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閑話:この世界の物語05(側妃視点)
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(……ヴィンター、あの子だけは救わないと……)
思考よりも先に体が動いた。私はあの子の部屋まで走った。当然、監視している連中に見つかったがそんなことはどうでもいい。
扉を急いで開いたため大きな音が出てしまった。
「母上??」
驚いたような顔をしているヴィンターの側に居る男に咄嗟に体当たりをして叫ぶ。
「逃げて!!」
私の言葉を聞いて何の疑いもなく走り出したヴィンターの後ろ姿を眺めながら、自身も逃げようとしたがすぐに体勢を立て直した男に後ろでを乱暴に捻るように掴まれた。
「無礼者!!」
「無礼者で結構でございます」
そう冷たく答えた男の声にどこか聞き覚えがある気がしたけれど、私にはそれが誰か思い出せなかった。そのまま、男に腕を捻られた状態で部屋から連れ出された私の目の前に見覚えのある男が立っていた。
「ヴィンター様はどうした??」
「側妃様がやってきて逃がしました……申し訳ございません」
「そうか。問題ない。どうせかの方がひとりで何かすることなどできないだろう。それより側妃様、だめではありませんかこんなところに来ては。貴方は今日からかの方が囚われていた塔の中で暮らして頂くのですから」
その蛇のような笑顔を見た瞬間、背筋が冷たくなると同時に私はこの男、イクリスの兄であり今は侯爵となった男のことを思い出した。
イクリスの生家は蛇神の血を引く家系で、竜王の家系とも遠いが親類関係にあたる。それだけなら王家と親類の貴族の家系というだけだが、とても厄介な家系だとりゅうおとの知識がある私は知っている。
蛇神の血筋には特定の血縁に対して、まるで竜族の番のような異常な執着を見せる者が稀に生まれてくる。その者は蛇神の血を強く引いている者とされて一族を繁栄に導くと言われているらしい。
現侯爵もそれにあたる。彼は彼の弟であるイクリスを異常なまでに溺愛している。その愛情は兄弟へのものというにはいささかいき過ぎていた。
まだ、物心つくまえのイクリスを常に傍らに置いて、まるで母親以上に弟を慈しむその姿は異常だった。本来であればそれは神の祝福として歓迎されるはずだが、珍しく他家から嫁いできたふたりの母親は違った。
ふたりの様子を危惧して、前侯爵に嘆願してイクリスを家から離したと聞いている。
(その結果、ふたりは彼に敵として追われたのね……)
彼が侯爵になってから王家には常にイクリスを返せという要請が届いていたが、それは私がもみ消していた。イクリスはその頃にはルティアの動向を探るために必要な駒のひとつになっていたから。
そう考えた時、もしかしたら私はイクリスの人生と、目の前の侯爵の人生に対しても業を背負った可能性にたどり着いた。
それを裏付けるように怨嗟のこもった言葉が響く。
「貴方が、私から永遠に可愛い可愛い最愛の弟を奪ったように、永遠に貴方は後悔しながら生きるのです。愛する息子を自ら死地へ追いやったとね??」
「違う、あの子なら、ヴィンターならこの国の王にだってなれるわ」
ヴィンターなら、誰からも愛されるあの子なら、可能なはずだ。
「ええ、昨日までならそうでしたでしょう。でも、正妃様が決断されて状況は変わりました。番を亡くした竜族がどうなるか貴方は痛いほど知っているはずだ。それを盾に正妃様を脅し続けたくらいですからね」
まるで、私の行いを全て知っているというように笑った。
「違う、私はただ……」
「何が違うのですか??正妃様から立場を奪い、托卵して本来全ての権利を得るはずだった正妃様やルティア殿下からそれらを奪った貴方は知っていたはずですよ。この幸せが砂上の楼閣だってことくらい、そしてそれにより本来の全てを捻じ曲げたことで色々な人間から恨みをかっているということも知っていらっしゃいますよね。私もそのひとりですよ」
『カルマ』その言葉が頭を過ったが、イクリスはヴィンターの婿になれるなら幸せなはずだと思いなおす。そう、『カルマ』がたまるはずはない。
「……貴方からは恨まれる覚えはないわ。貴方の弟は幸せになっている……」
しかし、その言葉を聞いた侯爵は金属音のような笑い声をあげる。
「ははは、そんなわけあるか。弟は、本来ならこんな血なまぐさい争いになど巻き込まれないで良い立場だったのに……本当ならばあの子はずっと私の側で私の片腕として生きて居ればよかったんだ。そもそも婚約なんて必要なかったのだ。それを、貴方とあの無能な両親のせいであの可愛い可愛い子は地獄の一番中央にいなければいけなくなった」
怨嗟なんてものではない、それは恐ろしいほどの憾み。そういえば前世にりゅうおととは関係なく蛇神に恨まれたら最後で地獄のような目に遇わされるというような話を聞いたことが思い出された。
そして、この男はまさにその蛇神のような恐ろしさを持っていた。
「だからね、貴方にはこれから不幸になってもらうのです。……連れていけ」
