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06.奇怪な手紙と廃嫡された日の記憶
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いつものようにモウカとの朝食が終わって、モウカが仕事にと出かけた後だった。
モウカが仕事に行っている時間は、僕が暇にならないようにと大量に取り寄せてくれた僕が好きなタイプの本を読んでいるか、または、部屋を守っている護衛騎士と何気ない会話をすること以外は特に何もすることがなかった。
護衛騎士もモウカに言及されているのか、僕の国の話や家族の話には触れる者はいなかった。
今日も、護衛騎士のひとりであるリックと話をしていた。リックは金色の髪に青い瞳をした背の高い男で、僕と同じ年だという。
彼は公国の伯爵家の息子で、代々騎士団長を輩出するような名門の騎士の家系らしい。
今まで同じ年の貴族との交流をほとんどしていない僕にとって、リックは初めてできた友達のような存在だった。
「クーサー様、そういえばモウカ大公閣下から聞いているかもしれないけど、最近妙な手紙がこの邸宅に届くんだって」
「変な手紙??」
モウカからは全く聞いたことがなかったことなので首を傾げると、リックは話を続けた。
「差出人の名前がなくしかも中身は白紙なんだ。それが毎日毎日ここのところ届いていて、なんか気持ち悪いって噂になっているんだ」
その言葉に僕はあることを思い出していた。
僕の母国では王族のみが見ることができる特別な手紙が存在した。その手紙は王家に伝わるある配合をした薬をかけることでのみ読めるようになるものだった。
薬を掛けなければその紙は全くの白紙に見える。
なんだが、その謎の手紙が僕宛てに書かれたものではないかと直感してしまった。
しかし、だとして既に故国とはいえ僕を廃嫡幽閉すると宣言した彼等の誰がそんなものを書いているのか、モウカのおかげで心が健康になり余裕が持てた僕は考えてしまったのだ。
「リック、その手紙って今どこにあるの??」
「大体は届いてすぐ処分するが……あ、1通そう言えばまだ処分してないのがここにある」
そう言って、リックが胸ポケットから1枚の便せんを取り出した。
「ありがとう。後リック、これからいう物を持ってきてほしいのだけれど……」
そう言って、僕はリックに薬の材料を頼んだ。材料自身は特殊なものはないが、護衛騎士の任務中にリックが僕の元を離れられないことは分かっているので、次の勤務日にでも持ってきて貰おうと考えた。
「もちろんいいよ、というかそれだけなら今持ってくるけど??」
確かに特殊なものはないが、常備されているような物でもない。少し考えればそれがとてもおかしいと気付くところなのだが、僕は初めてできた友人を心底信じてしまっていた。
「ありがとう。じゃあ、持ってきてくれないか??」
「分かった。しばしお待ちを」
颯爽と去るリックを見つめながら、ぼんやり手渡された手紙のにおいを嗅ぐ。やはりその紙からはあの薬を使ったときにするラベンダーのようなにおいがした。
(これがあの方法で書かれているならば、この手紙は元家族からのものだろう。結局モウカに家族のことを聞いていないな……)
僕の精神や怪我が良くなったら聞くつもりで、先延ばしにしてしまっていた。
何より、僕にとってモウカのおかげで家族との日々がいかに歪なものだったか、いかに僕にとって毒にしかならないものであったかをこの生活で知ることができた。
だからこそ、真実を知らなくても良いのではないかという考えも最近は湧いてきていた。
(永遠に見なくて許されるなら、もう彼等のことも、王になりたいと執着していた日々も過去のものとして処理してしまいたい……)
ただ、そう考える度に僕の脳裏に廃嫡された日の映像が浮かんだ。
それは、婚約者だった公爵令嬢とカイニスによる告発から始まった、真実を知るものからすれば単なる茶番ともいえるようなものだった。
しかし、その茶番により僕は傷つけられ、嘲笑されて、全てのその日までの努力も人格もなにもかもを否定された悪夢のような記憶だった。
「クーサー兄上、貴方は婚約者であるエリザベスをないがしろにし続けた。王家と公爵家で結ばれた大切な婚約を踏みにじったのです。よってふたりは婚約破棄の上、兄上は王籍を廃嫡されることになりました」
そうカイニスがまるで鬼の首でも取ったように胸を張って言い放ったのは、建国祭りの式典の最後だった。
突然の出来事に、式典に来ていた貴族たちがざわつくのがわかる。
「何を言っている??そもそも、彼女は婚約者である僕がいながらお前と不貞を……」
