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05.いつもの法則がわずかに綻んだ先と真昼の太陽の下での背徳
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呼吸が苦しく頭が正常な判断をまだできない中で、うつむいたまま袋の中に呼吸を吐き出しているとあたたかい手がその背を撫でるのが分かる。
「ルティア殿下」
優しい声で囁いて背中を何度も撫でてくれるレフに、涙が出そうになるのを必死に堪えた。
「大丈夫です、俺が貴方のお側におります」
今までは、どんなに酷いことがあってもひとりで耐えてきた。この城の中で、僕を救う者はいなかった。
この城、いや、僕の世界の中では『愛される王子』であるヴィンターは常に正しく、僕は既に嫌われる悪者だった。だから、僕の言葉をまともに聞いてくれる者は居なかった。
しかし、思い返せばレフは前から、なるべくその事態を早く収束させようとしてくれていた。
それでも、護衛騎士でしかないレフが出来ることは限られていた。
愛される王子のヴィンターにも、僕の婚約者という肩書きがありさらには有力な貴族の子息でイクリスにも口出しができなかったのだろう。
今だってその状況は変わっていない。むしろイクリスは次期王太子の婚約者になったのでより口出しをしにくい立場となってしまったはずだ。
それでも、レフが僕を守ってくれたのがあまりにも嬉しくて歪んでいるとはわかっていても昏い喜びを抱かずにはいられなかった。
「レフ、違うんだ。イクリスは叔父上のお見舞いに行きたがった僕についてきてくれただけで……」
潤んだ上目遣いでレフを見つめたヴィンターのいつもの態度を見た時、心の底から沸き立つように嫌な気持ちになっていた。
今までヴィンターがこの仕草で言い募ってそれを受け入れなかった人間を見たことがなかったからだ。その物が例え黒でもヴィンターが白と言えば白になるところは何度も見て来た。
(イクリスもそうだった……)
何もかも奪い去っていくヴィンターにまた奪われてしまう、過去のことが思い起こされて整いかけていた呼吸が再び乱れてしまう。
「はぁ……はぁはぁ」
その背を優しく撫でていたレフが僕の頭を抱えるようにして優しく撫でたので、驚いて顔を上げるといつの間にか息がかかるほどそばまで近づいていたレフと目が合う。
「ルティア殿下、安心してください。俺は貴方を裏切りませんから」
あまりのことに考えがまとまらないが、レフは一度僕から体を話して立ち上がると、ふたりの方へ向き直りハッキリと低い声で告げた。
「ヴィンター殿下、見ての通りルティア殿下は今体調を崩していらっしゃいますので、お引き取り頂けますでしょうか??」
「どうして??僕は叔父上とお話したいだけで……」
上目遣いでのお願いが効かなかったことが気に入らなかったのか、唇を尖らせて言いつのろうとしたヴィンターの腕を、イクリスが優しくつかんだ。
「ヴィンター様、ルティア様の具合が悪いようなのでまた時を改めて参りましょう」
先ほどは仮病と決めつけていた口から当てつけのように放たれた「具合が悪い」の言葉に呼吸がまた乱れそうになる。
(どうして、こんなに拗れてしまったのだろう、昔は……)
どんなに消そうとしてもまだ確かに胸の中に残っているイクリスへの気持ちが頭をもたげた。
しかし、僕の気持ちなど一片も顧みられることなく、イクリスは冷たくこちらを一瞥してから、ヴィンターを優しくエスコートして立ち去っていった。その背中に縋りつこうとする気はあの裏切られて日のようには、起きなかった。
「ルティア殿下、ゆっくり、ゆっくり息をしてください。俺の前ではもう取り繕う必要はありません」
ふたりが居なくなった部屋で、いつもならただひとりの静謐さが満たすだけの寂しい部屋の中でレフの落ち着いた優しい声があたたかく胸に、鼓膜に染みていく。
そのおかげか呼吸の乱れはあっさりとおさまり、後には頬を伝っていた生理的な涙の残骸が外気でひんやり冷えているだけだった。
「大丈夫です、俺はあの男のように貴方を裏切ることはない」
レフに抱きしめられてその腕の中で聞いた言葉に、安堵してしまう。無意識に甘えるようにレフを見上げてそのグレーの澄んだ瞳と目が合う。
するとレフはくしゃりとした笑みを浮かべて熱の篭ったあの瞳で見つめながら、僕の顎を持ち上げると口づけをした。それは触れるだけのものではなく、舌を食み唾液を絡め合うような激しく貪るようなもので頭がぼんやりとしていく。
「……レフっ」
聞いたことのないような鼻にかかったような甘い声が唇から漏れる。その声が恥ずかしいと思って口を塞ごうとしたがレフに強く抱き寄せられてそのまま、再度貪るような口づけをする。
唇の端から唾液がこぼれ落ちて、何もかもがぼんやりと考えられなくなる。それはまるで、何も考えない愚か者にでもなったような心地で溺れているようでもあった。
しばらくそうして、お互いの吐息だけが部屋を満たしていく。一番明るいはずの真昼の太陽が入らず、影になるこの部屋の中で太陽が目を背けるような後ろ暗い行為に身を堕としている自分に苦笑する。
築き上げたと信じていたものは全てが砂上の楼閣であったかもしれない。しかし、何故か今まで生きてきた中で一番の安息を感じていることに自嘲する。
そして、その背徳の中で次第に意識が遠のいていくのがわかった。
