嫌われ王子は壊れた愛を受けて花ひらく

ひよこ麺

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39.追いかけるモノ04(イクリス視点)

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「お久しぶりでございます、ヴィンター殿下、イクリス殿」

派手な出で立ちをした金髪に茶色の瞳をした男、バレット子爵が、まるで彼自身の分身のような館へ私とヴィンター様を迎え入れた。

『竜鳴き』が迫っていたこともあり外の雲はどんよりとした灰色をしてとても重く、特にこの寂れた貧しい領地のようななんとも言い難い感情が胸を去来した。

元々裕福な商団をまとめていた平民だったバレット子爵が、この領地を治めていた男爵家が困窮したため領地を買い、別の貴族から爵位を買って子爵になったのはつい数年前のことだったと記憶している。

この男は貴族より商人気質が強いこともあり、貴族派の貴族達からは蛇蝎のように嫌われていたが、だからと言って国王派の貴族とも一線を画す存在であった。

それもあり、あまり私自身この男との接点はなかったので、久々に会ったこの男に少し違和感を感じたが、きっと気のせいだろう。

「ああ、久しいな」

ヴィンター様は笑顔で答える。あのクーデター以来、貴族派は瓦解に近い状態だが、この男は我々を館に迎え入れてくれるのはある程度は想定していたことだった。

貴族になってもどちらの派閥にも属していなかったこの男だが、だからこそ彼はどちらにも中立的な立場で接していたので、我々を匿ってくれる可能性が高いと判断してここへやってきた。

ただ、万が一門前払いされてもこの領地であれば問題はなかった。この領地の前男爵家の嫡男だった男と私は、学生時代友人だった。人情に篤い彼は、血のつながらない妾の子である義弟すら愛する心の広い男だ。

最悪、平民の貧しい家だとしても少しの間ならば匿ってくれただろう。

(今頃、ルティはどうしているだろう……)

途中までは馬車で追いかけていたが、しばらくして冷静になった時に気付いた。もし追いかけて追いついたとして私はどうしたいのだろうということに。

例えば、今までのことを謝罪してもそれは自身の罪悪感が少し楽になるだけでしかない。それにヴィンター様がそのやりとりを許すかも分からない。

バレット子爵と談笑しているその顔は楽し気だがそれでも疲労の色が浮かんでいる。今までは快適な馬車での移動しかしたことがないだろうヴィンター様にとって、追ってから隠れながら匿ってくれる場所を探すような旅路は残酷なほど辛いはずだ。

「イクリス殿、本日は別のお客様もいらっしゃるので別館へご案内いたします」

商人独特の裏がありそうな笑顔でそう言われた時、何か良くない予感がしたが、表向きは何事もないように答えた。

「わかった。ご厚意感謝する」

その後、案内された別館は無駄に派手な本館よりずっと落ち着いていた。どうやら以前の男爵家が住んでいた邸宅を別宅としてそのまま使っているようだ。

建物が古いせいか若干隙間風が入りこむことはあったが、それでも今までの移動に比べればマシだった。

「お客様って、僕らより大切な人ってことかな??」

少し不貞腐れたようにヴィンター様が言った。今まで、この国の次期国王として周りから接しこられたヴィンター様にとって、自分の方が立場が劣るような対応をされたことはなかったはずだ。

どこに居ても、一番良い物が与えられて、一番良い環境に置かれて、一番誰よりも大切にされてきた。だからこそ今起きている現実が理解できない。

「……そうですね、あまりここに長居はできないでしょう」

「どうして??やっと馬車以外で眠れると思ったのに……」

そう言って頬を膨らませる仕草を以前は手放しに愛おしいと感じた。けれど何故か今は喉に骨が刺さった煩わしさに似た気持ちが湧くだけだ。

(この緊急時に……そんなこと言っている場合ではないはずなのに……)

ルティも私に感情をぶつけてよく困らせられた。ただ、それはよく考えたら正当な抗議ばかりだった。ただ、その正しさが煩わしいと感じてしまっていた。

そして、逆にヴィンター様が感情をぶつけてくるのは大半が自身の思い通りにならない時で、今のように例え駄々をこねても変わらないような時ばかりだ。

しかし、その想いを胸に押し込めてつとめて優しい声を出す。

「先ほど会話をしたバレット子爵ですが、信頼を置けるかどうかというと難しいところなのです。だからもし少しでも怪しい動くがあればすぐに逃げないといけません」

「また!!どうして、僕らは何も悪いことなんかしていないのに。父上がおかしくなって国王派に幽閉されて、母上も幽閉されて、どうしてこんなことになったの??こんなに大変なことになっているのに、イクリス、やっぱり叔父上を探すべきだ!!」

「……ヴィンター様、もし、ルティア様に見つかれば我々は殺されるかもしれないのです」

「そんなはずないよ!!叔父上を今まで父上はちゃんと育ててきたんだ。それを仇で返すなんて……」

信じられないという顔をする、ヴィンター様にそれが残酷なことと分かっていても私はついに真実を口にしてしまった。

「いいえ。ルティア様は間違っていません。今まで冷遇してきたを、側妃様を、貴族派をあの方は許さないでしょう」

「父親って、おじい様はもういない……」

「国王陛下のことでございます。ヴィンター様、今まで誰も貴方にルティア様の真実を告げる者はいませんでした。私もそうでした。けれどもう全てを知らないといけません。ルティア様は貴方の叔父ではなく、兄でもない」

その言葉にヴィンター様は意味がわからないのか首を傾げた。

「意味が分からない。もしかして兄上は不貞の子で父上の血もおじい様の血も引いていないということ??」

「いいえ。ルティア様こそを引いた唯一の方なのです」

その言葉の意味を理解した時、ヴィンター様の顔色が青を通り越して白くなる。

「何言ってるの??それじゃまるで僕が不貞の子みたいで……」

震えるその姿にそれ以上は言葉を紡げなくなる。しかし、その様子に全てを察したヴィンター様が叫んだ。

「嘘だ!!!!!」

そして、そのまま叫びながら乱暴に扉を開くと部屋を出て行ってしまった。

「まずいな、追わないと……」

自身が招いた事態だ。正直これが正しかったとは思えない。しかし、それでも……不快な勘違いをヴィンター様がし続けていることをどうしても正したくなってしまった。

それが、自己満足でもそれでも……。

私は、部屋を飛び出してしまった、ヴィンター様を追いかけた。
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