上 下
33 / 38

32.まずいことになったかもしれない05(王太子(フアナの婚約者)視点)

しおりを挟む
首を締め上げられて、自身を睨みつけているフアナの瞳を見た時に、頭の中に蘇るのは、幼い頃の光景、初恋をしたと思っていた日の記憶。

あれは、まだ僕が幼い日、王太子に生まれた僕にとってこの世界の人間は全てが下だと思っていた。

だから何をしても許されると信じていた。

その日は、何故か城の外が気になって、僕は城を抜け出して城下町に行った。城下町は今まで過ごしてきた王城と違って平民たちが楽し気に暮らしているのが分かった。

けれど、その誰もが自分より下の身分で僕にひれ伏すべきと考えてた。

だから、僕は片っ端から彼らを侮辱して回った。

今考えたらだいぶ頭がおかしいがその時は当たり前だと思った。

大体の平民たちは、僕の身なりから貴族の子息だと判断したのか目を合わせず適当に、僕の愚かな言葉を聞いても苦笑いをして知らないふりをしてくれた。

けれど、それはあくまで大人たちだけで、僕と同じ年の子供たちは当然そんな様子に苛立ったのだろう。

記憶では食堂か何かをやっている母親に対して、

「店が汚い」「きもちわるい」

と言った時だった。その店の中から、今も忘れもしないひとりの少女が現れた。

今ならはっきり思い出せた。

黒髪にブラウンの瞳のなんの変哲もない少女が僕の前までやってきた。

そして、無言でいきなり首を今のフアナのように締め上げたのだ。

その手は泥まみれで正直触られただけでも嫌だったが息ができずそれどころではない。

「私たち平民が泥まみれに生きてるのかっこ悪いと思ってるんじゃないですか?」

彼女の瞳には怒りて謎の情熱が湧き上がっていた。

首を絞め上げられている僕は言葉を紡げなかったが生まれて初めて純粋に怖いと感じた。

「私達は生き生きしてるよ!!自分らしさを感じられるよ!!泥んこばんざーーーい!!ありがとうっ!!」

彼女の言動はなにひとつ理解できなかった。

けれどその顔が気が狂ったように嬉しそうに笑う姿から目が離せない。

そんな、僕に彼女はさらに言葉を続けた。

「どろんこバンザイ!!この街は綺麗だよね…。輝いてるよね。川のように。でも、君は嫉妬、悪口 自分のことばっか考えてんじゃねぇか?そんなのすべて洗い流しちゃえ!!変われるよ…。そうすれば川のように、みんなは君の思いを…飲み込んでくれるさ。自然が一番!!」

一気に捲し立てられたが、全くわからない。同じ言語なのに頭にまるで入ってこない。

しかし、僕の生殺与奪の権利を今間違いなく持つ少女に幼い僕は、圧倒されて、畏怖し鼓動が早まるのが分かった。

ずっと城の中で大切に育てられた僕にはあまりにもその生々しい感覚が斬新だった。

「あっ……あっ」

小さく呻きながら僕はあまりの自体に漏らしてしまった。

しかし、恥辱にまみれたはずのその瞬間全てから解脱するような高揚感を同時に抱いた。

間違いない、性の目覚めだった。

「汚い!!」

漏らした僕を突然ゴミのように捨てて振り向くこともなく少女は店の中に消えた。

その立ち去る後ろ姿を眺めながら、初めて味わった高揚感を忘れることができなかった。

彼女がフアナではないことは分かっているが、あの日の高揚感に似たものを今また抱いていた。

(まずい、これはダメな感情だ)

今ならそれが背徳的な快楽だと分かる。良くないタイプの性癖を僕は持ってしまっているのだ。

けれど、今フアナに首を絞められているのに、生殺与奪を握られているのに、僕の胸はドキドキしていてさらに蔑むように見つめられることに快楽を覚えてしまっているなんて、隠さないといけない、隠さないと……。

