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27.寂しい寒村と派手な館

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あれから、『竜鳴き』になるべく巻き込まれないように急いで馬車を走らせた。しかし、それでも空は灰色の雲に覆われて、外気が冷えてきたのか馬車の窓は曇って結露が出来ている。

その冷え込むような温度と共に、徐々に外を流れていく風景が寂しいものへと変わってきていた。今までは綺麗な建物が沢山並んでいた街並みが畑や草原の中にポツポツと粗末な家があるだけに変わっていた。

家庭教師から、各地の格差があるという話は聞いていたが実際それは目にしなければわからないものだと理解する。

「この辺りは、数年前に冷害があってからだいぶ荒れています。領主も代わった影響もあるようですが」

レフが僕の視線に気付いたのか説明してくれた。

「そうか……、レフは各地にとても詳しいのだな」

「そうですね。ここの領地を前に治めていた男爵家は我が家と同じ派閥で、名君と名高い人でしたが冷害の際に資材を売り払いなんとか領民を救ったそうですがそれが原因で没落してしまったと聞いています」

その話をしている時のレフの表情はいつもと違いとても暗いものだった。

王都の繁栄とは裏腹に、寒村は思った以上に厳しい生活を強いられている事実を目にして言葉にできない感情が沸き立つのがわかった。

僕が広くて寂しい離宮で、それでも衣食住は保証されていた頃、この土地に住んでいた人々はどれほど貧しさや明日さえ知れない生活を過ごしてきたのだろうか。

それから日が傾くまで進んで、1軒の大きな屋敷の前にたどり着いた時に馬車は停車した。

「ここは宿か??」

今までの寒村の光景が嘘のようなその屋敷は新しいもののようで王都の流行りの建物のような佇まいをしている。

王都であれば普通だが、それがこの寒村の中では異様に感じた。

「いいえ、この辺りには宿がなかったのでこの領の新しい領主の家に宿泊させてもらうのです」

少し不服そうに答えたレフの様子を不思議に思いつつ、館の中へ入ると見るからに派手な装いをした金髪に緑の瞳をした男は、思ったよりずっと若い印象だった。ニコニコと笑顔でこちらまでやってきた。

「ルティア殿下、お初にお目に掛かります。この辺りの領地を納めているトリスタン・バレットと申します。以後お見知りおきを」

「ああ、よろしく。ところでこの館は随分と新しいみたいだな」

「ええ、昨年に建て直したばかりです。なので、殿下にもご満足いただけるかと思います」

そう言われて見回した館はパッとみであまり趣味がいいとは言えなかった。無駄に黄金の派手な装飾や調度品ばかりが並んでいた。

何と答えればいいのか分からず思わず黙っていたが、バレット子爵はそれを気にしている様子はない。そう言えばバレット家と言えば、つい最近まで側妃の生家御用達で有名な商家だったと記憶している。

元は平民だったが商売で成り上がり、ついには子爵の位を手に入れて貴族にまで登り詰めたという話を偶然王宮で聞いたことがあった。

(ただ、それについてあまり貴族派はよくは思っていなかったよだったな……)

家柄や血筋を重んじる貴族派からは成り上がりと見下されているようだったが、だからといって側妃の息のかかった貴族を国王派にするのも難しくどっちつかずになっていた記憶がある。

バレット子爵は、僕達を客室まで案内すると言ってきたのでその後をとりあえずついて行くことにした。

壁にかけられている絵画も派手なものが多いが、それは黄金ではなく銀髪碧眼の天使の絵が妙に多い気がした。

「一応、バレット子爵家はこちら側の派閥です。とはいえクーデターのギリギリで寝返っただけですが」

バレット子爵に聞こえないように移動中に囁いたレフの声は無感情で何を考えているかわからなかったが、少なくともあまり好意的ではないようだった。

だとしたら、ここを宿に選んだ理由が見えない。それについては部屋についてから聞いてみることにする。

「こちらでございます」

バレット子爵に案内された部屋はとても広く、やはり目に痛いほど華美な部屋だった。

「ありがとう」

「少しでも気に入って頂けましたら幸いです。そして、小辺境伯様、貴方のお部屋は……」

「必要ない。俺はルティア殿下と同じ部屋で過ごす」

あまりに当たり前になっていたので突っ込んでなかったが、よく考えたら僕とレフは同室である必要はないはずだ。

「レフ、別の部屋を準備してくれているならそちらで寝た方がいいのではないか??」

「まさか。俺は殿下の護衛なのでこの旅の最中は同室におります」

レフがニコリと笑ったが、その笑みから明らかに危険な匂いがしている。

(……まさかと思うが人様の家で盛ったりしないだろうか)

その言葉に、何故かほんの少しだけバレット子爵の表情が曇った気がしたがすぐにニコニコと人好きのするような笑みを浮かべた。

「承知いたしました。そうしましたら同室にするために、ベッドを移動したり部屋を整えますので、先にお食事か風呂などに入って頂くのはいかがですか??」

「ああ。そうしてくれると助かる。殿下、いかがいたしますか??」

熱の篭った目でこちらを見つめているレフに、本当は風呂に先に入りたかったがそれは危険な気がして思わず、

「食事にしたい」

と答えてしまった。その回答に対して、バレット子爵は微笑んで再び別の部屋まで案内された。

「すぐに準備いたしますのでこちらでお待ちください」

そこは今までよりずっと装飾がシンプルな机と椅子が置かれた部屋だった。多分商談などをするための部屋なのだろう。

レフとふたりでその部屋で食事が出来るまで待つために腰かけたのは上質なソファーで、座り心地は悪くない。

「殿下、本当に食事で良かったのですか??」

僕が風呂を選ぶと思っていたレフはさりげなくそう聞いてきた。まさかお前が風呂で何かするかもしれないと思って別の選択をしたとはいえなかった。

「ああ」

「そうでしたか」

あまり納得はしていないと思うがとりあえず表情は笑顔のままだった。それからしばらく何気ない話をして待っていたが誰も来る気配がない。

「遅いな、何かあったのだろうか……」

ギャアアアアアアアアア!!!!

僕がレフに何気なく質問をした時、けたたましい男性の叫び声が突然、館内に響き渡ったのだった。
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