「私は不貞などしておりません。クーサー殿下、貴方は私と婚約しているにも関わらずエスコートのみしか行わなかったではありませんか!!いくら政略結婚とはいえこのようにないがしろにされるのは耐え切れませんし、殿下との幸福な未来など到底考えられません」
涙ぐみながらカイニスに肩を抱かれる公爵令嬢。彼女の言葉を聞いても疑問しかない。
確かにエスコート以外しかしていないが、僕は手紙もプレゼントも贈っていた。その部分がまるでない物として扱われているのが気に入らない。
「お言葉でございますが、リリウム公爵令嬢。クーサー殿下は、貴方に毎週手紙や誕生日や折を見てプレゼントを贈っていたかと存じます。その部分を全くなかったと知らない貴族の方々の前で宣言するのはいかがでしょうか」
僕がしようとした反論をすぐ側に居たモウカが口にしたが、
「愛のこもっていないそのような物は贈られても意味などない。むしろそのような物で人の心をつなぎとめられるなど傲慢だと思いませんかな??」
と公爵令嬢の父であるリリウム公爵がそう口にした。
リリウム公爵は愛妻家で、愛娘を溺愛していると聞いたことがある。
だからこそ政略結婚である僕との婚約にも反対だったのだとこの騒動の後で誰かが話しているのを聞いた。しかし、その時はそれを知らなかったので僕には公爵の言う意味が全く理解できなかった。
「政略結婚に愛は必要ですか??僕は義務は果たしておりましたので、愛の有無を理由に婚約者である僕への義務を果たさなかった彼女にこそ責があるはずです」
それは理論としては間違ってないはずだ。ただ、それを最も嫌う人物がいた。
ー僕の父でありこの国の国王陛下だ。
「クーサー。やはりお前は人形のようだな。婚約者に愛が必要か、当たり前だ。義務だけで動くお前のようなヤツはカイニスからも告げたが我が王家から廃嫡し、生涯北の塔で幽閉とする」
陛下からその言葉を聞いた時、慟哭する自身の声をはじめて聞いた。いつも「王になる者」だからと押しとどめていたそれが初めて形になった瞬間だった。
「陛下、いいえ。父上、貴方にとって結局僕だけは息子ではなかったのですね」
はじめて、僕は、陛下を父と呼んだ。今まで「王になる者」であるため、王族であることを重んじて決して口にすることができなかったその呼び名を廃嫡されてもはやその続柄が消えて初めて口にしていた。
それにより不敬罪で処刑されるのではないかというわずかな望みもあっての発言だった。
しかし、何故かその言葉に陛下は初めて無機質ではない目を僕に向けているのが分かった。ならば全てをつまびらかにしても良いのかもしれない。
「貴方は、僕を「王になる者」という生贄としておじい様に差し出したにもかかわらず、最後はその唯一の存在価値さえも奪い取ったのです。そんなに貴方は僕が憎いのですか??おじい様に似た、いいえ、貴方にそっくりな顔でおじい様のような考え方をする僕が」
水を打ったように静まり返る。
今までいかに理不尽だと感じても、全ては「王になる者」にとって必要なことだと努力してきた。
その価値がなくなるならばもはや何の役にも立たない僕は、幽閉などという生ぬるい刑ではなく殺されたかった。
だから、全て、胸の中にあったモノを血を吐き出すように口にした。
何故かいつもなら怒り狂って僕に言い募る陛下も、何かと反発する弟も、何故か僕を嵌めようとする兄も、そして不貞を働きながら僕を断罪した元婚約者とその父親も誰もがまるで石像になったかのように動かないのだから。
「愛を与えない、その通りです。僕は「王になる者」として貴方達の言う愛を受けたことはありませんでした。それでも「王になる者」なのだからと受け入れてきました。例え誕生日に兄と弟のようなパーティーもプレゼントも一度も貰わなくても、何かを成し遂げても誰も賞賛しなくても全ては「王になる者」だからと心は不要だったのです。しかし、「王になる者」でなくなるのならば僕はそれらを与えられなかったことを呪い続けましょう、この国を王族を貴族を全てを呪いながら生きましょう」
(呪われるのが嫌ならば殺せ)
その言葉にやっと、今まで黙っていた弟が口を開いた。
「ふざけるな。愛は誰かを愛さないと貰えない。欲しがるばかりの兄上がもらえる訳がないんだ」
なんとか口にしたその言葉に薄っぺらさに、思わず鼻で笑う。
「ははは、カイニス、最初から誰かに愛され慈しまれることが当たり前だったお前には生涯分からないだろう。欲しがるもなにも、はじめから持ち合わせていないのだから」
そう、愛を知らないのにどうやって愛せというのだろうか。それは単純な疑問だった。しかしその疑問を誰も返すことはないまま僕は取り押さえられて連行された。