その言葉に後、私は抵抗虚しくアリアが閉じこめられていた塔へと幽閉されてしまった。
思考よりも先に体が動いた。私はあの子の部屋まで走った。当然、監視している連中に見つかったがそんなことはどうでもいい。
扉を急いで開いたため大きな音が出てしまった。
「母上??」
驚いたような顔をしているヴィンターの側に居る男に咄嗟に体当たりをして叫ぶ。
「逃げて!!」
私の言葉を聞いて何の疑いもなく走り出したヴィンターの後ろ姿を眺めながら、自身も逃げようとしたがすぐに体勢を立て直した男に後ろでを乱暴に捻るように掴まれた。
「無礼者!!」
「無礼者で結構でございます」
そう冷たく答えた男の声にどこか聞き覚えがある気がしたけれど、私にはそれが誰か思い出せなかった。そのまま、男に腕を捻られた状態で部屋から連れ出された私の目の前に見覚えのある男が立っていた。
「ヴィンター様はどうした??」
「側妃様がやってきて逃がしました……申し訳ございません」
「そうか。問題ない。どうせかの方がひとりで何かすることなどできないだろう。それより側妃様、だめではありませんかこんなところに来ては。貴方は今日からかの方が囚われていた塔の中で暮らして頂くのですから」
その蛇のような笑顔を見た瞬間、背筋が冷たくなると同時に私はこの男、イクリスの兄であり今は侯爵となった男のことを思い出した。
イクリスの生家は蛇神の血を引く家系で、竜王の家系とも遠いが親類関係にあたる。それだけなら王家と親類の貴族の家系というだけだが、とても厄介な家系だとりゅうおとの知識がある私は知っている。
蛇神の血筋には特定の血縁に対して、まるで竜族の番のような異常な執着を見せる者が稀に生まれてくる。その者は蛇神の血を強く引いている者とされて一族を繁栄に導くと言われているらしい。
現侯爵もそれにあたる。彼は彼の弟であるイクリスを異常なまでに溺愛している。その愛情は兄弟へのものというにはいささかいき過ぎていた。
まだ、物心つくまえのイクリスを常に傍らに置いて、まるで母親以上に弟を慈しむその姿は異常だった。本来であればそれは神の祝福として歓迎されるはずだが、珍しく他家から嫁いできたふたりの母親は違った。
ふたりの様子を危惧して、前侯爵に嘆願してイクリスを家から離したと聞いている。
(その結果、ふたりは彼に敵として追われたのね……)
彼が侯爵になってから王家には常にイクリスを返せという要請が届いていたが、それは私がもみ消していた。イクリスはその頃にはルティアの動向を探るために必要な駒のひとつになっていたから。
そう考えた時、もしかしたら私はイクリスの人生と、目の前の侯爵の人生に対しても業を背負った可能性にたどり着いた。
それを裏付けるように怨嗟のこもった言葉が響く。
「貴方が、私から永遠に可愛い可愛い最愛の弟を奪ったように、永遠に貴方は後悔しながら生きるのです。愛する息子を自ら死地へ追いやったとね??」
「違う、あの子なら、ヴィンターならこの国の王にだってなれるわ」
ヴィンターなら、誰からも愛されるあの子なら、可能なはずだ。
「ええ、昨日までならそうでしたでしょう。でも、正妃様が決断されて状況は変わりました。番を亡くした竜族がどうなるか貴方は痛いほど知っているはずだ。それを盾に正妃様を脅し続けたくらいですからね」
まるで、私の行いを全て知っているというように笑った。
「違う、私はただ……」
「何が違うのですか??正妃様から立場を奪い、托卵して本来全ての権利を得るはずだった正妃様やルティア殿下からそれらを奪った貴方は知っていたはずですよ。この幸せが砂上の楼閣だってことくらい、そしてそれにより本来の全てを捻じ曲げたことで色々な人間から恨みをかっているということも知っていらっしゃいますよね。私もそのひとりですよ」
『カルマ』その言葉が頭を過ったが、イクリスはヴィンターの婿になれるなら幸せなはずだと思いなおす。そう、『カルマ』がたまるはずはない。
「……貴方からは恨まれる覚えはないわ。貴方の弟は幸せになっている……」
しかし、その言葉を聞いた侯爵は金属音のような笑い声をあげる。
「ははは、そんなわけあるか。弟は、本来ならこんな血なまぐさい争いになど巻き込まれないで良い立場だったのに……本当ならばあの子はずっと私の側で私の片腕として生きて居ればよかったんだ。そもそも婚約なんて必要なかったのだ。それを、貴方とあの無能な両親のせいであの可愛い可愛い子は地獄の一番中央にいなければいけなくなった」
怨嗟なんてものではない、それは恐ろしいほどの憾み。そういえば前世にりゅうおととは関係なく蛇神に恨まれたら最後で地獄のような目に遇わされるというような話を聞いたことが思い出された。
そして、この男はまさにその蛇神のような恐ろしさを持っていた。
「だからね、貴方にはこれから不幸になってもらうのです。……連れていけ」
その言葉に後、私は抵抗虚しくアリアが閉じこめられていた塔へと幽閉されてしまった。
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