公爵様は愛おしい人魚姫♂をアクアリウムへ閉じ込める

ひよこ麺

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僕だけの愛おしい人魚姫 前編

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『可愛い子、人魚族は恋を失うと泡になってきえてしまうんだよ』

どこかさみしそうに幼い私の髪を撫でながら告げた美しい母の横顔を今でもはっきり覚えている。

母は暖かい南の海のようなエメラルドグリーンの瞳に銀色の髪をしたそれはそれは美しい人魚だった。その母を故郷から愛という不確かなもので縛り付けて、連れ去った自分勝手で傲慢な父との間に出来たのが私だった。

それでも母は私を精一杯愛してくれた。そんな母は、その言葉を私に告げてほどなくして失踪した。

泣いて泣いて母を探したけれど見つからず、母の面影を探して鏡を見てもそこには忌み嫌う父親そっくりな真っ黒い髪と蒼い瞳の憎たらしい顔があるだけだった。

そして、父がその傍らに見知らぬ女を連れて我が家に戻った時に、私は察した。

『父の愛を失った人魚姫ははは泡となって消えた』のだと……。

それでも、私は諦められなかった。

どこを探しても母を見つけられず、ついには海に母が帰ったのではと思い、飛び込んだ私を救ってくれたのは母と同じ南の海のようなエメラルドグリーンの瞳と銀色の髪をした美しい少年の人魚だった。

『お前、オレの前で自殺とかやめろよな』

そう言って口元から覗いた鋭い牙。鮫の人魚の彼を本来なら恐ろしく思うかもしれないけれど、私は美しく愛おしいとしか思わなかった。

『なんだよ、泣くなよ』

そう言って私の頬に触れたその少し冷たい手の体温と美しい瞳の色に、あの日、完全に恋に落ちた。

*******************************

「……本当に、この人魚を受け取るのですか??」

いつも通り城の隠し部屋へ案内をした馴染みの商人は、いつもの胡散臭い笑顔ではなく嫌悪を隠せない表情を浮かべてそう言った。

しかし、そんなことは関係ない。

「もちろん、こんなに美しい人魚をほっておくことはできない。大切に保護しないといけないだろう??」

うっとりと狭い水槽の中で暴れたせいか、その血で染まり斑に赤くなった銀色の尾を、ヒラヒラと水中に舞う剥がれた白銀の鱗を、そして何より……あの日に見た色と同じ美しいエメラルドグリーンの瞳を見つめる。

(……この日をどんなに待ちわびたか……愛おしい私の人魚姫)

「しかし……そいつはいわくつきですよ??神の使いに恋をして襲おうとしたことでその怒りに触れた人魚なんて……」

そこまで口にした商人は私が静かに怒っていることに気付いたらしくそのまま口をつぐんだ。

私はあの日からずっと、この彼を探していたのだ。その彼を貶める発言は、行為はそれがたとえ神であろうと許すことはできない。

それに大変不本意だけれど私にも神の血が流れているのでもしもこの愛を邪魔するならばただで済ませるつもりがない。

「……公爵様は、うちのお得意様ですので老婆心ながら出過ぎたマネをしてしまい申し訳ございません」

私の様子に、急いでいつものうさんくさい笑みを浮かべた商人のことなど、最早眼中にない。

目の前の狭い水槽の中でぼんやりとこちらを見つめるその姿がただ愛おしくて、体の奧の方から何かがこみ上げるのが分かった。

(早く、この子を、私の愛しい人魚姫を楽園アクアリウムにつれて行きたい……この子のために準備した最高の……)