そんな僕を救おうとモウカだけが抗議をしつづけたが、結局その日の決定が覆ることは終ぞなく、家族の愛という彼らが僕に求めて一切与えられなかったものの正体を知ることもなかった。
モウカが仕事に行っている時間は、僕が暇にならないようにと大量に取り寄せてくれた僕が好きなタイプの本を読んでいるか、または、部屋を守っている護衛騎士と何気ない会話をすること以外は特に何もすることがなかった。
護衛騎士もモウカに言及されているのか、僕の国の話や家族の話には触れる者はいなかった。
今日も、護衛騎士のひとりであるリックと話をしていた。リックは金色の髪に青い瞳をした背の高い男で、僕と同じ年だという。
彼は公国の伯爵家の息子で、代々騎士団長を輩出するような名門の騎士の家系らしい。
今まで同じ年の貴族との交流をほとんどしていない僕にとって、リックは初めてできた友達のような存在だった。
「クーサー様、そういえばモウカ大公閣下から聞いているかもしれないけど、最近妙な手紙がこの邸宅に届くんだって」
「変な手紙??」
モウカからは全く聞いたことがなかったことなので首を傾げると、リックは話を続けた。
「差出人の名前がなくしかも中身は白紙なんだ。それが毎日毎日ここのところ届いていて、なんか気持ち悪いって噂になっているんだ」
その言葉に僕はあることを思い出していた。
僕の母国では王族のみが見ることができる特別な手紙が存在した。その手紙は王家に伝わるある配合をした薬をかけることでのみ読めるようになるものだった。
薬を掛けなければその紙は全くの白紙に見える。
なんだが、その謎の手紙が僕宛てに書かれたものではないかと直感してしまった。
しかし、だとして既に故国とはいえ僕を廃嫡幽閉すると宣言した彼等の誰がそんなものを書いているのか、モウカのおかげで心が健康になり余裕が持てた僕は考えてしまったのだ。
「リック、その手紙って今どこにあるの??」
「大体は届いてすぐ処分するが……あ、1通そう言えばまだ処分してないのがここにある」
そう言って、リックが胸ポケットから1枚の便せんを取り出した。
「ありがとう。後リック、これからいう物を持ってきてほしいのだけれど……」
そう言って、僕はリックに薬の材料を頼んだ。材料自身は特殊なものはないが、護衛騎士の任務中にリックが僕の元を離れられないことは分かっているので、次の勤務日にでも持ってきて貰おうと考えた。
「もちろんいいよ、というかそれだけなら今持ってくるけど??」
確かに特殊なものはないが、常備されているような物でもない。少し考えればそれがとてもおかしいと気付くところなのだが、僕は初めてできた友人を心底信じてしまっていた。
「ありがとう。じゃあ、持ってきてくれないか??」
「分かった。しばしお待ちを」
颯爽と去るリックを見つめながら、ぼんやり手渡された手紙のにおいを嗅ぐ。やはりその紙からはあの薬を使ったときにするラベンダーのようなにおいがした。
(これがあの方法で書かれているならば、この手紙は元家族からのものだろう。結局モウカに家族のことを聞いていないな……)
僕の精神や怪我が良くなったら聞くつもりで、先延ばしにしてしまっていた。
何より、僕にとってモウカのおかげで家族との日々がいかに歪なものだったか、いかに僕にとって毒にしかならないものであったかをこの生活で知ることができた。
だからこそ、真実を知らなくても良いのではないかという考えも最近は湧いてきていた。
(永遠に見なくて許されるなら、もう彼等のことも、王になりたいと執着していた日々も過去のものとして処理してしまいたい……)
ただ、そう考える度に僕の脳裏に廃嫡された日の映像が浮かんだ。
それは、婚約者だった公爵令嬢とカイニスによる告発から始まった、真実を知るものからすれば単なる茶番ともいえるようなものだった。
しかし、その茶番により僕は傷つけられ、嘲笑されて、全てのその日までの努力も人格もなにもかもを否定された悪夢のような記憶だった。
「クーサー兄上、貴方は婚約者であるエリザベスをないがしろにし続けた。王家と公爵家で結ばれた大切な婚約を踏みにじったのです。よってふたりは婚約破棄の上、兄上は王籍を廃嫡されることになりました」
そうカイニスがまるで鬼の首でも取ったように胸を張って言い放ったのは、建国祭りの式典の最後だった。
突然の出来事に、式典に来ていた貴族たちがざわつくのがわかる。
「何を言っている??そもそも、彼女は婚約者である僕がいながらお前と不貞を……」
「私は不貞などしておりません。クーサー殿下、貴方は私と婚約しているにも関わらずエスコートのみしか行わなかったではありませんか!!いくら政略結婚とはいえこのようにないがしろにされるのは耐え切れませんし、殿下との幸福な未来など到底考えられません」
