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02.勇者は理不尽な目にあわされる

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「……」

僕が無言でにらみつけてもゼファーはただ笑みを浮かべているだけだがその糸目の奥にはただ冷たい感情を感じるだけだ。

この男と先ほど僕を殺そうとした王子によってこの世界に召喚された勇者が僕だ。

本来勇者とは異世界から召喚されて、特別な力を持ちこの世界を救う救世主のような存在らしい。現に過去に数度召喚されたすべての勇者はみながこの世界を救い元の世界に戻っていったとの記述が残されている。

現在、この世界の人類は魔王軍により壊滅的な被害を受けてこの聖なる都市の外にいる人類はほぼ死に絶えたとされている。この聖なる都市だけはかつてこの世界を平和に導いた最初の勇者の聖剣の結界により魔から辛うじて守られているそうだ。

そんな危機的な状況だからこそ、僕がこの世界に召喚された時は、誰もが僕に期待をした。

この世界を救う力を持って異世界から召喚された存在として。

しかし、僕には何の力もなかった。何度調べても何ひとつ力がなかった。また、かつての勇者のひとりは試練を乗り越えて力を覚醒させたとされているが僕は力が覚醒する兆候もあらわれていない。

その結果、下心のようなものがあるアベル以外は僕に対して失望し、その感情はいつしか憎しみへと変化したのか現在のようないやがらせをされ続けている。

(……僕からすれば勝手に呼び出して、勝手に落胆して憎んでいるという本当に困った状態だけどな)


「ゼファー、どうして邪魔をする!!こいつさぇ死ねばまた、勇者様を召喚できるはずだ」

「……殿下。殿下が手をかける必要はありません。それに……」

ゼファーがまだ立ち上がれない僕を見下すように言った。

「古文書によると、『かつての偉大なる勇者が魔王に殺された瞬間、絶望した人々の前に奇跡的に新たなる勇者が降臨し魔王を倒した』とされています。だから、勇者様には魔王に殺されてもらう必要があるのです」

「……ふん、じゃあ、こいつをすぐに魔王に殺させないとな。もう待てない。今だって聖なる結界は少しずつ壊されそうになっているんだから」

フンと鼻の穴を膨らませた王子はそのまま足音を立てながらその場を立ち去った。

「ふふふ。勇者様。つまりそういうことです。もうすぐ魔王城までのワープゲートの準備が整います。そうしたら使命をきっちり果たしてください」

「ふざけるな……ふざけるなよ!!」

何とか立ち上がり、ゼファーに殴りかかろうとしたがその体を後ろからアベルに押さえつけられた。

「おい、だめだ」

「離せ!!」

暴れたが当然ただの学生である僕には鍛え抜かれたアベルの力にあらがうことはできなかった。

「どうして止めっ……」

そう口にした時、鋭いと表現するような風の刃が僕の頬をかすめて、頬に切り傷ができたのが分かった。

「いたっ」

「ああ、残念」

それがゼファーの風の魔法によるもので、そのまま殴り掛かればその魔法をもろに食らい腕の1本くらいがなくなっていたかもしれない。

「もし愚かにも私に殴り掛かったなら、その腕くらいはむしってやるつもりだったのに……」

狂気的とも思えるその言葉に思わず体が震えてしまうのが分かった。

ー純粋に怖かった。

僕は平和な日本の裕福な家で育った。だから目の前で自身を傷つけようとする人間になどあったことがなかった。

しかし、目の前の男は僕に致命傷にもなりかねないようなことを平気でしようとしたのに悪びれることもないのだ。
本能的な恐怖に震える体を止めることができなかった。

「おい、お前が勇者は殺さないといった癖に、なんで殺そうとするんだよ」

アベルのあきれたような言葉にゼファーの糸のような目が開き、冷たい蛇のような金色の瞳が僕を射抜くように見つめたのが分かった。

「ははは。殺しはしませんよ。けれどね、私と殿下に恥をかかせた勇者様がただただ嫌いなんです。だから少し痛めつけてやろうとしただけです」

そう言い切ると再び糸目に戻り酷薄な笑みを浮かべた。

「……おいおい。そんなことはやめろよ。大体レイジはこんなに愛らしいんだ。傷つけたりしたらもったいないだろう??」

アベルの言葉に自身の危機を察した。いつも距離をとっていたが今、この男は僕を背後から抑え込んでいる状態なのだ。

首筋に荒い息遣いが伝わり、未知の恐怖で体がこわばるのが分かった。

「あーあ、なるほど。その方法もありますね。ふふふ、勇者様を物理的に傷つけることはやめましょう。その代わりにアベル、勇者様をあなたの好きにできる許可を与えます」
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