「で、では、失礼いたします!!」

私の表情に何か恐ろしいものでも見たような顔をした商人はすぐにハッとしたように慌てた様子で立ち去った。

そして、部屋の中には私と愛しい人魚姫だけになる。

「愛おしい私だけの人魚。ああ、やっとふたりきりだね。可哀そうにこんなに傷付いて……」

そう水槽の中の美しい人魚に話しかけると人魚は心底どうでも良いというような目をこちらに向けた。

その嫌そうな表情にすら私は昂ぶる感情を抑えきれない。長年あたためてきた恋心はとうの昔に歪に変質していた。それがどんな形であるかは自分でも把握できないほどに。

「ああ。そのエメラルドグリーンの瞳の中に私を映して……そうそう、その水槽は君には狭すぎるね、私が準備した楽園アクアリウムにつれて行かないとね」

私の言葉なんて聞こえないように人魚姫はヒラヒラとした尾を揺らしながら後ろを向いてしまった。けれど、水槽は透明だからそんなことに意味がない。

それをわからせるためにあえて後ろ側にまわって不機嫌な顔を覗き込む。

「無駄だよ。君はこれから私と永遠に幸せに暮らす人魚姫になるのだから」

叶わない恋をして泡になどさせはしない。永遠の愛の中で溺れさせてあげるのだ。

その言葉に黙っていた人魚の口が動いた。水の中だから音は聞こえないけれど口の動きでその意味が分かる。

『キチ〇イ』

「ははは、いいね。全く私になびかないその姿、まさに一途な人魚らしくって、でもね……」

自然と浮かんだ狂った笑顔で、水槽越しに人魚の顔に近付けて告げる。

「君がどんなに誰かに片思いをしていても二度と会わせない。愛おしい人魚姫。君はもう私と永遠にふたりっきりだ」

私は水槽の中にひとつぶの青い薬を入れた。

ディープブルーの色をしたその薬が、水槽の水にまるで円を描くように溶けて広がる様をのんびりと眺める。それが完全に溶けてしばらくした時……、

「ゴプゴボッ!!!」

くぐもった音とともに人魚が水槽から浮上する。いや、正確には今は人魚ではない。

「な、なんだこれ、説明しろ、キチ〇イ!!」

そう言ってこちらを睨んでいるのは半身がまだ水槽に浸かっているが、その尾びれのように真っ白く長い素足が伸びていた。なにより美しい銀色の髪にエメラルドグリーンの瞳をした青年が一糸纏わぬ姿でそこにいた。

それは、かの人魚姫を人の姿に変えたモノだった。あの薬は『人化薬』という人魚や獣人を一時的に完全な人間へと変える薬だ。

「ああ。君は人になっても美しいね。ふふふ、それはね人にならないとできないことをするためだよ」

そう微笑みながら、まだ水槽に沈んでいる体を抱き上げてそのまま部屋に準備してあった大きなベッドへその裸体を横たえる。

「離せ!!」

そう叫ぶが抵抗らしい抵抗がほとんどできない。それもそのはずで人魚が人間になった場合その体は陸地になれず、歩くとこは愚か満足に手足を動かすことも難しいとされている。

「離さないよ、やっと手に入れた私だけの人魚姫様」

そう言って、その白い太ももにキスをする。尾びれにあった傷のせいか痛々しい傷のあるそこに優しく舌を這わせると、未知の感覚にその体がビクっと跳ねる。

「な、なにすんだ!!」

「可哀そうに、誰がこんな傷をつけたの??私が治してあげないとね」

そう言って、鉄の味がするそこを優しく何度も舐めればほのかに鼻にかかるような甘い声が漏れるのが分かった。綺麗な白い太ももをなぞる様に優しく撫でた時、今までで一番大きく体がしなる。

「やめろっ……んっ」

涙に潤んだ上目遣いで見つめられて思わず笑みが浮かんでしまった。だから、もう一度今度は指で舐めたことで生温かく湿った瘡蓋を優しく撫でながら言った。

「こんなに傷つけられて辛かったね、大丈夫だよ。この痛みも全て私が忘れさせてあげるからね」

「んっ……いやだ……いやだ!!」

そう叫んで身をなんとか捩ったが、人間の体に慣れていない人魚姫は簡単に私の腕の中に閉じ込められた。

「怖くないよ、さぁ、永遠の幸せを教えてあげよう」
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