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44.父の所在と暗黒の森と
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レフとふたりで暗黒の森へ入る準備をしていよいよ中へ入ろうとした時、レフの父上である辺境伯がやってきた。
「ルティア殿下、ここまでよくぞいらっしゃいました」
とても優しい瞳でこちらを見つめる辺境伯は、まるで憑き物が取れたような穏やかな表情を浮かべていた。その表情に何故か違和感を覚える。
辺境伯は、僕が理想としていた父親のような人だがその表情のどこかに悲し気な重いものがあったが今の彼にはそれがない。
まるで長年の重い荷物を下ろし終えたようなその顔に、何故か胸騒ぎがしていた。
(そう言えば、この間『狂った竜王』は暗黒の森で父上と対峙すると言っていたけれど……何故ここで対峙する??)
あの日、王宮を後にした日の父上は母上の死により狂いはじめていた。
狂った人間をよく知っている訳ではないが、ひとりで遠くまで来ることができるものだろうか??それに何よりも……父上は国王陛下だ。
この国の王族はそもそも殆ど普段外出をしないのだ。だからこそ、僕もそうだがあまり体力はない。騎士であれば可能かもしれないが馬車で3日間はかかる距離を何の助けもなく移動することは不可能だ。
そこまで考えて、あるひとつの仮説が浮かぶ。
「辺境伯、貴方に聞きたいことがある」
真っすぐとその瞳を見つめる。レフとそっくりなグレーの瞳。その瞳は、とても穏やかだが何故か濁っているように見えた。
「なんでしょうか??」
「……国王陛下、いや。父上はあの後どうなったんだ??」
その言葉にも濁ったグレーの瞳は、なにひとつ動じない。しかし、どこかがおかしいその姿はレフによく似ていると思った。
だから、次の言葉を聞いても驚かずに済んだ。
「国王陛下、いえ、元国王陛下は病気療養しておりますが、もうすぐお亡くなりになるでしょう」
「……どうしてそれが分かるんだ??」
「ルティア殿下。貴方は、姫様、アリア様の血を引く息子であり、竜の血も確かに引き継いだ御方です。だからこそこの国を継ぐことができるのも貴方だけなのです。そのために必要な犠牲はあるでしょう」
とても穏やかに、しかし間違いなく辺境伯は僕に父上を殺させるつもりだと確信した。
「……必要な犠牲。もし僕がそれを拒んだら??」
その問いに辺境伯は答えなかった。そして、それでも彼は笑顔のままだった。その異様さに背筋が寒くなる。
もし、拒否が出来るならばこのまま暗黒の森へ入りたくなかった。けれど『成人の儀』のために僕は運命から目を逸らすわけにはいかなかった。
(大丈夫、僕は父上を殺さないでもすむ方法がある)
僕は、『狂った竜王』から受け取った逆鱗を握りしめた。そのひんやりとした感触が感覚を研ぎ澄ませてくれたのがわかった。
「レフ、行こう」
「……はい」
僕の言葉に、レフは答えた。その顔はとても神妙なものでいつものような熱の篭った瞳をしている訳でもなかった。
荷物は数日分の食料などの必要なもので、レフが持ってくれた。僕はその手にカンテラだけを持った。
「いってらっしゃい、お戻りをお待ちしております」
辺境伯にそう声を掛けられたが振り返らないまま、僕とレフは除いてもただ闇が広がるだけにしか見えない『暗黒の森』へ一歩踏み入れたのだった。
暗黒の森の中に入ると同時にレフが僕の手を握った。
「レフ??」
「これだけ暗いとすぐにお互いを見失うかもしれません。だからこの手は『狂った竜王』を倒すまでは離さないでください」
「わかった」
カンテラの小さな明かりではわずかな手元と足元しか照らせない。ほぼすべての視界が失われるような暗い闇。まだ僅かに日があったはずなのに、その森は全てが死に絶えたような静寂とほぼ全てを包む闇だけに支配されていた。
その中で、レフの手のぬくもりと感覚だけが唯一確かなもので、それ以外は全ての五感が死んでしまったように少しずつ何も感じなくなるのが分かった。
「レフ……」
「大丈夫です。俺は貴方の側にいます」
そう言って、強く握り返された手の力で遠のきそうな感覚から必死に奮い立たせる。
しばらく、暗闇の中を進んで行くとかすかだが森の中で光がある場所があることに気付いた。そこに何があるのかは分からないがこの真っ暗な闇から抜けられるその場所をとりあえず目指すことにした。
「レフ、あの光のところに行こうと思う」
レフに念のため告げたが、何故かレフから答えが返ってこない。
「レフ??」
しばらくの沈黙の後、聞いたことのないような低い声で、
「わかりました」
とだけ告げられる。それがとても怖いと思った。レフがレフでないものになったようなそんな感覚。暗い闇の中では手を繋いでいることは分かってもその顔を見ることはできない。
一度、カンテラを後ろに照らして手を繋いでいる相手の顔を確認しようと思ったりもしたが、もしレフではない誰かだったらと考えるとあまりにも恐ろしくてできなかった。
(手を繋いでいるのはレフだ、レフ以外いるものか……)
離していないのだから変わるわけない。そう考えたが、手を繋いだのは森に入ってからだ。入る前からなら一度も手を離していないのだからレフだろう。しかし、もし既に入口からレフではないものと手を繋いでいたとしたら……。
ついに僕は恐怖から問いかけてしまった。
「本当に、レフなのか??」
「ルティア殿下、ここまでよくぞいらっしゃいました」
とても優しい瞳でこちらを見つめる辺境伯は、まるで憑き物が取れたような穏やかな表情を浮かべていた。その表情に何故か違和感を覚える。
辺境伯は、僕が理想としていた父親のような人だがその表情のどこかに悲し気な重いものがあったが今の彼にはそれがない。
まるで長年の重い荷物を下ろし終えたようなその顔に、何故か胸騒ぎがしていた。
(そう言えば、この間『狂った竜王』は暗黒の森で父上と対峙すると言っていたけれど……何故ここで対峙する??)
