38 / 73
38.暗黒の森へ……
しおりを挟む
狂った感じのする紅い瞳なのにとても静かに見えた。
顔は暗闇のせいなのか、それとも何かの力のせいなのか見えないがきっととても穏やかな表情で『狂った竜王』は僕に聞いた気がした。
「はい」
「そうか……ならば、これを渡そう」
そう言って、『狂った竜王』は1枚の白く輝く鱗のようなものを手渡した。それに触れた瞬間、なぜか自然と涙が頬を伝うのが分かる。
とても懐かしいその感覚は、まるで失った体の一部が戻ってきたような奇妙なものでなんと表現すべきかわからなかった。
「これは……」
「これは逆鱗。ひとつだけルティアのお願いを叶えてくれる」
「……それは死んだ人を蘇らせることもできる??」
もしも、出来るならば自殺してしまった母上を生き返らせたいと思ってしまった。
しかし、『狂った竜王』は首を振る。
「死んだ者を生き返らせる、既にこの世界から去ったものを取り戻すことは摂理に反してしまうからできない。どんなに願っても番をなくした竜族がその番を取り戻せないように……。けれど本当に望むなら世界を作り直すことはできる」
「作り直す??」
「今すでにある世界は変わらないが、その世界の全てを構築しなおすということだ」
穏やかな口調だったがそこには何とも言い難い絶望のようなものを感じた。
世界が変ってしまったら、最早僕もレフも、誰もが今とは違うものになってしまう。例え不幸や悲しみに満ちた人生であってもそれを無しにすることは僕はどうしてもいやだった。
「それは……できない。もしそうしたらきっと全部、変わってしまうから」
「それでも……もし……」
何故か酷く苦しそうに言った『狂った竜王』に対して、恐怖より心配が上回った。だからその体に触れようとしたが……。
「だめだ。触れてはいけない。もしも触れられたら……俺は同じ過ちを繰り返してしまうから。ルティアならその逆鱗を正しく使えるはずだ」
僕の手を躱した『狂った竜王』は荒く息を吐きながら、静かに告げる。
「今度こそ、ルティアが、貴方が幸せになれるように祈っている」
その言葉を言い終えると、その体はまるで闇に溶けるように消えてしまった。夢ではないかとも思ったが掌の中には確かに白く大きな鱗がある。
「……あれは一体……」
その後は、どうやって寝室まで戻ったのかあまり覚えていない。ただ僕は持ち帰った逆鱗を懐にしまって起きる気配もなく安らかに寝息を立てているレフの横で再度眠りに落ちた。
翌日は、とても静かな朝だった。レフはおしゃべりではないけれど馬車でふたりになるとある程度話しかけてくるのだが、その日はとても静かで神妙な面持ちをしていた。
今日で馬車を走らせて3日目。つまりいよいよ『暗黒の森』へ到着する。馬車の外の気温は前日より下がり、いよいよ『竜鳴き』も迫っていることが分かった。
そんな静かな馬車の中で、僕は静かに目を瞑った。『暗黒の森』はきっとここよりも冷えるだろうから、だとしたらあたたかい中で微睡むことができるのもこれが最後かもしれない。
そう考えた僕の頬にうっすら冷たいレフの手が触れた。
「冷たい……」
抗議するようにレフを見るが、何故かホッとしたような顔をしているレフと目があった。
「申し訳ありません」
それは、僕がレフに抗議したことへの謝罪なのか、昨晩の無体に対しての謝罪なのかは分からなかったが、それを無視して再びまどろみの中に落ちれる。
静かに揺れる馬車の中で見た夢は、とても優しく少し悲しかった気がしたけれど目覚めた時、内容を思い出すことはなかった。
「殿下」
レフの声がして目を覚ませば、馬車の窓からでも分かる大きな鬱蒼と茂る森が見えた。
「これが『暗黒の森』……」
「ええ、行きましょう」
馬車を先に降りたレフが僕をエスコートした。馬車の中とは違う冷たい空気がじわじわと体温を奪うのが分かった。
「これを羽織ってください」
そう言って、レフはおじい様からの贈り物の外套を僕に着せた。『暗黒の森』に到着した時はまだ夕方より早い時間だと思われるのにどこか空の色も薄暗く感じられる。
ここは辺境伯領の最果てにあたるはずだ。
だからだろうか、『暗黒の森』の前には野営をしている騎士達がたくさんいるようだった。
「彼らは辺境伯領の騎士です」
「なぜ、彼らがこんなところにいる??」
レフはその言葉に曖昧に微笑んで答えた。
「殿下を見送りに来たのです」
「……そうか」
その言葉が嘘だと分かったけれど、理由を深く聞こうとは思わなかった。
「殿下、こちらに『暗黒の森』に入るための装備を整えてあります。これを持ってふたりで行きましょう」
「わかった」
顔は暗闇のせいなのか、それとも何かの力のせいなのか見えないがきっととても穏やかな表情で『狂った竜王』は僕に聞いた気がした。
「はい」
「そうか……ならば、これを渡そう」