「大丈夫、貴方が恐れるものは全て、俺が……しますから」
微睡むような意識の中でレフが優しく口にした恐ろしい言葉の一部を、その時は聞き取ることができなかった。
「ルティア殿下」
優しい声で囁いて背中を何度も撫でてくれるレフに、涙が出そうになるのを必死に堪えた。
「大丈夫です、俺が貴方のお側におります」
今までは、どんなに酷いことがあってもひとりで耐えてきた。この城の中で、僕を救う者はいなかった。
この城、いや、僕の世界の中では『愛される王子』であるヴィンターは常に正しく、僕は既に嫌われる悪者だった。だから、僕の言葉をまともに聞いてくれる者は居なかった。
しかし、思い返せばレフは前から、なるべくその事態を早く収束させようとしてくれていた。
それでも、護衛騎士でしかないレフが出来ることは限られていた。
愛される王子のヴィンターにも、僕の婚約者という肩書きがありさらには有力な貴族の子息でイクリスにも口出しができなかったのだろう。
今だってその状況は変わっていない。むしろイクリスは次期王太子の婚約者になったのでより口出しをしにくい立場となってしまったはずだ。
それでも、レフが僕を守ってくれたのがあまりにも嬉しくて歪んでいるとはわかっていても昏い喜びを抱かずにはいられなかった。
「レフ、違うんだ。イクリスは叔父上のお見舞いに行きたがった僕についてきてくれただけで……」
潤んだ上目遣いでレフを見つめたヴィンターのいつもの態度を見た時、心の底から沸き立つように嫌な気持ちになっていた。
今までヴィンターがこの仕草で言い募ってそれを受け入れなかった人間を見たことがなかったからだ。その物が例え黒でもヴィンターが白と言えば白になるところは何度も見て来た。
(イクリスもそうだった……)
何もかも奪い去っていくヴィンターにまた奪われてしまう、過去のことが思い起こされて整いかけていた呼吸が再び乱れてしまう。
「はぁ……はぁはぁ」
その背を優しく撫でていたレフが僕の頭を抱えるようにして優しく撫でたので、驚いて顔を上げるといつの間にか息がかかるほどそばまで近づいていたレフと目が合う。
「ルティア殿下、安心してください。俺は貴方を裏切りませんから」
あまりのことに考えがまとまらないが、レフは一度僕から体を話して立ち上がると、ふたりの方へ向き直りハッキリと低い声で告げた。
「ヴィンター殿下、見ての通りルティア殿下は今体調を崩していらっしゃいますので、お引き取り頂けますでしょうか??」
「どうして??僕は叔父上とお話したいだけで……」
上目遣いでのお願いが効かなかったことが気に入らなかったのか、唇を尖らせて言いつのろうとしたヴィンターの腕を、イクリスが優しくつかんだ。
「ヴィンター様、ルティア様の具合が悪いようなのでまた時を改めて参りましょう」
先ほどは仮病と決めつけていた口から当てつけのように放たれた「具合が悪い」の言葉に呼吸がまた乱れそうになる。
(どうして、こんなに拗れてしまったのだろう、昔は……)
どんなに消そうとしてもまだ確かに胸の中に残っているイクリスへの気持ちが頭をもたげた。
しかし、僕の気持ちなど一片も顧みられることなく、イクリスは冷たくこちらを一瞥してから、ヴィンターを優しくエスコートして立ち去っていった。その背中に縋りつこうとする気はあの裏切られて日のようには、起きなかった。
「ルティア殿下、ゆっくり、ゆっくり息をしてください。俺の前ではもう取り繕う必要はありません」
ふたりが居なくなった部屋で、いつもならただひとりの静謐さが満たすだけの寂しい部屋の中でレフの落ち着いた優しい声があたたかく胸に、鼓膜に染みていく。
そのおかげか呼吸の乱れはあっさりとおさまり、後には頬を伝っていた生理的な涙の残骸が外気でひんやり冷えているだけだった。
「大丈夫です、俺はあの男のように貴方を裏切ることはない」
レフに抱きしめられてその腕の中で聞いた言葉に、安堵してしまう。無意識に甘えるようにレフを見上げてそのグレーの澄んだ瞳と目が合う。
するとレフはくしゃりとした笑みを浮かべて熱の篭ったあの瞳で見つめながら、僕の顎を持ち上げると口づけをした。それは触れるだけのものではなく、舌を食み唾液を絡め合うような激しく貪るようなもので頭がぼんやりとしていく。
「……レフっ」
聞いたことのないような鼻にかかったような甘い声が唇から漏れる。その声が恥ずかしいと思って口を塞ごうとしたがレフに強く抱き寄せられてそのまま、再度貪るような口づけをする。
唇の端から唾液がこぼれ落ちて、何もかもがぼんやりと考えられなくなる。それはまるで、何も考えない愚か者にでもなったような心地で溺れているようでもあった。
しばらくそうして、お互いの吐息だけが部屋を満たしていく。一番明るいはずの真昼の太陽が入らず、影になるこの部屋の中で太陽が目を背けるような後ろ暗い行為に身を堕としている自分に苦笑する。
築き上げたと信じていたものは全てが砂上の楼閣であったかもしれない。しかし、何故か今まで生きてきた中で一番の安息を感じていることに自嘲する。
そして、その背徳の中で次第に意識が遠のいていくのがわかった。
「大丈夫、貴方が恐れるものは全て、俺が……しますから」
微睡むような意識の中でレフが優しく口にした恐ろしい言葉の一部を、その時は聞き取ることができなかった。
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