あの日、王宮を後にした日の父上は母上の死により狂いはじめていた。
狂った人間をよく知っている訳ではないが、ひとりで遠くまで来ることができるものだろうか??それに何よりも……父上は国王陛下だ。
この国の王族はそもそも殆ど普段外出をしないのだ。だからこそ、僕もそうだがあまり体力はない。騎士であれば可能かもしれないが馬車で3日間はかかる距離を何の助けもなく移動することは不可能だ。
そこまで考えて、あるひとつの仮説が浮かぶ。
「辺境伯、貴方に聞きたいことがある」
真っすぐとその瞳を見つめる。レフとそっくりなグレーの瞳。その瞳は、とても穏やかだが何故か濁っているように見えた。
「なんでしょうか??」
「……国王陛下、いや。父上はあの後どうなったんだ??」
その言葉にも濁ったグレーの瞳は、なにひとつ動じない。しかし、どこかがおかしいその姿はレフによく似ていると思った。
だから、次の言葉を聞いても驚かずに済んだ。
「国王陛下、いえ、元国王陛下は病気療養しておりますが、もうすぐお亡くなりになるでしょう」
「……どうしてそれが分かるんだ??」
「ルティア殿下。貴方は、姫様、アリア様の血を引く息子であり、竜の血も確かに引き継いだ御方です。だからこそこの国を継ぐことができるのも貴方だけなのです。そのために必要な犠牲はあるでしょう」
とても穏やかに、しかし間違いなく辺境伯は僕に父上を殺させるつもりだと確信した。
「……必要な犠牲。もし僕がそれを拒んだら??」
その問いに辺境伯は答えなかった。そして、それでも彼は笑顔のままだった。その異様さに背筋が寒くなる。
もし、拒否が出来るならばこのまま暗黒の森へ入りたくなかった。けれど『成人の儀』のために僕は運命から目を逸らすわけにはいかなかった。
(大丈夫、僕は父上を殺さないでもすむ方法がある)
僕は、『狂った竜王』から受け取った逆鱗を握りしめた。そのひんやりとした感触が感覚を研ぎ澄ませてくれたのがわかった。
「レフ、行こう」
「……はい」
僕の言葉に、レフは答えた。その顔はとても神妙なものでいつものような熱の篭った瞳をしている訳でもなかった。
荷物は数日分の食料などの必要なもので、レフが持ってくれた。僕はその手にカンテラだけを持った。
「いってらっしゃい、お戻りをお待ちしております」
辺境伯にそう声を掛けられたが振り返らないまま、僕とレフは除いてもただ闇が広がるだけにしか見えない『暗黒の森』へ一歩踏み入れたのだった。
暗黒の森の中に入ると同時にレフが僕の手を握った。
「レフ??」
「これだけ暗いとすぐにお互いを見失うかもしれません。だからこの手は『狂った竜王』を倒すまでは離さないでください」
「わかった」
カンテラの小さな明かりではわずかな手元と足元しか照らせない。ほぼすべての視界が失われるような暗い闇。まだ僅かに日があったはずなのに、その森は全てが死に絶えたような静寂とほぼ全てを包む闇だけに支配されていた。
その中で、レフの手のぬくもりと感覚だけが唯一確かなもので、それ以外は全ての五感が死んでしまったように少しずつ何も感じなくなるのが分かった。
「レフ……」
「大丈夫です。俺は貴方の側にいます」
そう言って、強く握り返された手の力で遠のきそうな感覚から必死に奮い立たせる。
しばらく、暗闇の中を進んで行くとかすかだが森の中で光がある場所があることに気付いた。そこに何があるのかは分からないがこの真っ暗な闇から抜けられるその場所をとりあえず目指すことにした。
「レフ、あの光のところに行こうと思う」
レフに念のため告げたが、何故かレフから答えが返ってこない。
「レフ??」
しばらくの沈黙の後、聞いたことのないような低い声で、
「わかりました」
とだけ告げられる。それがとても怖いと思った。レフがレフでないものになったようなそんな感覚。暗い闇の中では手を繋いでいることは分かってもその顔を見ることはできない。
一度、カンテラを後ろに照らして手を繋いでいる相手の顔を確認しようと思ったりもしたが、もしレフではない誰かだったらと考えるとあまりにも恐ろしくてできなかった。
(手を繋いでいるのはレフだ、レフ以外いるものか……)
離していないのだから変わるわけない。そう考えたが、手を繋いだのは森に入ってからだ。入る前からなら一度も手を離していないのだからレフだろう。しかし、もし既に入口からレフではないものと手を繋いでいたとしたら……。
ついに僕は恐怖から問いかけてしまった。
「本当に、レフなのか??」
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