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第一章 「偽装」
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「なあ、この壁の向こう側はどうなっていると思う?」
「……どうかしたのか? お前がそんなことを言うなんて」
「いや、ただ気になっただけさ」
「『大脱走』でも再現する気か?」
「それもいいかもな」
「バカ言え。あの作品のラストを知っているのか? 主人公のスティーブ・マックイーン以外、みんな、死ぬんだぞ。お前が脱走してもまた、この壁を見ることになるさ」
「ああ……そうだな。俺一人のためにお前達を殺すわけにいかないな……」
「……やってみるか?」
「え?」
「やってみよう。あいつらも、お前のわがままなら聞いてくれるだろう」
*
「Cブロック、Bブロック共に壊滅状態! このままではAブロックも突破されてしまうぞ!」
白衣を着た男達は大型のコンピュータと複数のモニターに囲まれた部屋の中を慌しく駆け回っている。
「どうしたというの! 一体、誰がこんなことを?」
慌しい部屋に男達と同じく、白衣を纏った女が現れた。細身ではあったが背が高く、長身のそれはモデルのような体型であった。
「江崎所長! 大変です! PX‐0082が暴走しました。現在、Aブロックを進行中です」
江崎と呼ばれた女はまだ三十代半ばと見える若さで所長と呼ばれていた。
「PXシリーズが! 私だけでは手が負えないわ。至急、〝現時会〟に連絡して!」
激しく点灯するモニターの光が江崎の眼鏡に映る。
「何をするつもりなの……〝冬の蝉〟」
「だ、だめです! やられました……Aブロックも突破されました!」
慌しかった所員達の顔が青ざめていく。
「さすがね……現時会のジイさん達にどやされるわ」
一年後
「おはよう」
振り返るとクラスメイトの品田 由香がニコニコ笑ってこっちを見ていた。
「ああ」
「今日は私と一ノ瀬君が日直だよね。さっ、早く片付けちゃおう」
一ノ瀬 守は由香に腕を引っ張られて教室に向かった。
「はぁ~、なんで、この学校の日直ってこんな朝っぱらから、授業の準備なんてしなきゃいけないのかな。不公平だよね、先生達は何もしないんだよ」
二人は一時間目に使われる教材を教卓に並べていた。
「ああ」
守はうつむいたまま、無愛想に返事をした。
「元気ないね。ちゃんとご飯食べてる?」
「ああ」
「もう、一ノ瀬君、今日はまだ、『ああ』しか言ってないよ」
「ああ」
守はこの三枝高校に転校してきて一年になる。学校生活の面では極力、人との接触を避けて、友達もつくらずにいた。
それが彼の望みでもあった。
だが、クラスメイトも近づかない彼にずっと、引っ付いてくる少女がいた。
それが同じクラスの品田 由香である。彼女は守が転入してから、持ち前の笑顔で彼をいろんな行事に誘ったりして、なんとかして守の心を開かせようと努力していた。
それが守には面倒でしかたがない。
彼女を突き放したい気持ちも山々だが、あの無拓な瞳とえくぼにはかなわない。
「おい、こっちは終わったぞ」
「あ、やっと、喋ったねって……もう、終わったの! 早いな~」
「じゃあ、俺は行くからな」
「えっ、どこに行くの? ホームルームまでにはまだ時間あるけれど……」
「さあな」
守は無意識のうちに由香を遠ざける癖をつけていた。この投げやりな答え方もその一つである。
「さあなって……あ、そう言えば、今日は転校生が来るんだよ。楽しみだね」
「別に……」
守は鞄を持って、教室を出た。
(あの女は本当に疲れる)
守はやっとのことで由香から逃げ出すと、胸を撫で下ろした。
*
「由香、日直おつかれ~」
「本当にそう思ってんの? 私、マジで疲れたよ」
由香は机にぐったりと頬をつけた。
「ハハッ、あんたが真面目すぎるんだよ。それより、大丈夫だった?」
「え、なにが?」
「だから、あの男だよ。一ノ瀬守、あいつ、マジで怖いじゃん。なんかされなかった?」
「されるわけないじゃん。一ノ瀬君って物静かなだけで全然、怖くないよ。まあ、確かに無愛想だけど」
由香は初対面の人間でもすぐに仲良くなれるような人なつっこい性格の持ち主で、活発的で明るく、いつも笑顔を絶やさない、そんな少女であった。
