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28.静かな狂気と歪んだ愛情
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「ルーク、私は君が全部欲しくてたまらないんだ」
その言葉の意味がわからなかった。
「……このまま監禁すれば僕は物理的にお兄たんのものではありませんか?」
「違う。物理的に君をものにしたい訳じゃない。文字通り全てが欲しいんだよ」
キスの際に零れてしまった僕と兄上の唾液で汚れた、僕の顎や首を白いハンカチで拭いながら言われた。その手つきがまるで壊れ物でも扱うようで、さっきの貪るようなキスとの落差に奇妙さを感じた。
「その場合、僕もレイズお兄たんを好きになる必要があると思います。申し訳ないですが僕はお兄たんのこと人としては尊敬してますが、恋愛感情で好きになることは難しいと思います」
例えば快楽堕ちしたとしても、なんだろう叔父様の時は感じなかったけれど僕は兄上を受け入れる気がしなかった。
元々小さな頃から色々ぶっ飛んでいた叔父様と違い、ついこの間までルークにとっては普通の出来の良い優しい兄弟という感覚だった兄上に対して、そう思うこと自体がなんだかすごく抵抗があった。
「そうだろうね。分かっているよ。私はずっとルークだけを愛していたけれど、ルークはみんなに愛されている。だからルークが私を愛する必要などなかったことくらいわかっている……けれど、それはルークが王太子だったからだ」
ゾクりと背筋が凍るような気がした。兄上が僕を見ているその眼差しはさっきのようにずっと静かなのだけれどだからこそ怖いのだ。
この人は冷静沈着に狂っているのだと分かってしまったから。
いつもならどんなことでも笑える思考に持っていく僕ですらも、純粋に怯えてしまうほどのものがその眼差しにはあった。
そして、今度は兄上は僕を優しく抱きしめた。それはまだ僕が王太子だった頃に泣き喚いている僕をあやす時と変わらない優しいハグなのに何故か酷い胸騒ぎが止まない。
「今は私が王太子になった。ねぇルーク。もし私が王太子の状態で君が王族へ復帰または公爵として貴族籍に王位継承の可能性を残して復帰したとしたら君はどうなると思う?」
優しい声色で言われたその言葉、けれどまるで頭を殴られたような衝撃が走った。
考えてもみなかったが、この国の王族には呪いがかかっている。それは王太子に対して王位継承権のあるものが異常に愛したり執着してしまうという恐ろしい祝福。
つまり、僕が王位継承権を持つ形で復帰したら、僕の意思とは関係なく兄上に対して、今叔父様や兄上が抱えているような歪んだ感情に芽生えてしまうということだ。
「い、いやだ……そんなの、そんな風に愛を偽造されるなんて、いやだ」
「偽造なんてひどい言い方だね。私は君がこの世に生まれることが決まった日からずっとその感情に支配されて生きてきたのに」
穏やかな眼差しは変らないが、その声には血を吐くような辛さが入り混じっていた。あまりにも当たり前にかかっていた呪い。そうして自分だけが同じところを見るはずのない相手に狂おしいまでの感情を抱き続けるという悪夢。
それはどれだけ苦しく、どれだけ残酷だったのだろう。
「だからね、ルークにも私と同じものになってもらいたいんだ。そうしたらふたりとも永遠にやっと幸せに愛し合えるようになる」
確信にこれほど満ちた声で話す兄上を見たことがなかった。しかもそれはもう決定事項だというように言い放たれた。
それがとにかく怖かった。叔父様も大概だけど、叔父様は僕が自由に考える権利を害そうとしたことはない。けれど、兄上は確実に僕を自分のものに上書きしようとしている。
「そんなのって……そんなのって」
「大丈夫だよ、何も怖くない。ただルークがあるべき姿になるだけだからね」
甘い甘い声と言葉。けれどそこに僕自身の意思の介入が全く許されていない。そのちぐはぐさに、体が震えるのが止まらない。とにかくこれはダメだ、絶対になんとかしないといけない。
そんな僕の髪をそれはそれは優しく撫でている兄上。僕が絶対に兄上を愛するものになるという揺るぎない確信に満ちている。
(怖い、怖いよ)
「お兄たんは……やっぱり僕が憎いのですか?」
思わずそう聞いていた。そして、いつの間にか涙が零れ落ちていた。
「どうしてそう思うのかな?」
その涙を優しく指で掬いながら兄上は聞いた。
「だって、僕のこと変えて、お兄たんを愛させて苦しませたいのですよね?」
「ルークは苦しまないよ。ただ私だけのものになるだけだ。そうなったらもうルークは何も苦しまないし悲しくもない、ただ私だけを愛して笑って幸せになるのだから。どうしてそれでも私が君を憎んでいると思うのかな?」
その言葉が僕には理解できない。だってもうそれは僕ではない、僕の形をした僕以外の何かじゃないか。それに形だけ愛されて満足するなんて、それはそれで悲しいと思ってしまう。
「それは、もう僕じゃないです。今の僕なんか消えて欲しいって思うくらい憎いのでしょう?」
今までずっと静かにだった兄上の表情がゆっくり歪んだ。
しかしそれは口元だけでそれ以外は変らない。静かなままの瞳が僕の目をじっと見つめる。
「私は、ルークが君の母上である皇后様に宿った時からずっとこの感情を抱いてきたんだ。君に会いたくて、会いたくて、君の母上の前でそのお腹に縋りついて泣いた」
遠くを見るような仕草の後で、そのままさらに話し続けた。
「ねぇ、ルーク覚えているかい?君は昔僕にこう聞いたことがある、「僕のことを兄上は好き?」って、その時僕がどう答えたか……」
その言葉に、脳内である情景が浮かび上がってきた。
その言葉の意味がわからなかった。
「……このまま監禁すれば僕は物理的にお兄たんのものではありませんか?」
「違う。物理的に君をものにしたい訳じゃない。文字通り全てが欲しいんだよ」
キスの際に零れてしまった僕と兄上の唾液で汚れた、僕の顎や首を白いハンカチで拭いながら言われた。その手つきがまるで壊れ物でも扱うようで、さっきの貪るようなキスとの落差に奇妙さを感じた。
「その場合、僕もレイズお兄たんを好きになる必要があると思います。申し訳ないですが僕はお兄たんのこと人としては尊敬してますが、恋愛感情で好きになることは難しいと思います」
例えば快楽堕ちしたとしても、なんだろう叔父様の時は感じなかったけれど僕は兄上を受け入れる気がしなかった。
元々小さな頃から色々ぶっ飛んでいた叔父様と違い、ついこの間までルークにとっては普通の出来の良い優しい兄弟という感覚だった兄上に対して、そう思うこと自体がなんだかすごく抵抗があった。
「そうだろうね。分かっているよ。私はずっとルークだけを愛していたけれど、ルークはみんなに愛されている。だからルークが私を愛する必要などなかったことくらいわかっている……けれど、それはルークが王太子だったからだ」
ゾクりと背筋が凍るような気がした。兄上が僕を見ているその眼差しはさっきのようにずっと静かなのだけれどだからこそ怖いのだ。
この人は冷静沈着に狂っているのだと分かってしまったから。
いつもならどんなことでも笑える思考に持っていく僕ですらも、純粋に怯えてしまうほどのものがその眼差しにはあった。
そして、今度は兄上は僕を優しく抱きしめた。それはまだ僕が王太子だった頃に泣き喚いている僕をあやす時と変わらない優しいハグなのに何故か酷い胸騒ぎが止まない。
「今は私が王太子になった。ねぇルーク。もし私が王太子の状態で君が王族へ復帰または公爵として貴族籍に王位継承の可能性を残して復帰したとしたら君はどうなると思う?」
優しい声色で言われたその言葉、けれどまるで頭を殴られたような衝撃が走った。
考えてもみなかったが、この国の王族には呪いがかかっている。それは王太子に対して王位継承権のあるものが異常に愛したり執着してしまうという恐ろしい祝福。
つまり、僕が王位継承権を持つ形で復帰したら、僕の意思とは関係なく兄上に対して、今叔父様や兄上が抱えているような歪んだ感情に芽生えてしまうということだ。
「い、いやだ……そんなの、そんな風に愛を偽造されるなんて、いやだ」
「偽造なんてひどい言い方だね。私は君がこの世に生まれることが決まった日からずっとその感情に支配されて生きてきたのに」
穏やかな眼差しは変らないが、その声には血を吐くような辛さが入り混じっていた。あまりにも当たり前にかかっていた呪い。そうして自分だけが同じところを見るはずのない相手に狂おしいまでの感情を抱き続けるという悪夢。
それはどれだけ苦しく、どれだけ残酷だったのだろう。
「だからね、ルークにも私と同じものになってもらいたいんだ。そうしたらふたりとも永遠にやっと幸せに愛し合えるようになる」
確信にこれほど満ちた声で話す兄上を見たことがなかった。しかもそれはもう決定事項だというように言い放たれた。
それがとにかく怖かった。叔父様も大概だけど、叔父様は僕が自由に考える権利を害そうとしたことはない。けれど、兄上は確実に僕を自分のものに上書きしようとしている。
「そんなのって……そんなのって」
「大丈夫だよ、何も怖くない。ただルークがあるべき姿になるだけだからね」
甘い甘い声と言葉。けれどそこに僕自身の意思の介入が全く許されていない。そのちぐはぐさに、体が震えるのが止まらない。とにかくこれはダメだ、絶対になんとかしないといけない。
そんな僕の髪をそれはそれは優しく撫でている兄上。僕が絶対に兄上を愛するものになるという揺るぎない確信に満ちている。
(怖い、怖いよ)
「お兄たんは……やっぱり僕が憎いのですか?」
思わずそう聞いていた。そして、いつの間にか涙が零れ落ちていた。
「どうしてそう思うのかな?」
その涙を優しく指で掬いながら兄上は聞いた。
「だって、僕のこと変えて、お兄たんを愛させて苦しませたいのですよね?」
「ルークは苦しまないよ。ただ私だけのものになるだけだ。そうなったらもうルークは何も苦しまないし悲しくもない、ただ私だけを愛して笑って幸せになるのだから。どうしてそれでも私が君を憎んでいると思うのかな?」
その言葉が僕には理解できない。だってもうそれは僕ではない、僕の形をした僕以外の何かじゃないか。それに形だけ愛されて満足するなんて、それはそれで悲しいと思ってしまう。
「それは、もう僕じゃないです。今の僕なんか消えて欲しいって思うくらい憎いのでしょう?」
今までずっと静かにだった兄上の表情がゆっくり歪んだ。
しかしそれは口元だけでそれ以外は変らない。静かなままの瞳が僕の目をじっと見つめる。
「私は、ルークが君の母上である皇后様に宿った時からずっとこの感情を抱いてきたんだ。君に会いたくて、会いたくて、君の母上の前でそのお腹に縋りついて泣いた」
遠くを見るような仕草の後で、そのままさらに話し続けた。
「ねぇ、ルーク覚えているかい?君は昔僕にこう聞いたことがある、「僕のことを兄上は好き?」って、その時僕がどう答えたか……」
その言葉に、脳内である情景が浮かび上がってきた。
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