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第四章 「激闘」
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三枝高校の生徒達がゾロゾロと集団で校門を潜り、白い息を吐きながら一日の始まりを告げている。
赤穂 夕貴と相場 史樹もその例外ではない。
「おい、夕貴。靴の紐、解けてるぜ」
「あ、本当だ」
屈んで解けた靴の紐を直していると、右肩に誰かの膝が当たり、思わずよろめいた。
「あいたたた……ちょっと! 危ないじゃない。ちゃんと、前見て歩いてよね!」
夕貴は振り返ると前言撤回を余儀無くされた。
「ゆ、由香ちゃん!」
夕貴に激しく声をたてられたにも関わらず、由香は夕貴に気がついていない様子でボーッと立ち尽くしていた。
「おい、大丈夫か? 夕貴。お、由香ちゃんとやらじゃないか」
由香は史樹が駆け寄ってきても未だにボーッとしていて反応がない。
「だ、大丈夫か? 由香ちゃんとやら……」
史樹が由香の肩を叩くとやっと、それらしき反応があった。
「え? あ、赤穂さんに相場君……」
声がかすれていて聞きづらい。
夕貴は立ち上がって由香の顔を覗いた。
由香の顔は青ざめていて、まるで生気が感じられない。
目の下にも大きなクマができているし、それに一晩中泣き明かしたように目が真っ赤に腫れている。
「由香ちゃん、どうしたの? 元気なさそうだよ」
「え、そう? だ、大丈夫だよ。ほら、こんなに元気……」
由香は二人に元気だと言うところを証明しようとしたのか、側転に挑戦したが手を地面についたところでバランスを崩し、背中を思いっきり地面に叩きつけてしまった。
「由香ちゃん! 大丈夫!」
夕貴と史樹が駆け寄る。
「痛いよ……」
空を見上げる由香は虚ろな顔をしていた。
*
目を覚ますとそこは保健室のベッドの上だった。隣の椅子には夕貴がいる。
「大丈夫? 由香ちゃん……」
「あれ……私……」
「由香ちゃん、側転しようとして倒れたんだよ」
「そうだったの。ごめん、迷惑かけて……」
由香がそう言うと夕貴は頭を左右に振った。
「そんな迷惑だなんて……。由香ちゃん、何かあったの? 今日の由香ちゃん、ちょっと、おかしいよ。もしよかったら私が相談にのるよ」
夕貴は心配のあまり、身を乗り出す。夕貴のふくよかな胸が由香の腕に触れた。
「赤穂さん……じゃあ、ちょっと、その大きな胸を貸して」
「へ?」
夕貴がキョトンしていると由香がその夕貴の胸に顔を埋めた。
「ど、どうしたの? 由香ちゃん……」
夕貴はどうしていいかわからない様子で、困っていると自分の胸に顔を埋める由香から微かに泣き声が聞こえてきた。
「ふぐっ……えっ、えっ、えぐっ」
制服に由香の熱い涙が染みる。
夕貴はどうすることもできないことを知り、由香をぎゅっと抱きしめた。
「……由香ちゃん」
*
落ち込む由香をなんとか、教室まで連れてきた夕貴は助けを求めるように守を探した。
「あれ、おやっさんは……」
机を調べているとクラスメイトが彼はまだ来ていないと教えてくれた。
守が昨日、病院で言い残していった言葉が脳裏に過ぎる。
『もう俺に関わるな』
あれは一体、なんだったのだろう?