涙ぐみながらカイニスに肩を抱かれる公爵令嬢。彼女の言葉を聞いても疑問しかない。
確かにエスコート以外しかしていないが、僕は手紙もプレゼントも贈っていた。その部分がまるでない物として扱われているのが気に入らない。
「お言葉でございますが、リリウム公爵令嬢。クーサー殿下は、貴方に毎週手紙や誕生日や折を見てプレゼントを贈っていたかと存じます。その部分を全くなかったと知らない貴族の方々の前で宣言するのはいかがでしょうか」
僕がしようとした反論をすぐ側に居たモウカが口にしたが、
「愛のこもっていないそのような物は贈られても意味などない。むしろそのような物で人の心をつなぎとめられるなど傲慢だと思いませんかな??」
と公爵令嬢の父であるリリウム公爵がそう口にした。
リリウム公爵は愛妻家で、愛娘を溺愛していると聞いたことがある。
だからこそ政略結婚である僕との婚約にも反対だったのだとこの騒動の後で誰かが話しているのを聞いた。しかし、その時はそれを知らなかったので僕には公爵の言う意味が全く理解できなかった。
「政略結婚に愛は必要ですか??僕は義務は果たしておりましたので、愛の有無を理由に婚約者である僕への義務を果たさなかった彼女にこそ責があるはずです」
それは理論としては間違ってないはずだ。ただ、それを最も嫌う人物がいた。
ー僕の父でありこの国の国王陛下だ。
「クーサー。やはりお前は人形のようだな。婚約者に愛が必要か、当たり前だ。義務だけで動くお前のようなヤツはカイニスからも告げたが我が王家から廃嫡し、生涯北の塔で幽閉とする」
陛下からその言葉を聞いた時、慟哭する自身の声をはじめて聞いた。いつも「王になる者」だからと押しとどめていたそれが初めて形になった瞬間だった。
「陛下、いいえ。父上、貴方にとって結局僕だけは息子ではなかったのですね」
はじめて、僕は、陛下を父と呼んだ。今まで「王になる者」であるため、王族であることを重んじて決して口にすることができなかったその呼び名を廃嫡されてもはやその続柄が消えて初めて口にしていた。
それにより不敬罪で処刑されるのではないかというわずかな望みもあっての発言だった。
しかし、何故かその言葉に陛下は初めて無機質ではない目を僕に向けているのが分かった。ならば全てをつまびらかにしても良いのかもしれない。
「貴方は、僕を「王になる者」という生贄としておじい様に差し出したにもかかわらず、最後はその唯一の存在価値さえも奪い取ったのです。そんなに貴方は僕が憎いのですか??おじい様に似た、いいえ、貴方にそっくりな顔でおじい様のような考え方をする僕が」
水を打ったように静まり返る。
今までいかに理不尽だと感じても、全ては「王になる者」にとって必要なことだと努力してきた。
その価値がなくなるならばもはや何の役にも立たない僕は、幽閉などという生ぬるい刑ではなく殺されたかった。
だから、全て、胸の中にあったモノを血を吐き出すように口にした。
何故かいつもなら怒り狂って僕に言い募る陛下も、何かと反発する弟も、何故か僕を嵌めようとする兄も、そして不貞を働きながら僕を断罪した元婚約者とその父親も誰もがまるで石像になったかのように動かないのだから。
「愛を与えない、その通りです。僕は「王になる者」として貴方達の言う愛を受けたことはありませんでした。それでも「王になる者」なのだからと受け入れてきました。例え誕生日に兄と弟のようなパーティーもプレゼントも一度も貰わなくても、何かを成し遂げても誰も賞賛しなくても全ては「王になる者」だからと心は不要だったのです。しかし、「王になる者」でなくなるのならば僕はそれらを与えられなかったことを呪い続けましょう、この国を王族を貴族を全てを呪いながら生きましょう」
(呪われるのが嫌ならば殺せ)
その言葉にやっと、今まで黙っていた弟が口を開いた。
「ふざけるな。愛は誰かを愛さないと貰えない。欲しがるばかりの兄上がもらえる訳がないんだ」
なんとか口にしたその言葉に薄っぺらさに、思わず鼻で笑う。
「ははは、カイニス、最初から誰かに愛され慈しまれることが当たり前だったお前には生涯分からないだろう。欲しがるもなにも、はじめから持ち合わせていないのだから」
そう、愛を知らないのにどうやって愛せというのだろうか。それは単純な疑問だった。しかしその疑問を誰も返すことはないまま僕は取り押さえられて連行された。
そんな僕を救おうとモウカだけが抗議をしつづけたが、結局その日の決定が覆ることは終ぞなく、家族の愛という彼らが僕に求めて一切与えられなかったものの正体を知ることもなかった。
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