由香にはクラスメイトが守を避ける理由が分からなかった。クラスのみんなは私が変わっているからだと言う。でも、そうは思わない、彼は社交性が乏しいというだけであって悪い人間ではないと確信していた。
「よし、ホームルームを始めるぞ。みんな、席につけ」
担任教師が教卓に立ち、出席簿を開いた。
「えっと、今日は出席を取る前に転校生を紹介する。君、入りなさい」
教室の戸が開くと、一人の女が入ってきた。
175センチの長身、その姿は高校生とは思えない抜群のプロポーションであった。
「おお、スゲー美人じゃん」
「なんだあの胸は? バケモンか!」
転校生を見て、生徒達はざわめきだした。
「こらっ、静かにしろ! それじゃ、自己紹介をしなさい」
「はい」
そう言うと、黒板に自分の名前を書き始めた。
「赤穂 夕貴といいます。皆さん、どうか、よろしくお願いします」
赤穂 夕貴が一礼すると生徒達は拍手をして歓迎した。
「へえ、キレーな子だな。一ノ瀬君、どう思う?」
守は窓の外ばかり見ていて、転校生など眼中にないといった感じだ。
由香が彼の肩を揺さぶると振り返った。
「どうかしたのか?」
「どうかしたのかって、ほら転校生だよ」
由香に言われて守はやっと転校生に目を向けた。
「ああっ!」
守は赤穂夕貴を見るなり、急に席から立ち上がった。
「ど、どうした? 一ノ瀬、知り合いか?」
教室にいる生徒達の視線が一斉に守の方に移る。
「あ、いや、その……」
守が返答に困っていると夕貴が代わりに答えてくれた。
「はい、一ノ瀬君と私は小学生の時に同じクラスでした」
「ほう、そうか。しかし、一ノ瀬、お前もオーバーだな」
「あ、す、すいません……」
守はうなだれて席についた。
「それじゃ、久しぶりの再会ということもあるし、話しやすいだろうから、赤穂、お前の席は一ノ瀬の隣にするぞ」
「はい、ありがとうございます」
夕貴は腰まで伸びた美しい髪をなびかせて、守の席についた。
「よろしくね、一ノ瀬君」
夕貴は守に微笑んだ。
「ちっ」
守はひどく動揺していた。彼の動揺は異常なまでに激しかった。そんな彼を見て由香は首を傾げるばかりであった。
*
「なぜ、ここに来た! 俺がやってきたことが全て無駄になるじゃないか!」
ひと気のない理科室の中で守は夕貴に激しく迫っていった。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。おやっさん。私も悩んだ末に、おやっさんのそばにいることにしたんです。みんな、心配していたんですよ」
「余計なお世話だ。俺は俺のやり方で、〝マザー〟の連中と戦うつもりだ。お前らは黙っていろ!」
「そんな……おやっさん、一人で死ぬつもりなんでしょ? 嫌ですよ。そんなの」
夕貴の大きな瞳には涙が浮かんでいた。
「ちっ、もういい……勝手にしろ!」
そう言うと、守はやりきれない顔で理科室から去って行った。
守と入れ違いに一人の女子生徒が現れ、涙を手で拭く夕貴に気がつくと話しかけてきた。
「あ、赤穂さん。さっき、一ノ瀬君と話してたの?」
「あなたは、え~っと……」
慌てて涙を拭いて、女子生徒の名前を思い出そうとしたが、動揺しているせいか、なかなか名前がでてこない。
「あ、私は品田 由香。よろしくね」
由香は夕貴に手を差し出した。
「あ、うん。こちらこそ、わかんない事とかあるだろうから」
二人は照れくさそうに握手をした。
「ねえ、さっき一ノ瀬君と話していたの? あなた、泣いていたようだけど」
由香が心配そうに夕貴の顔を覗きこんだ。
「あ、あれ、大丈夫だよ。別におやっさんに泣かされたわけじゃないから」
「オヤッサン?」
由香は顔をしかめた。
「あ、ごめん、それ、一ノ瀬君のあだ名なんだ」
それを聞いて由香は腹を抱えて大笑いした。
「アハハッ、一ノ瀬君がオヤッサンだなんて可笑しい!」
「そうかな?」
「可笑しいよ! オヤッサンなんてまるでヤクザじゃん。でも、一ノ瀬君もこんな美人の知り合いがいるなんて、彼も隅に置けないな~」
由香が目を細めてわざとらしく夕貴の胸を指で突っつく。
「私とおやっさんはそんなんじゃないよ」
「え、そうなの。私は普段、クールな一ノ瀬君があなたを見て、あんなに驚いていたから、こりゃまた、何かあるな~なんて思ってたけど……」
「誤解だよ。私とおやっさんはなんて言ったらいいか、兄弟に近い関係だよ」
「ふーん、兄弟なんて、なおさらヤクザみたいだな」
「ハハハッ、そんな人聞きの悪い……」
