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プロローグ:天使のようなお嬢様と断罪劇とか婚約破棄のテンプレの茶番

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「エカチェリーナ・ミハイロフ公女、貴方と第二皇子ピョートル殿下との婚約破棄をここに宣言いたしますわ」

ここは新入生の入学パーティーの会場。そこでなぜか見たこともない女が僕の大切なお嬢様とその婚約者の婚約破棄を高々に宣言している。

しかし、彼女を一瞥した美しい僕の大切なお嬢様は完璧な作り笑いを浮かべて彼女に問いかけた。

「あなた、どちらのご令嬢かしら」

「私は、マリアナ・グレイですわ。あんなにいじめたのに私のこと覚えていないなんてひどいわ」

そういった金髪緑目の一応可愛らしい小動物系のタイプのマリアナは涙目になりながら、周囲を見渡している。庇護欲を掻き立てる作戦らしい。

その様子に僕の中では怒りの感情が渦巻き始めていた。

僕が最も崇拝し、敬愛し、心から愛してやまないお嬢様であるエカチェリーナ様はそれはそれはもう宗教画の大天使のような御方であり、自分より下の身分だからって他のご令嬢をいじめることなど絶対にないと断言できる。

そう、エカチェリーナ様は大天使様なのだ。ちなみに大天使様にはこの国ではみんな「エル」がつくので僕は心のなかでお嬢様を愛称と「エル」を足して、エリナエル様と呼んでいることは秘密だ。

だから思わず僕は口出しをしていた。

「マリアナ男爵令嬢、それは間違いではありませんか」

「な、なによ……ってまぁ」

マリアナは何故か僕をみて息をのんでいる。よくわからないけど、お嬢様曰く僕はこの国で1、2を争うほど美しい顔立ちをしているそうだ。

お嬢様に褒められた時はうれしいと思ったが、別に僕は貴族の子息でもないただの孤児の平民で苗字も持たないテオドールである。

例え黄金を切り出したようとか言われる金の髪を持っていても、まるでサファイアのようだとか、深海のような美しい蒼い瞳が優しげで顔立ちもまるで王族でもあるように整っているとか称えられてもなにひとつ嬉しくはない。

平民が出すぎた容姿であれば最悪、貴族の質の悪い女主人なんかの愛人にでもされる未来すらあり得るのだから。

「お嬢様、エカチェリーナ公女様は下々の身分のもの(お前も含む)にも差別することなく接することができる(大天使のような)御方です。私も平民の出でおりますが、エカチェリーナ公女様と公爵様のお口添えを頂き、公爵家にて執事兼護衛をさせて頂いております。その仕事のためにこのような卑しい身分のものにも学園で学ぶ権利をくださる(大天使のような)お方であるエカチェリーナ公女様が、たとえ身分差があるご令嬢だとしてもいじめなど行うことはありません。常に学園で護衛をしていた僕が宣言いたします」

出過ぎた真似かもしれないけど、僕は穏やかな口調と笑顔でそう告げる。

しかし、女はなおも言い募る。

「だとしても私はこの方に意地悪されましたのよ。教科書をズタズタに切り裂かれたり……」

「それはありえません。エカチェリーナ公女様は刃物など持ち歩きませんし、その華奢な指で紙をボロボロになどできません」

「それに池に私を突飛ばしたり」

「それもありません。エカチェリーナ公女様は尊いお方であり、皇子妃となる御身。学園の池等という万が一事故が起こる可能性がある場所へは一切立ち入りません」

「そ、それなら取り巻きの悪質なご令嬢に指示したのですわ」

「それもありません。エカチェリーナ公女様は現在この帝国でたったふたつの公爵家のひとつミハイロフ家のお方です。エカチェリーナ公女様の家格と合うご令嬢はおりません故、個別で友好的に接されている方はおりません。勿論、それは差別しているのでは平等にみなと接するための思慮深い配慮となります」


肩で息をしながらなおも言い募ろうとするマリアナに、すっかり蚊帳の外にいたもうひとりの当事者である第二皇子のピョートル殿下が歩み寄る。

先ほどは遠目にまるで驚いたように固まっていたピョートル殿下が近づいてきたことにより、マリアナは嬉しそうにその腕にしがみつこうとした、が、

「……申し訳ないが、俺も君を知らない」

とその体を交わすと、マリアナは勢い余って尻もちをついた。しかし、そんな彼女にピョートル殿下は手を貸すこともない。

「えっ」

周りの生徒達が驚いたようにそちらを凝視する。この大立ち回りはそれこそこのピョートル殿下がマリアナと浮気して、エカチェリーナ様との婚約を破棄するという前提でのお話しである。

