嫌われ王子は壊れた愛を受けて花ひらく

ひよこ麺

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08.会うことが叶わないまま亡くなった母

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『暗黒の森』へ行くことは今だに恐ろしいが、それでも今まで味わったことのない愛を与えられる日々は激しいながらも人生で一番満ち足りている気がしていた。

この王国は、大きくはないのでその果てである『暗黒の森』すらも無理なく3日もあれば到着できる。

だからこそ、今までの人生の大半、悲しい思い出ばかりでも過ごした時間が長いこの場所でしっかりと最後の時間を過ごしたいと考えていたが、その願いはどうやら叶わないらしい。

その日は、朝から王宮へ呼び出された。

今まで生きてきた中で、王宮に呼び出されることなど『成人の儀』までほとんどなかった。そのため、急な2回目の呼び出しに妙な胸騒ぎがしていた。

レフが目覚めた時から不在で不安な気持ちの中で、服装や髪型を整えにやってきた使用人が相変わらず機械のように正確に仕事をこなしていく。そして、僕に真っ白い服を纏わせた。

この国で白い儀礼用の服を着る行事はたったふたつしかない。

ひとつは結婚式で、もうひとつは誰かの葬儀の時だけだ。今回はどう考えても前者ではないだろう。現在の王族の中に結婚式を挙げる人間などいないのだから。

だとすれば、残る可能性は葬儀だけだ。そこまで考えて、朝からレフの姿が見えないことが不穏な影を落としていた。

(レフは辺境伯の嫡男。そのレフが呼ばれるような王族の死と考えたら……)

連れていかれた王宮の中の聖堂の真ん中に、ひとつの棺が置かれていた。

その棺の中には真っ白なドレスを纏ったロケットの中でしか見たことのない女性が青ざめた顔で横たわっていた。棺の中には生前好きだったのか白い百合が引き詰められていた。

間違いなく僕の母上である正妃の亡骸だった。

「あっ……あっ……」

一度も会うことのないまま亡くなってしまったという事実に呼吸がおかしくなる。体中が痙攣するように震えてしまうのに目はその棺の中を凝視することをやめることができず、その場に腰が抜けたようにしゃがみ込んでしまう。

「ルティア殿下……」

背後から、声を掛けられたが振り返ることも立ち上がることもままならない。

「お可哀そうに。肩をお貸しいたします」

僕に手を差し伸べたのは、レフとよく似ているが壮年の男性だった。そこで彼が辺境伯であると気付く。

「辺境伯??」

「ええ。いつも息子がお世話になっております」

座り込んでいた体は、辺境伯により無事に立ち上がることができた。

「すまない」

「構いません。正妃様は、ルティア殿下の母君でございます。悲しむのは当たり前ですので」

レフとよく似てはいるが、辺境伯が僕を見つめる瞳にはあの熱はなく、むしろ国王陛下がヴィンターを見つめている時に見せるようなあたたかいものがあった。

「母上……ははうぇ……」

何かが決壊したように涙がこぼれ落ちた。いつの間にか、その亡骸にすがりつくようにして咽び泣いていた。泣くこと自体無駄だと学んでいたのでこんなに人前で泣いたのは、はじめてだった。

泣き止まない僕の背を辺境伯は幼子をあやすようにポンポンと叩いた。それはレフのようなセクシュアルな仕草ではなく子を慰める父のそれで、余計に涙が止まらなくなっていた。

「ルティア殿下!!」

ひとしきり泣いた頃に、突然頭の上から声が響いた。よく聞きなれたその声、顔を上げなくても誰だかわかった。

「……レフ」

「レフ、殿下はこの通り心痛で立っているのも辛い状態だ。一旦控室に連れていってあげなさい」

そう言うと、心地よい父親のような腕の中から、ここ数日で完全に慣れてしまったレフの腕の中に閉じ込められる。

「言われなくてもそうするつもりでした」

どこかぶっきらぼうに答えたレフは、僕を軽々と抱き上げた。大切に抱えられているがその瞳にはよく知っている危険な光が宿っていた。

「……」

「行きましょう、ルティア殿下」

そのまま、聖堂の中に設けられている控室の中に入る。テーブルと椅子があるだけの質素な部屋に着くなり、レフは部屋の鍵をカチリと閉めた。

「レふっ……!!」

そして、そのまま抱きしめられて強引に唇を奪われた。そのまま、舌を噛み切られるのではないかと思うような勢いで激しく舌を食まれた。

逃げようとする舌はことごとく追い詰められて捕まり、顎からはどちらのものともしれぬ唾液がこぼれ落ちていく。

その逞しい胸を必死に叩いて抵抗するが全ては無意味で結局レフが満足して唇を離すまで貪りつくされた。

「レフ、なんでこんなことをした??」

あまりのことにキッと睨みつけると、レフはバツが悪そうに口ごもりながら言った。

「父上に嫉妬したのです。殿下の悲しみも喜びも全部俺が引き受けたいと思ったのに、あんな風に殿下が父上の腕の中で感情を露わにしていたのが許せなくて……」

そう言いながら、僕の体を抱き寄せるレフに思わず大きなため息が漏れた。

「全く、そんなことくらいで嫉妬されては身が持たない」

「申し訳ありません、ルディア殿下……」

シュンとした姿は、一時期飼っていた犬を彷彿としてあまり責めることはできなかった。しばらくはお互い黙っていたが、急にレフがはっきりとした口調で告げた。

「……ルティア殿下。正妃様がお亡くなりになった以上、殿下はここから早急に出る必要があります」
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