夕貴は頭を掻いて苦笑いをした。
「……どうかしたのか? お前がそんなことを言うなんて」
「いや、ただ気になっただけさ」
「『大脱走』でも再現する気か?」
「それもいいかもな」
「バカ言え。あの作品のラストを知っているのか? 主人公のスティーブ・マックイーン以外、みんな、死ぬんだぞ。お前が脱走してもまた、この壁を見ることになるさ」
「ああ……そうだな。俺一人のためにお前達を殺すわけにいかないな……」
「……やってみるか?」
「え?」
「やってみよう。あいつらも、お前のわがままなら聞いてくれるだろう」
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「Cブロック、Bブロック共に壊滅状態! このままではAブロックも突破されてしまうぞ!」
白衣を着た男達は大型のコンピュータと複数のモニターに囲まれた部屋の中を慌しく駆け回っている。
「どうしたというの! 一体、誰がこんなことを?」
慌しい部屋に男達と同じく、白衣を纏った女が現れた。細身ではあったが背が高く、長身のそれはモデルのような体型であった。
「江崎所長! 大変です! PX‐0082が暴走しました。現在、Aブロックを進行中です」
江崎と呼ばれた女はまだ三十代半ばと見える若さで所長と呼ばれていた。
「PXシリーズが! 私だけでは手が負えないわ。至急、〝現時会〟に連絡して!」
激しく点灯するモニターの光が江崎の眼鏡に映る。
「何をするつもりなの……〝冬の蝉〟」
「だ、だめです! やられました……Aブロックも突破されました!」
慌しかった所員達の顔が青ざめていく。
「さすがね……現時会のジイさん達にどやされるわ」
一年後
「おはよう」
振り返るとクラスメイトの品田 由香がニコニコ笑ってこっちを見ていた。
「ああ」
「今日は私と一ノ瀬君が日直だよね。さっ、早く片付けちゃおう」
一ノ瀬 守は由香に腕を引っ張られて教室に向かった。
「はぁ~、なんで、この学校の日直ってこんな朝っぱらから、授業の準備なんてしなきゃいけないのかな。不公平だよね、先生達は何もしないんだよ」
二人は一時間目に使われる教材を教卓に並べていた。
「ああ」
守はうつむいたまま、無愛想に返事をした。
「元気ないね。ちゃんとご飯食べてる?」
「ああ」
「もう、一ノ瀬君、今日はまだ、『ああ』しか言ってないよ」
「ああ」
守はこの三枝高校に転校してきて一年になる。学校生活の面では極力、人との接触を避けて、友達もつくらずにいた。
それが彼の望みでもあった。
だが、クラスメイトも近づかない彼にずっと、引っ付いてくる少女がいた。
それが同じクラスの品田 由香である。彼女は守が転入してから、持ち前の笑顔で彼をいろんな行事に誘ったりして、なんとかして守の心を開かせようと努力していた。
それが守には面倒でしかたがない。
彼女を突き放したい気持ちも山々だが、あの無拓な瞳とえくぼにはかなわない。
「おい、こっちは終わったぞ」
「あ、やっと、喋ったねって……もう、終わったの! 早いな~」
「じゃあ、俺は行くからな」
「えっ、どこに行くの? ホームルームまでにはまだ時間あるけれど……」
「さあな」
守は無意識のうちに由香を遠ざける癖をつけていた。この投げやりな答え方もその一つである。
「さあなって……あ、そう言えば、今日は転校生が来るんだよ。楽しみだね」
「別に……」
守は鞄を持って、教室を出た。
(あの女は本当に疲れる)
守はやっとのことで由香から逃げ出すと、胸を撫で下ろした。
*
「由香、日直おつかれ~」
「本当にそう思ってんの? 私、マジで疲れたよ」
由香は机にぐったりと頬をつけた。
「ハハッ、あんたが真面目すぎるんだよ。それより、大丈夫だった?」
「え、なにが?」
「だから、あの男だよ。一ノ瀬守、あいつ、マジで怖いじゃん。なんかされなかった?」
「されるわけないじゃん。一ノ瀬君って物静かなだけで全然、怖くないよ。まあ、確かに無愛想だけど」
由香は初対面の人間でもすぐに仲良くなれるような人なつっこい性格の持ち主で、活発的で明るく、いつも笑顔を絶やさない、そんな少女であった。
由香にはクラスメイトが守を避ける理由が分からなかった。クラスのみんなは私が変わっているからだと言う。でも、そうは思わない、彼は社交性が乏しいというだけであって悪い人間ではないと確信していた。
