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38.暗黒の森へ……

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狂った感じのする紅い瞳なのにとても静かに見えた。

顔は暗闇のせいなのか、それとも何かの力のせいなのか見えないがきっととても穏やかな表情で『狂った竜王』は僕に聞いた気がした。

「はい」

「そうか……ならば、これを渡そう」

そう言って、『狂った竜王』は1枚の白く輝く鱗のようなものを手渡した。それに触れた瞬間、なぜか自然と涙が頬を伝うのが分かる。

とても懐かしいその感覚は、まるで失った体の一部が戻ってきたような奇妙なものでなんと表現すべきかわからなかった。

「これは……」

「これは逆鱗。ひとつだけルティアのお願いを叶えてくれる」

「……それは死んだ人を蘇らせることもできる??」

もしも、出来るならば自殺してしまった母上を生き返らせたいと思ってしまった。

しかし、『狂った竜王』は首を振る。

「死んだ者を生き返らせる、既にこの世界から去ったものを取り戻すことは摂理に反してしまうからできない。どんなに願っても番をなくした竜族がその番を取り戻せないように……。けれど本当に望むなら世界を作り直すことはできる」

「作り直す??」

「今すでにある世界は変わらないが、その世界の全てを構築しなおすということだ」

穏やかな口調だったがそこには何とも言い難い絶望のようなものを感じた。

世界が変ってしまったら、最早僕もレフも、誰もが今とは違うものになってしまう。例え不幸や悲しみに満ちた人生であってもそれを無しにすることは僕はどうしてもいやだった。

「それは……できない。もしそうしたらきっと全部、変わってしまうから」

「それでも……もし……」

何故か酷く苦しそうに言った『狂った竜王』に対して、恐怖より心配が上回った。だからその体に触れようとしたが……。

「だめだ。触れてはいけない。もしも触れられたら……俺は同じ過ちを繰り返してしまうから。ルティアならその逆鱗を正しく使えるはずだ」

僕の手を躱した『狂った竜王』は荒く息を吐きながら、静かに告げる。

「今度こそ、ルティアが、が幸せになれるように祈っている」

その言葉を言い終えると、その体はまるで闇に溶けるように消えてしまった。夢ではないかとも思ったが掌の中には確かに白く大きな鱗がある。

「……あれは一体……」

その後は、どうやって寝室まで戻ったのかあまり覚えていない。ただ僕は持ち帰った逆鱗を懐にしまって起きる気配もなく安らかに寝息を立てているレフの横で再度眠りに落ちた。

翌日は、とても静かな朝だった。レフはおしゃべりではないけれど馬車でふたりになるとある程度話しかけてくるのだが、その日はとても静かで神妙な面持ちをしていた。

今日で馬車を走らせて3日目。つまりいよいよ『暗黒の森』へ到着する。馬車の外の気温は前日より下がり、いよいよ『竜鳴き』も迫っていることが分かった。

そんな静かな馬車の中で、僕は静かに目を瞑った。『暗黒の森』はきっとここよりも冷えるだろうから、だとしたらあたたかい中で微睡むことができるのもこれが最後かもしれない。

そう考えた僕の頬にうっすら冷たいレフの手が触れた。

「冷たい……」

抗議するようにレフを見るが、何故かホッとしたような顔をしているレフと目があった。

「申し訳ありません」

それは、僕がレフに抗議したことへの謝罪なのか、昨晩の無体に対しての謝罪なのかは分からなかったが、それを無視して再びまどろみの中に落ちれる。

静かに揺れる馬車の中で見た夢は、とても優しく少し悲しかった気がしたけれど目覚めた時、内容を思い出すことはなかった。

「殿下」

レフの声がして目を覚ませば、馬車の窓からでも分かる大きな鬱蒼と茂る森が見えた。

「これが『暗黒の森』……」

「ええ、行きましょう」

馬車を先に降りたレフが僕をエスコートした。馬車の中とは違う冷たい空気がじわじわと体温を奪うのが分かった。

「これを羽織ってください」

そう言って、レフはおじい様からの贈り物の外套を僕に着せた。『暗黒の森』に到着した時はまだ夕方より早い時間だと思われるのにどこか空の色も薄暗く感じられる。

ここは辺境伯領の最果てにあたるはずだ。

だからだろうか、『暗黒の森』の前には野営をしている騎士達がたくさんいるようだった。

「彼らは辺境伯領の騎士です」

「なぜ、彼らがこんなところにいる??」

レフはその言葉に曖昧に微笑んで答えた。

「殿下を見送りに来たのです」

「……そうか」

その言葉が嘘だと分かったけれど、理由を深く聞こうとは思わなかった。

「殿下、こちらに『暗黒の森』に入るための装備を整えてあります。これを持ってふたりで行きましょう」

「わかった」
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