そう思った時、不意にフアナの手が首から離れてそのまま僕は地面に落下する。

「うぎぃっ!!」

落下して地面にひれ伏した僕の目にうつるのは、フアナの側にひとりの少女が近づいて、ハンカチをフアナに手渡した姿だった。

その瞬間、僕の心臓が今までにないほどに震えたのが分かった。

間違いない、あの日、僕の首を絞めて置き去りにした、あの黒髪にブラウンの瞳の少女がフアナの横に立って居たのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢に転生したけど、婚約破棄には興味ありません! 学園生活を満喫するのに忙しいです

古里@電子書籍化『王子に婚約破棄された』
恋愛
##書籍化しました## ##『次にくるライトノベル大賞2023』ノミネートされました## 書籍化に伴い『悪役令嬢に転生してしまいましたが、前世で出来なかった学園生活を満喫することに忙しいので何もしません』から改題いたしました。アルファポリスのレジーナブックスから6月26日に書籍化されました。表紙の素晴らしい絵は11ちゃんさんが描いて頂きました。 これも今まで応援して頂いた皆様のおかげです。本当にありがとうございました!! 今後とも応援して頂き、出来たらぜひとも本を手に取って頂けると嬉しいです。話は書籍化に伴って大分変わっています。(基本路線は同じですが) 「えっ、ゲームの世界の悪役令嬢に生まれ変わった?」頭をぶつけた拍子に前世の記憶が戻ってきたフラン、でも、ゲームの中身をほとんど覚えていない!公爵令嬢で第一王子の婚約者であるフランはゲームの中で聖女を虐めて、サマーパーティーで王子から婚約破棄されるらしい。しかし、フランはそもそも前世は病弱で、学校にはほとんど通えていなかったので、女たらしの王子の事は諦めて青春を思いっきりエンジョイすることにしたのだった。 しかし、その途端に態度を180度変えて迫ってくる第一王子をうざいと思うフラン。王子にまとわりつく聖女、更にもともとアプローチしているが全く無視されている第二王子とシスコンの弟が絡んできて・・・・。 ハッピーエンド目指して書いていくので読んで頂けると幸いです。 現在第一部第二部三部四部第五部完結しました。 母に魔封じの腕輪をつけられて知らない地に転移させられたフラン。フランの居所を聞くために魔の森の試練に立ち向かうアド。二人の運命や如何に? 二人の仲も気になるところです。 HOT女性向けランキング第1位獲得。小説家になろう、日間恋愛異世界転生ランキング最高2位、週間4位、月間5位ランクインしました。カクヨムでも掲載中です。 外伝で小さいフランの大冒険連載中です。

悪役令嬢のお母様……でしたの

波湖 真
恋愛
わたくし、おかしい、おかしいと 思っておりましたの。 なんといいますか……わたくしの生きている世界に違和感?をいつも感じておりました。 何かが、何かが違うのです。 王女として生まれ、何不自由なく育ち、恋をして、公爵家の跡取りと結婚し、息子も生まれ、わたくし、幸せでしたの。 そして、この度、第二子である娘が生まれました。 それはそれは可愛らしくて、美しくて、世界一の娘です。 わたくしは生まれたばかりの娘を抱きしめて、幸せを噛みしめましたわ。 そう、主人である公爵が娘の名前を決めるまでは……。 「この子の名前はコーデリア。コーデリア・ド・バルタークとしよう」 その時、わたくしは、全てを思い出したの。 わたくしが何故この世界に違和感抱いていたのかを……。 わたくしには前世の記憶がありましたの。 その記憶を全て思い出しました。 好きだったもの……。 わたくし、前世で大好きだった小説の悪役令嬢コーデリアの母……でしたの。 この、今、腕の中でふにゃふにゃしている可愛い可愛い娘は……悪役令嬢ですの。 とっても意地悪になるのです。 これから、浮気者の王子と婚約して、振られてしまうのです。 わたくしは娘の不幸を思って涙が溢れましたわ。 そして、誓ったのですわ。 わたくしは、娘を、幸せにしてみせる!! 悪役令嬢の母に転生した麻美ことアドリアナの奮闘の物語です

処理中です...