無遅刻無欠席の真面目な守が登校していないなんておかしい。あの由香の涙と関係があるのか。
夕貴は思いを巡らせた。
そんなことをしていると教室に担任教師が入ってきて朝のホームルームを始めた。
「あ~、席につきなさい。では出席を取る前に伝えておく事がある。残念なことだがこのクラスの生徒である一ノ瀬 守が退学することになった」
教室がざわめきだす。
夕貴はそれを聞いて全身に雷のような衝撃を感じた。
それを表すかのように席を立って直立不動の姿勢をとっている。
「そ、そんなバカな!」
クラス全員の視線が夕貴に集まる。
一ヶ月前に自分が転校してきた時とは逆の光景だ。
「お、おい、赤穂。ショックなのは分かるがお前もオーバーだな」
教師の言葉まで一緒だ。
それに気がついたクラスメイトが笑いだす。
悲痛の思いで夕貴が席についた瞬間、入れ替わるように由香が席から立ち、怒鳴るように叫んだ。
「オーバーなんかじゃない!」
「し、品田……どうした?」
気迫に満ちた大声はまだ、教室にビリビリといった反響音が残っている。
恐らく、クラスメイト達も由香のこんな姿を見たのは初めてだろう。
由香はうつむいたまま、話を続けた。
「オーバーなんかじゃありません……友達が……大切な人がいなくなったんですよ。それを悲しんだらオーバーなんですか? 悲しむのにオーバーも何もありませんよ。少なくとも私は赤穂さんと同じくらい……いや、もっと、それ以上に叫びたいくらい悲しいです!」
そう言い捨てると涙をこぼしながら教室を出て行った。
「ゆ、由香ちゃん……」
気がつくと夕貴も涙を流していた。
こんなに一ノ瀬 守のことを考えていてくれた。
想ってくれていた。愛してくれていた。
夕貴は人間に、由香という女性に感動していた。
正直、マザーで冷たく育った守が人間と接するとことなど無理だと思っていた。
ましてや、仲の良い友達なんて愛し合える人間なんてできないと思っていた。
だが、予想は外れた……。
おやっさん……あなたは幸せ者です。
あんなにも由香ちゃんはあなたのことを愛しています。でも、この愛を裏切るのなら私は許しません。
赤穂 夕貴、この存在にも人間としての真の感情が生まれた。愛情だ。
トンッ、トンッと小さく胸を打っている音を感じる。
生きている。とても素晴らしい。
でも……この音を感じるきっかけはとても悲しい。
私は人間でいられるの?
赤穂 夕貴と相場 史樹もその例外ではない。
「おい、夕貴。靴の紐、解けてるぜ」
「あ、本当だ」
屈んで解けた靴の紐を直していると、右肩に誰かの膝が当たり、思わずよろめいた。
「あいたたた……ちょっと! 危ないじゃない。ちゃんと、前見て歩いてよね!」
夕貴は振り返ると前言撤回を余儀無くされた。
「ゆ、由香ちゃん!」
夕貴に激しく声をたてられたにも関わらず、由香は夕貴に気がついていない様子でボーッと立ち尽くしていた。
「おい、大丈夫か? 夕貴。お、由香ちゃんとやらじゃないか」
由香は史樹が駆け寄ってきても未だにボーッとしていて反応がない。
「だ、大丈夫か? 由香ちゃんとやら……」
史樹が由香の肩を叩くとやっと、それらしき反応があった。
「え? あ、赤穂さんに相場君……」
声がかすれていて聞きづらい。
夕貴は立ち上がって由香の顔を覗いた。
由香の顔は青ざめていて、まるで生気が感じられない。
目の下にも大きなクマができているし、それに一晩中泣き明かしたように目が真っ赤に腫れている。
「由香ちゃん、どうしたの? 元気なさそうだよ」
「え、そう? だ、大丈夫だよ。ほら、こんなに元気……」
由香は二人に元気だと言うところを証明しようとしたのか、側転に挑戦したが手を地面についたところでバランスを崩し、背中を思いっきり地面に叩きつけてしまった。
「由香ちゃん! 大丈夫!」
夕貴と史樹が駆け寄る。
「痛いよ……」
空を見上げる由香は虚ろな顔をしていた。
*
