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27.失われた記憶と悪夢01(カール視点)
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フアナが吐血して倒れたと聞いた時、自分の全身の血が凍りつくような恐怖を感じた。
『お願い、カール。フアナを守ってあげて』
そう言い残して死んだ母の最期の言葉とその青ざめた死に顔が脳裏にはっきりと蘇る。そして、その時確かに俺はフアナを守ると誓ったはずだった。
(どうして、今まで忘れていたんだ??)
不思議な気持ちだった。あんなに脳内に残るような記憶なのに何故俺は忘れていたのだろう。思えば母が死んで、フアナが王妃教育で家を離れた後とても寂しかったことを覚えている。
可愛い妹と引き離された10歳の俺は、何度も何度も妹へ手紙を書いた。返事は一度もこなかったけれど、それでも自分自身がひとりでないと思うために手紙を出し続けた。
母を失った悲しみに10歳の子供であった俺が耐えるのはあまりにも苦しかった。それでも、なんとか我慢できたのは、8歳で母を失ったフアナに比べたら自分は母と2年多くいれたのだと、兄だから我慢しないといけないと思ったのだ。
父は母が死んでからとても忙しくなり、母もフアナもいなくなった家はまるで別の寂しいものに変わってしまったような気がした。
そんな時に、父は継母と義妹を連れて来た。
フアナが居ない時に家に他人を入れるなんて反対だったし、母を亡くしてすぐに再婚する父へは嫌悪感があった。けれど、王命での結婚だったので逆らえなかったと父は俺に話してくれたので、仕方なく納得するようにした。
父は、継母が俺やフアナをないがしろにするようなことはしないようにしたと約束してくれた。確かに継母と義妹が来ても俺の生活が特別に変わることはなかった。
ただ、父の言いつけで父が居ない時も毎日習慣としてふたりと食事をすると、頭の中がぼんやりとするようになってあんなに大切だったフアナのことを考えることが少なくなっていった。
けれど、その理由がわからない。
俺はいつからフアナに手紙を書かなくなった、いつからフアナのことを気にしなくなった。たったひとりの血のつながった大切な妹のことを忘れたんだ??
今ベッドの上で青ざめた顔で寝ているフアナの顔を見た時、あの日の母の顔が重なる。母も血を吐いて少しずつ弱っていく病に罹った。
(どうして……俺はどうしてこうなるまでフアナをほっといてしまったんだ??)
自分だけではない。今、意識を失っている父も、どうしてフアナがここまで追いつめられるまで気づかなかったのだ。そう考えた時、脳裏にぼんやりと継母の言葉が浮かんだ。
『フアナは、貴方の顔を見ると本当のお母様を思い出すみたいで辛いそうよ』
まるで、あれはある朝食の席で突然継母が言った言葉だった。まるで朝食のメニューを告げるくらい軽い調子で言われた言葉。それなのに、なぜかとても重い言葉と受け止めてしまった。今考えればそれをどうしてそう思ったのかが分からない。
(あんな女の言葉をなぜ信じた??)
それに、俺は義妹も継母もあまり好きではなかったはずだ。継母は俺に興味がなかったし、義妹のイザベラはとにかく気持ち悪かった。妹なのに色目を使うように俺に近付いて甘えるような声で話しかけてきたのだから。
そうやってふたりのことを思い出せば、フアナより優先するべきところもなんなら信じられる要素すらない。それなのにどうしてと考え込む。
「小公爵、顔色が悪いね」
そう、魔法使いがフアナの治療をしながら言った。魔法使いはこの国にとっては厄災の象徴であり、忌むべきものと教えられてきた。
しかし、今、苦しむフアナを楽にできるのは彼だけだった。だから侮蔑の感情を必死に抑えて答えた。
「問題ない。フアナに比べたら大したことない」
その答えに魔法使いは何故か歪んだ表情を浮かべる。そして、フアナの両手を包んでいた手を離すと、俺の方へ歩んできて、突然頭に手をかざした。
あまりのことに驚いたが、その瞬間、今までまるで霧に覆われていたような頭の中がクリアになったのがわかった。まるで自分の感情を押さえつけられていたような霧が完全に晴れたのだ。
「これは??」
「……『鏡の破片』。なるほど。やはり小公爵とフアナ嬢の継母は魔女と繋がりがあるようだ」
魔法使いは、俺を気の毒そうに見つめて言葉を続けた。
「小公爵は、継母と食事を食べていたと言いましたね??その際に彼女が何か食事を手渡したことはなかった??」
その言葉に、クリアになった頭で思い出したのは食事は家の者が準備していたが、いつも食後にお茶を出されていたことを思い出した。
そう言えば、俺はいつもお茶には砂糖を2つ入れるのだけれど、なぜか継母は氷砂糖をその時は渡してきたのを思い出す。
「食事は関係ないが、お茶を入れてくれていつも氷砂糖を2つ入れていた」
「氷砂糖か。なるほど。それは『鏡の破片』だな。小公爵は『鏡の破片』をご存じかな??」
素直に知らないと告げると、魔法使いはこう告げた。
「『鏡の破片』は、フアナが飲まされていた毒と同じように呪いのような力がある魔法薬なんだ。飲ませた人間を思い通りに操れる妙薬と呼ばれていて見た目は透明で甘い結晶なんだ」
『お願い、カール。フアナを守ってあげて』
そう言い残して死んだ母の最期の言葉とその青ざめた死に顔が脳裏にはっきりと蘇る。そして、その時確かに俺はフアナを守ると誓ったはずだった。
(どうして、今まで忘れていたんだ??)
不思議な気持ちだった。あんなに脳内に残るような記憶なのに何故俺は忘れていたのだろう。思えば母が死んで、フアナが王妃教育で家を離れた後とても寂しかったことを覚えている。
可愛い妹と引き離された10歳の俺は、何度も何度も妹へ手紙を書いた。返事は一度もこなかったけれど、それでも自分自身がひとりでないと思うために手紙を出し続けた。
母を失った悲しみに10歳の子供であった俺が耐えるのはあまりにも苦しかった。それでも、なんとか我慢できたのは、8歳で母を失ったフアナに比べたら自分は母と2年多くいれたのだと、兄だから我慢しないといけないと思ったのだ。
父は母が死んでからとても忙しくなり、母もフアナもいなくなった家はまるで別の寂しいものに変わってしまったような気がした。
そんな時に、父は継母と義妹を連れて来た。
フアナが居ない時に家に他人を入れるなんて反対だったし、母を亡くしてすぐに再婚する父へは嫌悪感があった。けれど、王命での結婚だったので逆らえなかったと父は俺に話してくれたので、仕方なく納得するようにした。
父は、継母が俺やフアナをないがしろにするようなことはしないようにしたと約束してくれた。確かに継母と義妹が来ても俺の生活が特別に変わることはなかった。
ただ、父の言いつけで父が居ない時も毎日習慣としてふたりと食事をすると、頭の中がぼんやりとするようになってあんなに大切だったフアナのことを考えることが少なくなっていった。
けれど、その理由がわからない。
俺はいつからフアナに手紙を書かなくなった、いつからフアナのことを気にしなくなった。たったひとりの血のつながった大切な妹のことを忘れたんだ??
今ベッドの上で青ざめた顔で寝ているフアナの顔を見た時、あの日の母の顔が重なる。母も血を吐いて少しずつ弱っていく病に罹った。
(どうして……俺はどうしてこうなるまでフアナをほっといてしまったんだ??)
自分だけではない。今、意識を失っている父も、どうしてフアナがここまで追いつめられるまで気づかなかったのだ。そう考えた時、脳裏にぼんやりと継母の言葉が浮かんだ。
『フアナは、貴方の顔を見ると本当のお母様を思い出すみたいで辛いそうよ』
まるで、あれはある朝食の席で突然継母が言った言葉だった。まるで朝食のメニューを告げるくらい軽い調子で言われた言葉。それなのに、なぜかとても重い言葉と受け止めてしまった。今考えればそれをどうしてそう思ったのかが分からない。
(あんな女の言葉をなぜ信じた??)
それに、俺は義妹も継母もあまり好きではなかったはずだ。継母は俺に興味がなかったし、義妹のイザベラはとにかく気持ち悪かった。妹なのに色目を使うように俺に近付いて甘えるような声で話しかけてきたのだから。
そうやってふたりのことを思い出せば、フアナより優先するべきところもなんなら信じられる要素すらない。それなのにどうしてと考え込む。
「小公爵、顔色が悪いね」
そう、魔法使いがフアナの治療をしながら言った。魔法使いはこの国にとっては厄災の象徴であり、忌むべきものと教えられてきた。
しかし、今、苦しむフアナを楽にできるのは彼だけだった。だから侮蔑の感情を必死に抑えて答えた。
「問題ない。フアナに比べたら大したことない」
その答えに魔法使いは何故か歪んだ表情を浮かべる。そして、フアナの両手を包んでいた手を離すと、俺の方へ歩んできて、突然頭に手をかざした。
あまりのことに驚いたが、その瞬間、今までまるで霧に覆われていたような頭の中がクリアになったのがわかった。まるで自分の感情を押さえつけられていたような霧が完全に晴れたのだ。
「これは??」
「……『鏡の破片』。なるほど。やはり小公爵とフアナ嬢の継母は魔女と繋がりがあるようだ」
魔法使いは、俺を気の毒そうに見つめて言葉を続けた。
「小公爵は、継母と食事を食べていたと言いましたね??その際に彼女が何か食事を手渡したことはなかった??」
その言葉に、クリアになった頭で思い出したのは食事は家の者が準備していたが、いつも食後にお茶を出されていたことを思い出した。
そう言えば、俺はいつもお茶には砂糖を2つ入れるのだけれど、なぜか継母は氷砂糖をその時は渡してきたのを思い出す。
「食事は関係ないが、お茶を入れてくれていつも氷砂糖を2つ入れていた」
「氷砂糖か。なるほど。それは『鏡の破片』だな。小公爵は『鏡の破片』をご存じかな??」
素直に知らないと告げると、魔法使いはこう告げた。
「『鏡の破片』は、フアナが飲まされていた毒と同じように呪いのような力がある魔法薬なんだ。飲ませた人間を思い通りに操れる妙薬と呼ばれていて見た目は透明で甘い結晶なんだ」
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