはじめていた。ただの架空の友人だったはずの彼はこの場所に来てからまるで別人のように動くし、いつの間にかひとりの素敵な男性へと変化していた。

レミリア自身、他の誰よりも彼を好ましく感じていた。だからそうやってどこか突き放されるのがだんだん辛くなってきていた。

「ねぇ、ルーさっきもいったけど私はどんなルーでも受け入れられるつもりだよ」
「それでも、沈丁花は……、あれだけはだめだ」

「あの、よろしいですか」

いつの間にか現れたヨミがニコニコと人好きな笑顔で少し気まずそうに言った。気付かないうちにまた彼は自分たちについていたらしい。

「……だめだ」
「いやいや、殿下でなく姫君にお聞きしたのです」
「何かありますか?」

レミリアが問うと、ヨミは小さな声でそれがとても大変なことでもあるように話はじめた。

「実は、この沈丁花の香りがするのは、ルーファス殿下の部屋からなのです。けれど、殿下も思春期、いやまぁ健全な男性な訳で、ご自身の部屋に大好きなレミリア姫君を招くのは流石に恥ずかしいというか、なんというかというヤツなのです」

そのヨミの言葉にルーファスの顔が真っ赤になる。どうやらこれについては図星らしい。レミリアにはよくわからないのだが、どうもそういう何か隠したいものが男性にはあるらしいことは彼女の婚約者であったクリストファー王子を通して知っていた。

彼も、レミリアにだけは絶対中に入ってほしくない部屋のようなものがあったから。

(そういえば、あの部屋には何があったのかな……)

「わかったわ。そういう部屋が殿方にあることは知っているので。というかルーそれくらい自分で説明してくれたら私は無理に暴いたりしないよ」

「……ごめん、どうしてもそういう部分をレミリアに知られたくなくって……」

はにかんだその横顔は実年齢より幼く見えて思わずレミリアは可愛いなとか抱きしめたいというような感情が沸き立つのを感じた。

「大丈夫、私はルーのことだから」

レミリア自身、人へのいとおしさを感じることなど今までなかったのでこれがどういうものかはっきりと理解はできていない。けれどそれがいとおしいというもだとそう感じた。その言葉にルーファスのアメジストのような美しい瞳が見開かれた。その瞳を覆う白銀の絹糸のような睫毛を含めてどこまでも美しいく完璧に整っている顔が、驚いたようにしているのが新鮮な気がした。

「僕もレミーが大好きだよ。沢山うまく説明できなかったり話せなことがあってごめん。ちゃんと整理がついたらレミーに話すから、どうか僕のことを嫌いにならないでほしい」

「大丈夫だよ。ルーを嫌いになる要素なんてないから」

ルーファスはレミリアを抱きしめた、その体からは先ほどから漂っている沈丁花の香りよりとても強い沈丁花の香りがした。それが何故漂うのか、まだ教えてくれないのだが、いつかその答えを聞くときはそれがどんなに悲しいことでも気持ち悪いことでも恐ろしいことでも全てを受け入れてあげたいとレミリアは決意した。

ルーファスはどんなレミリアでも受け入れてくれると何故かわかっているから、そんなルーファスと同じ気持ちでレミリアは向き合いたいと思った。
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...