しかし、ピョートル殿下はその凛々しい男らしい顔を歪めている。

それは愛する女へ向けるはずがない表情であり、もっというと侮蔑を含んだものであるとひと目でわかった。

ピョートル殿下は長身で、整った肉体に黄色に近い濃い色の金髪と鋭い空色の瞳をした整ったというより精悍な顔立ちをした騎士のような皇子様である。

その見た目通り、勉学は凡庸だが、剣の腕が高く、そして無口で無表情だが不誠実とは程遠い人物である。当然嘘つきでもない。

その人物が知らないと言ったのだから本当に彼女を知らないのだろう。


つまり、よくある馬鹿な皇子がハニトラとか魅了とか、その他諸々にかかってこのよくわからない女と一緒に婚約破棄をするとかそういうシーンではない。

途端に群衆がざわめき始める。

「それに、婚約者がいる身の上で他の女性と親密にすることはないし、ふたりきりで会ったりすることもない。誰か他の者と勘違いしているのではないか?」

「そんなはず、間違いなくピョートル様と私は愛し合って……」

「それはありえないな」

ピシャリと言いきった声の主にまた、群衆がざわめく。そこにいらっしゃったのは、この国で一番美しいとお嬢様がおっしゃっている方でピョートル殿下のお兄様である王太子殿下のアレクサンドル様だった。

まさに黄金そのもののような眩しい金髪に、深海と称される美しい双眸、均整の取れた体と完全に整った顔は
作り物のようではあるが、その顔に浮かべている笑みにより生き生きとしているように感じる。

「マリアナ・グレイ男爵令嬢というと君は言ったが、グレイ男爵家に令嬢はいない。そうだろう、マリア」

「……!!」

「マリア、苗字もない平民の娘。いや、国際指名手配をされている毒婦というべきか」

「くそっ!!無理やりに任務なんて遂行するんじゃなかったわ」

そう先ほどまでかわい子ぶっていた顔を歪めたマリアナ、いやマリアはその場で近衛兵に確保された。

なにやら、禁止コードにひっかかりそうな下品な罵詈雑言を言っているようだが、遠ざかっているのではっきりとは聞こえない。


……これなんて茶番劇。

そう思って僕が少し嫌な顔をしていると、先ほど華麗にハニトラ女を捕まえた皇太子がこちらへやってきた。

「すまない、エレナ。もう少し早く捕まえていれば君に迷惑をかけずにすんだのだが」

「いいえ。十分ですわ。ピョートル様もそう思われますよね」

しかし、ピョートル殿下は答えず下を向いている。その顔は無表情だが苦々しさがある。

ピョートル殿下とお嬢様は実はうまくいっていない。お嬢様は大天使の化身であるため、とても慈悲深く、福祉や慰問等を積極的にされたり、僻地への視察も嫌な顔ひとつされずに行われるまさに大天使のなかの大天使、至高のエリナエル様なのだが、ピョートル殿下はその辺りに興味がないご様子である。

だからといってピョートル殿下が怠惰とかそういうのではなく、どちらかと言うと国内の政治より、隣国との関係や、辺境の警備等武力的な部分に興味があるようなのだが、お嬢様は情勢としては理解できるが軍部となると軍人家系ではないこともあり難しいご様子だ。

そのため、ふたりの話はかみ合わないし、ピョートル殿下は口数が少なく無口な方で、お嬢様もあまりおしゃべりではないため会話があまりかみ合わない。

それもあり、決して嫌っているというわけではないのだがお互い苦手意識というものがどこかにあるようだ。こればかりは相性の問題でもあるのではと思うが政略結婚であるためその辺りは考慮されないのだろう。


また、第一皇子で皇太子であるアレクサンドル殿下が全てに秀でている完璧超人であることもあり、現陛下はけっして冷遇されてはいないがピョートル殿下への愛情が薄く感じられることがある。

そのため、ピョートル殿下は兄である皇太子にコンプレックスを持っていると思われる。

その皇太子が実はお嬢様と大変親しい間柄である。これについては、もちろん清い関係であくまで友人同士というヤツなのだが、ピョートル殿下はふたりの仲を疑っているようだ。

僕はお嬢様がそのようなふしだらな方でないと分かっているし、お側で誰よりも見つめて、それはもう、眼球がとれる位、なんなら何回か外したかもしれないくらい見ているから知っているが、ピョートル殿下の立場ならそうは思わないというのも分かる。

自分がコンプレックスを感じている兄と親しい婚約者。

なんだが自分がのけ者みたいで嫌になるよね。分かる。

「……兄上、ありがとうございます」

「いやいや、気にするな。それに私は、あくまで友人とのために行っただけだ。礼は必要ない」

そういって、皇太子はお嬢様をみつめてから、その横にいる僕にそれはそれは眩しい笑顔を向けた。変な誤解が生まれる発言をものすごくやめて欲しい。明らかにその発言はピョートル殿下の不興を買うのだから。

「エカテリーナとその従者……本当に兄上はようですね」

「ああ。だ。しかし、勘違いしてはいけない。エリナはお前の婚約者だ。ちゃんと大切にしてあげなさい」

隠しきれない憎々しい表情が一瞬浮かんだが、すぐにそれは消えて能面のように無表情な顔になったピョートル殿下はただ、小さく頷いてその場を後にした。

これはこの後良くないことがあるかもしれないと何故か僕は背筋が冷えるのを感じたのだった。
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