目を覚ますとそこは保健室のベッドの上だった。隣の椅子には夕貴がいる。
「大丈夫? 由香ちゃん……」
「あれ……私……」
「由香ちゃん、側転しようとして倒れたんだよ」
「そうだったの。ごめん、迷惑かけて……」
由香がそう言うと夕貴は頭を左右に振った。
「そんな迷惑だなんて……。由香ちゃん、何かあったの? 今日の由香ちゃん、ちょっと、おかしいよ。もしよかったら私が相談にのるよ」
夕貴は心配のあまり、身を乗り出す。夕貴のふくよかな胸が由香の腕に触れた。
「赤穂さん……じゃあ、ちょっと、その大きな胸を貸して」
「へ?」
夕貴がキョトンしていると由香がその夕貴の胸に顔を埋めた。
「ど、どうしたの? 由香ちゃん……」
夕貴はどうしていいかわからない様子で、困っていると自分の胸に顔を埋める由香から微かに泣き声が聞こえてきた。
「ふぐっ……えっ、えっ、えぐっ」
制服に由香の熱い涙が染みる。
夕貴はどうすることもできないことを知り、由香をぎゅっと抱きしめた。
「……由香ちゃん」
*
落ち込む由香をなんとか、教室まで連れてきた夕貴は助けを求めるように守を探した。
「あれ、おやっさんは……」
机を調べているとクラスメイトが彼はまだ来ていないと教えてくれた。
守が昨日、病院で言い残していった言葉が脳裏に過ぎる。
『もう俺に関わるな』
あれは一体、なんだったのだろう?
無遅刻無欠席の真面目な守が登校していないなんておかしい。あの由香の涙と関係があるのか。
夕貴は思いを巡らせた。
そんなことをしていると教室に担任教師が入ってきて朝のホームルームを始めた。
「あ~、席につきなさい。では出席を取る前に伝えておく事がある。残念なことだがこのクラスの生徒である一ノ瀬 守が退学することになった」
教室がざわめきだす。
夕貴はそれを聞いて全身に雷のような衝撃を感じた。
それを表すかのように席を立って直立不動の姿勢をとっている。
「そ、そんなバカな!」
クラス全員の視線が夕貴に集まる。
一ヶ月前に自分が転校してきた時とは逆の光景だ。
「お、おい、赤穂。ショックなのは分かるがお前もオーバーだな」
教師の言葉まで一緒だ。
それに気がついたクラスメイトが笑いだす。
悲痛の思いで夕貴が席についた瞬間、入れ替わるように由香が席から立ち、怒鳴るように叫んだ。
「オーバーなんかじゃない!」
「し、品田……どうした?」
気迫に満ちた大声はまだ、教室にビリビリといった反響音が残っている。
恐らく、クラスメイト達も由香のこんな姿を見たのは初めてだろう。
由香はうつむいたまま、話を続けた。
「オーバーなんかじゃありません……友達が……大切な人がいなくなったんですよ。それを悲しんだらオーバーなんですか? 悲しむのにオーバーも何もありませんよ。少なくとも私は赤穂さんと同じくらい……いや、もっと、それ以上に叫びたいくらい悲しいです!」
そう言い捨てると涙をこぼしながら教室を出て行った。
「ゆ、由香ちゃん……」
気がつくと夕貴も涙を流していた。
こんなに一ノ瀬 守のことを考えていてくれた。
想ってくれていた。愛してくれていた。
夕貴は人間に、由香という女性に感動していた。
正直、マザーで冷たく育った守が人間と接するとことなど無理だと思っていた。
ましてや、仲の良い友達なんて愛し合える人間なんてできないと思っていた。
だが、予想は外れた……。
おやっさん……あなたは幸せ者です。
あんなにも由香ちゃんはあなたのことを愛しています。でも、この愛を裏切るのなら私は許しません。
赤穂 夕貴、この存在にも人間としての真の感情が生まれた。愛情だ。
トンッ、トンッと小さく胸を打っている音を感じる。
生きている。とても素晴らしい。
でも……この音を感じるきっかけはとても悲しい。
私は人間でいられるの?
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