「よし、ホームルームを始めるぞ。みんな、席につけ」
担任教師が教卓に立ち、出席簿を開いた。
「えっと、今日は出席を取る前に転校生を紹介する。君、入りなさい」
教室の戸が開くと、一人の女が入ってきた。
175センチの長身、その姿は高校生とは思えない抜群のプロポーションであった。
「おお、スゲー美人じゃん」
「なんだあの胸は? バケモンか!」
転校生を見て、生徒達はざわめきだした。
「こらっ、静かにしろ! それじゃ、自己紹介をしなさい」
「はい」
そう言うと、黒板に自分の名前を書き始めた。
「赤穂 夕貴といいます。皆さん、どうか、よろしくお願いします」
赤穂 夕貴が一礼すると生徒達は拍手をして歓迎した。
「へえ、キレーな子だな。一ノ瀬君、どう思う?」
守は窓の外ばかり見ていて、転校生など眼中にないといった感じだ。
由香が彼の肩を揺さぶると振り返った。
「どうかしたのか?」
「どうかしたのかって、ほら転校生だよ」
由香に言われて守はやっと転校生に目を向けた。
「ああっ!」
守は赤穂夕貴を見るなり、急に席から立ち上がった。
「ど、どうした? 一ノ瀬、知り合いか?」
教室にいる生徒達の視線が一斉に守の方に移る。
「あ、いや、その……」
守が返答に困っていると夕貴が代わりに答えてくれた。
「はい、一ノ瀬君と私は小学生の時に同じクラスでした」
「ほう、そうか。しかし、一ノ瀬、お前もオーバーだな」
「あ、す、すいません……」
守はうなだれて席についた。
「それじゃ、久しぶりの再会ということもあるし、話しやすいだろうから、赤穂、お前の席は一ノ瀬の隣にするぞ」
「はい、ありがとうございます」
夕貴は腰まで伸びた美しい髪をなびかせて、守の席についた。
「よろしくね、一ノ瀬君」
夕貴は守に微笑んだ。
「ちっ」
守はひどく動揺していた。彼の動揺は異常なまでに激しかった。そんな彼を見て由香は首を傾げるばかりであった。
*
「なぜ、ここに来た! 俺がやってきたことが全て無駄になるじゃないか!」
ひと気のない理科室の中で守は夕貴に激しく迫っていった。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。おやっさん。私も悩んだ末に、おやっさんのそばにいることにしたんです。みんな、心配していたんですよ」
「余計なお世話だ。俺は俺のやり方で、〝マザー〟の連中と戦うつもりだ。お前らは黙っていろ!」
「そんな……おやっさん、一人で死ぬつもりなんでしょ? 嫌ですよ。そんなの」
夕貴の大きな瞳には涙が浮かんでいた。
「ちっ、もういい……勝手にしろ!」
そう言うと、守はやりきれない顔で理科室から去って行った。
守と入れ違いに一人の女子生徒が現れ、涙を手で拭く夕貴に気がつくと話しかけてきた。
「あ、赤穂さん。さっき、一ノ瀬君と話してたの?」
「あなたは、え~っと……」
慌てて涙を拭いて、女子生徒の名前を思い出そうとしたが、動揺しているせいか、なかなか名前がでてこない。
「あ、私は品田 由香。よろしくね」
由香は夕貴に手を差し出した。
「あ、うん。こちらこそ、わかんない事とかあるだろうから」
二人は照れくさそうに握手をした。
「ねえ、さっき一ノ瀬君と話していたの? あなた、泣いていたようだけど」
由香が心配そうに夕貴の顔を覗きこんだ。
「あ、あれ、大丈夫だよ。別におやっさんに泣かされたわけじゃないから」
「オヤッサン?」
由香は顔をしかめた。
「あ、ごめん、それ、一ノ瀬君のあだ名なんだ」
それを聞いて由香は腹を抱えて大笑いした。
「アハハッ、一ノ瀬君がオヤッサンだなんて可笑しい!」
「そうかな?」
「可笑しいよ! オヤッサンなんてまるでヤクザじゃん。でも、一ノ瀬君もこんな美人の知り合いがいるなんて、彼も隅に置けないな~」
由香が目を細めてわざとらしく夕貴の胸を指で突っつく。
「私とおやっさんはそんなんじゃないよ」
「え、そうなの。私は普段、クールな一ノ瀬君があなたを見て、あんなに驚いていたから、こりゃまた、何かあるな~なんて思ってたけど……」
「誤解だよ。私とおやっさんはなんて言ったらいいか、兄弟に近い関係だよ」
「ふーん、兄弟なんて、なおさらヤクザみたいだな」
「ハハハッ、そんな人聞きの悪い……」
夕貴は頭を掻いて苦笑いをした。
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