そう言って、『狂った竜王』は1枚の白く輝く鱗のようなものを手渡した。それに触れた瞬間、なぜか自然と涙が頬を伝うのが分かる。
とても懐かしいその感覚は、まるで失った体の一部が戻ってきたような奇妙なものでなんと表現すべきかわからなかった。
「これは……」
「これは逆鱗。ひとつだけルティアのお願いを叶えてくれる」
「……それは死んだ人を蘇らせることもできる??」
もしも、出来るならば自殺してしまった母上を生き返らせたいと思ってしまった。
しかし、『狂った竜王』は首を振る。
「死んだ者を生き返らせる、既にこの世界から去ったものを取り戻すことは摂理に反してしまうからできない。どんなに願っても番をなくした竜族がその番を取り戻せないように……。けれど本当に望むなら世界を作り直すことはできる」
「作り直す??」
「今すでにある世界は変わらないが、その世界の全てを構築しなおすということだ」
穏やかな口調だったがそこには何とも言い難い絶望のようなものを感じた。
世界が変ってしまったら、最早僕もレフも、誰もが今とは違うものになってしまう。例え不幸や悲しみに満ちた人生であってもそれを無しにすることは僕はどうしてもいやだった。
「それは……できない。もしそうしたらきっと全部、変わってしまうから」
「それでも……もし……」
何故か酷く苦しそうに言った『狂った竜王』に対して、恐怖より心配が上回った。だからその体に触れようとしたが……。
「だめだ。触れてはいけない。もしも触れられたら……俺は同じ過ちを繰り返してしまうから。ルティアならその逆鱗を正しく使えるはずだ」
僕の手を躱した『狂った竜王』は荒く息を吐きながら、静かに告げる。
「今度こそ、ルティアが、貴方が幸せになれるように祈っている」
その言葉を言い終えると、その体はまるで闇に溶けるように消えてしまった。夢ではないかとも思ったが掌の中には確かに白く大きな鱗がある。
「……あれは一体……」
その後は、どうやって寝室まで戻ったのかあまり覚えていない。ただ僕は持ち帰った逆鱗を懐にしまって起きる気配もなく安らかに寝息を立てているレフの横で再度眠りに落ちた。
翌日は、とても静かな朝だった。レフはおしゃべりではないけれど馬車でふたりになるとある程度話しかけてくるのだが、その日はとても静かで神妙な面持ちをしていた。
今日で馬車を走らせて3日目。つまりいよいよ『暗黒の森』へ到着する。馬車の外の気温は前日より下がり、いよいよ『竜鳴き』も迫っていることが分かった。
そんな静かな馬車の中で、僕は静かに目を瞑った。『暗黒の森』はきっとここよりも冷えるだろうから、だとしたらあたたかい中で微睡むことができるのもこれが最後かもしれない。
そう考えた僕の頬にうっすら冷たいレフの手が触れた。
「冷たい……」
抗議するようにレフを見るが、何故かホッとしたような顔をしているレフと目があった。
「申し訳ありません」
それは、僕がレフに抗議したことへの謝罪なのか、昨晩の無体に対しての謝罪なのかは分からなかったが、それを無視して再びまどろみの中に落ちれる。
静かに揺れる馬車の中で見た夢は、とても優しく少し悲しかった気がしたけれど目覚めた時、内容を思い出すことはなかった。
「殿下」
レフの声がして目を覚ませば、馬車の窓からでも分かる大きな鬱蒼と茂る森が見えた。
「これが『暗黒の森』……」
「ええ、行きましょう」
馬車を先に降りたレフが僕をエスコートした。馬車の中とは違う冷たい空気がじわじわと体温を奪うのが分かった。
「これを羽織ってください」
そう言って、レフはおじい様からの贈り物の外套を僕に着せた。『暗黒の森』に到着した時はまだ夕方より早い時間だと思われるのにどこか空の色も薄暗く感じられる。
ここは辺境伯領の最果てにあたるはずだ。
だからだろうか、『暗黒の森』の前には野営をしている騎士達がたくさんいるようだった。
「彼らは辺境伯領の騎士です」
「なぜ、彼らがこんなところにいる??」
レフはその言葉に曖昧に微笑んで答えた。
「殿下を見送りに来たのです」
「……そうか」
その言葉が嘘だと分かったけれど、理由を深く聞こうとは思わなかった。
「殿下、こちらに『暗黒の森』に入るための装備を整えてあります。これを持ってふたりで行きましょう」
「わかった」
7
お気に入りに追加
893
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

偽物の番は溺愛に怯える
にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』
最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。
まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる