22 / 23
第五章 「鳴声」
5-2
しおりを挟む
「……瀬君、一ノ瀬君! 死なないで! 起きて!」
由香は泣きながら冷たくなった守を揺さぶった。
「もうダメだ……手遅れだ」
冬の蝉はそっと由香の肩に触れた。
「触らないでよ! あなたのせいなんでしょ? あなたさえ、いなければ一ノ瀬君はこんな風にはならなかったのよ!」
由香は興奮しきっている。
立ち上がって冬の蝉の胸を力一杯叩き続けた。
彼女もまた、自分の無力さにどうしようもない苛立ちと悲しみを覚えているのだ。
「それは無理よ」
二人の前に現れたのは灰色のスーツを纏った細身ではあるが長身の美女だった。
「彼、冬の蝉が死ねば、自動的に保護システムである守という存在も消滅するわ」
「あんたは確か……」
「ええ、マザー研究所の江崎よ」
由香は突然の江崎の登場に一瞬、戸惑ったが二人を激しく責めた。
「あなた達、よくそんな冷静でいられるわね! 一体、あなた達はなんなの? そして一ノ瀬君はこのまま、無残に死んでいくの? どうすることもできないの? あんなに人を簡単に殺す力を持っていても、人を助けることはできないの!」
由香は無表情で冷静な冬の蝉が許せなかった。
普段、笑顔を絶やさない彼女からは想像もつかない憎しみに満ちた顔を冬の蝉に投げつけた。
彼は黙って由香の顔をしばらく見つめた。
「な、何よ!」
戸惑う由香に冬の蝉は少し、えくぼを見せた。
「フッ、お前のような人間がいるから守は閉鎖的な人間社会で生きてこられた。礼を言おう。ありがとう」
冬の蝉の笑顔はとても美しかった、眩しいくらいに。由香は思わず、ドキッとした。
「な、なんでこんな時に……」
冬の蝉は何も答えず、眠る守にそっと手を触れた。
「冬の蝉、あなた……まさか!」
江崎の顔が急に青ざめる。
「そうだ。兵士は兵士の役目を終えた。ならば、王は王の役目を全うするまで……」
指先から暖かい光りが守の体を包んでいく。光りを浴びる守はとても気持ちよさそうだ。
母親から授乳される赤子のようにニッコリと安堵の顔で笑っている。
守は笑顔のまま、光りに包み込まれていく。
次第に自分自身も透明な黄金色の無数の粒へと変化を遂げていく。
「い、一ノ瀬君が……一ノ瀬君が消えちゃうよ!」
由香が冬の蝉を止めようとしたが、江崎が首を横に振った。
「冬の蝉にまかせなさい……大丈夫よ。彼は主の元へ帰るのよ」
「え? どういうこと?」
「つまり、彼は粒子レベルまで変換され、主である冬の蝉にコアが……魂が帰っていくのよ……でも、彼は瀕死の状態……これで無事にコアが補完されたとしてもかなりの危険を冒すことになるわ。母体である冬の蝉自身が傷ついたコアを補完することによって、内部に亀裂が生じて自身が死んでしまうかもしれないのよ。確率は五分と五分……」
「そ、そんな……」
守は黄金色の粒子に変換され、宙を舞うと主のもとへと帰って行った。
コアを自身の体内に戻した冬の蝉は案の定、内部に異常が生じ、体中に電撃のような激痛が走る。
痛みのために身体を激しく床に叩きつけた。
傷ついた魂を戻したために内部の器官が反発を起こしているのだ。
「くっ……安心しろ……守が死ぬことはない」
冬の蝉は苦悶の表情でありながらも必死に由香を安心させようと話しかける。
しばらく、全身を痙攣させると落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫なの?」
江崎は学者としてあくまでも冷静に彼の容態を調べている。
「ああ、なんとかな」
冬の蝉は肩を震わせる由香に目を当てた。
「大丈夫だ。必ず、守を生きてお前に会わせてみせる」
「あなたは一体……何者なの?」
「俺は冬の蝉、かつて闇組織マザーの兵器だった男だ」
由香は泣きながら冷たくなった守を揺さぶった。
「もうダメだ……手遅れだ」
冬の蝉はそっと由香の肩に触れた。
「触らないでよ! あなたのせいなんでしょ? あなたさえ、いなければ一ノ瀬君はこんな風にはならなかったのよ!」
由香は興奮しきっている。
立ち上がって冬の蝉の胸を力一杯叩き続けた。
彼女もまた、自分の無力さにどうしようもない苛立ちと悲しみを覚えているのだ。
「それは無理よ」
二人の前に現れたのは灰色のスーツを纏った細身ではあるが長身の美女だった。
「彼、冬の蝉が死ねば、自動的に保護システムである守という存在も消滅するわ」
「あんたは確か……」
「ええ、マザー研究所の江崎よ」
由香は突然の江崎の登場に一瞬、戸惑ったが二人を激しく責めた。
「あなた達、よくそんな冷静でいられるわね! 一体、あなた達はなんなの? そして一ノ瀬君はこのまま、無残に死んでいくの? どうすることもできないの? あんなに人を簡単に殺す力を持っていても、人を助けることはできないの!」
由香は無表情で冷静な冬の蝉が許せなかった。
普段、笑顔を絶やさない彼女からは想像もつかない憎しみに満ちた顔を冬の蝉に投げつけた。
彼は黙って由香の顔をしばらく見つめた。
「な、何よ!」
戸惑う由香に冬の蝉は少し、えくぼを見せた。
「フッ、お前のような人間がいるから守は閉鎖的な人間社会で生きてこられた。礼を言おう。ありがとう」
冬の蝉の笑顔はとても美しかった、眩しいくらいに。由香は思わず、ドキッとした。
「な、なんでこんな時に……」
冬の蝉は何も答えず、眠る守にそっと手を触れた。
「冬の蝉、あなた……まさか!」
江崎の顔が急に青ざめる。
「そうだ。兵士は兵士の役目を終えた。ならば、王は王の役目を全うするまで……」
指先から暖かい光りが守の体を包んでいく。光りを浴びる守はとても気持ちよさそうだ。
母親から授乳される赤子のようにニッコリと安堵の顔で笑っている。
守は笑顔のまま、光りに包み込まれていく。
次第に自分自身も透明な黄金色の無数の粒へと変化を遂げていく。
「い、一ノ瀬君が……一ノ瀬君が消えちゃうよ!」
由香が冬の蝉を止めようとしたが、江崎が首を横に振った。
「冬の蝉にまかせなさい……大丈夫よ。彼は主の元へ帰るのよ」
「え? どういうこと?」
「つまり、彼は粒子レベルまで変換され、主である冬の蝉にコアが……魂が帰っていくのよ……でも、彼は瀕死の状態……これで無事にコアが補完されたとしてもかなりの危険を冒すことになるわ。母体である冬の蝉自身が傷ついたコアを補完することによって、内部に亀裂が生じて自身が死んでしまうかもしれないのよ。確率は五分と五分……」
「そ、そんな……」
守は黄金色の粒子に変換され、宙を舞うと主のもとへと帰って行った。
コアを自身の体内に戻した冬の蝉は案の定、内部に異常が生じ、体中に電撃のような激痛が走る。
痛みのために身体を激しく床に叩きつけた。
傷ついた魂を戻したために内部の器官が反発を起こしているのだ。
「くっ……安心しろ……守が死ぬことはない」
冬の蝉は苦悶の表情でありながらも必死に由香を安心させようと話しかける。
しばらく、全身を痙攣させると落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫なの?」
江崎は学者としてあくまでも冷静に彼の容態を調べている。
「ああ、なんとかな」
冬の蝉は肩を震わせる由香に目を当てた。
「大丈夫だ。必ず、守を生きてお前に会わせてみせる」
「あなたは一体……何者なの?」
「俺は冬の蝉、かつて闇組織マザーの兵器だった男だ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
--
プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第五部
遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。
訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。
そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。
同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。
こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。
誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。
四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。
そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。
そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる