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30.狂気に苛まれたレフと意外な救い

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レフに強引に唇をこじ開けられて、舌を挿し込まれる。いきなり酸素を奪われて本能的にその厚い舌に歯を立てた。

口の中にレフの血の味が広がる。流石に離れるかと思ったが一瞬表情が歪んだがそれでもレフは無理やり僕の口腔内に舌を押し込んだ。

「……っ……やぁ」

その呼吸は荒く熱く、まるで触れている部分から燃やされるような気がするほどに感じて酸欠で思考ができない頭でも恐怖心が沸き上がる。

(この男は、僕に何を望んでいる??)

あくまで冷静に判断したいと願っていたのに、なぜこんなことになったのか。やっと唇が離れてもレフの瞳に宿っている狂気に気付いてしまう。その恐ろしさに目を逸らしたいのに逸らしたらもっと恐ろしい気がして僕はただそれを見つめていた。

しばらく、無言で見つめ合った後に、ずっと感じていた違和感のようなものをレフにぶつけてみる。

「レフ、何故こんなことをする??冷静に考えて欲しい。どう考えてもさっきバレット子爵への暴力はやりすぎだ。まだ、罪があるかもわからないうちからあんな風に恫喝するべきではない」

真っすぐにレフに向かって思ったことを口にいた。内容的にはおかしいことなどないはずだ。

しかし、まだレフから感じる狂気的な感情に対しての言い知れない恐怖から体が震える。

それでも、今この部屋にはふたりしかいない。お互いの呼吸の音だけが部屋に響くほどの沈黙。

だからこそ、僕はレフと向き合う必要がある。たとえ相手が手負いの獣のような状態でも、そうしなければいけない。その言葉にレフは無表情になる。ただ、その瞳にはあのいつも僕を見つめるときに宿している熱が見えた気がした。

「申し訳ありません。ルティア殿下にあの男が気安く触れたのが許せなかった。ルティア殿下に……あの男が汚い手で触れたのが、ああ、消毒しないといけませんね。綺麗にしないといけない、安心してください。俺が全部綺麗にします。綺麗にして消毒をして全部……」

一瞬冷静になったと思った次の瞬間、レフの表情は狂気的なものになり、必要にバレット子爵が触れた太もものあたりを撫でる。その手つきはセクシャルなもので、思わず身が強張るのが分かる。

逃げようとしたが、レフの大きな体に阻まれてそのまま壁際まで追いやられた。

「レフ、やめろ、おちつけ!!」

なんとかその手から逃れようとしたが、完全に狂気に染まっているレフは僕を無理やり壁に押し付ける。レフの体温が僕に伝わり、その熱い息遣いを皮膚が感じるほど側に彼が居る。

「大丈夫です、安心してください。俺が全部……」

レフに襲われそうになったその時……、

「なにやってるんだ、あんた。明らかにそれは合意してないよな」

部屋の扉を開いてレオンが入ってきた。

「……何故、お前が」

瞳孔が完全に開いた瞳でレフはレオンを睨んだ。しかしレオンは僕とレフの間に入って僕を救い出して涼しい顔で答えた。

「バレット子爵が出て行ったのに、いつまでたっても声が掛からねぇから、何かあったのかと思って見に来たんだよ。まさか騎士が主君を襲おうとしてるとは考えてなかったけどな」

堂々と言い放つその姿には、どことなく王者のような風格がある。レオンははじめて見た時からとても不思議な人だと感じていた。

今まで、僕の周りに居たタイプとはまるで違う。しなやかなネコ科の獣のような感覚を彼からは感じる。

レオンの言葉に流石にレフも口を紡ぐ。どう取り繕うとしても僕を襲おうとしていた事実は変わらない。それを賢いレフが把握できないわけがない。

「とりあえず、レフ、彼の話も聞こう」

何事もなかったかのようにそう言った僕のことを、ふたりが驚いたように見ていた。その意味が分からず首を傾げるとレオンが急に大声で笑った。

「はははは、第1王子殿下は随分豪胆なんだな。気に入ったぜ。てっきりもっと見た目のように軟弱なのかと思っていたが、あれだけ恐ろしい目に遇っていても簡単に切り替えられるなんて恐れ入った」

「別に、レフは割とあんな感じになることがあるから慣れてきた」

思ったことを答えたのだが、その答えに何故かさらにレオンは笑う、そして笑いすぎて呼吸ができないのか苦し気な音を立ててそれでも笑っていた。

「貴殿、笑い過ぎだ」

レフが睨みながらそう言うが、レオンはそれでもしばらく笑っていた。

「しかし、殿下。流石にあんなことに慣れちゃ駄目だぜ。自分の味方だからとか考えて遠慮しているのかもしれないが嫌な時は嫌だって言わないと小辺境伯殿みたいなタイプは気づかない」

「……そういうものなのか??」

遠慮したりはしていなかったが、確かに自分のために色々犠牲にしてくれたレフ相手に言いにくいと思っていたのは事実だった。

「ああ、むしろそれを言って離れるようなヤツなら縁を切っても問題ねぇ」

「……」

レオンの言葉に僕は心の中がすっきりするのが分かった。レフのことは嫌いではない。けれどレフが望む愛を返せるかずっと考えてしまっている。

先ほどのように意味の分からないことで怒り、異常な行動をとった時どうすればいいかを僕は知らない。人間関係というものがずっと希薄で友人もいなかったこともあるが、人の感情や考えを読むための経験が足りていたにことを実感していた。

そんな中でレオンが言った言葉は、それらを解決するために必要な鍵に思えた。

「なるほど、次は試してみる」

「ルティア殿下……」

僕の言葉に、大きな犬がしょんぼりしているような表情をレフが浮かべているが目を逸らした。

「では、本題からだいぶ逸れてしまったが、貴殿の話を聞かせてほしい」
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