上 下
1 / 1

出会いこそ最悪だったけど

しおりを挟む

 僕の名前は、草加 煎餅くさか せんべえ
 17歳、高校二年生の独身。
 友達ゼロ。恋愛経験もゼロのゴミスペック男子だ。

 幼い頃から、吃音に悩まされている。
 人前で上手に話すことができないこともあって、友達はおろか、好きな女の子に話しかけることもできないでいた。

 あの日までは……。

 僕のクラスには、飛び切りの美少女がいる。
 高嶺 華たかね はなさんだ。

 ハーフの帰国子女らしく。
 長い銀髪を揺らせて、廊下を歩くだけで絵になるハイスペック女子。
 頭も良くて、学年では常に一位の成績を誇る。
 おまけに文武両道。
 所属している部活動のテニス部で、全国優勝まで導き出し、世界新記録まで塗り替えた。

 クラスの……いや、全校生徒の憧れの存在。

 僕なんかじゃ、一生話しかけられない女の子。
 そう思っていた。

 だが、運命は突然訪れた。

 昼休みが終わり、掃除の時間。
 僕は階段を一人でほうきで掃く。
 周りの男子は、真面目に掃除をせず、少し離れたところで、遊んでいる。

 僕が
「あ、あ、あ、みんな。そ、掃除しようよ……」
 なんて言うと、男子たちは嘲笑う。
「はぁ? なにいってか、わかんねぇよ。草加」
「ど、ど、ど、どうして。お、俺たちがやらないといけないわけ?」
「はっははは!」
 という具合だ。
 いつものことだから、慣れている。

 ため息交じりに、埃が溜まったちりとりを手に取る。
 その時だった。

「きゃあっ!」

 上の方を見ると、高嶺さんが階段の踊り場で、山のような教科書を持って、ふらついていた。
 片足でどうにかバランスを保っているが、時間の問題だった。
 このままでは、彼女の身が危ない。
 危険を察知した僕は、ほうきとちりとりを投げ捨てて、彼女の方へと駆け寄る。

 両手を広げて、しっかりキャッチする。
 はずだった……。

 一瞬のことだったから、よく覚えてないが。
 高嶺さんが僕に向かって、飛び込んでくるところで、映像はブチンと途切れてしまう。

 気がつけば、眼前はブラックアウト。
 視界はなにかで塞がれている。
 そして、すごく重い。

 一体、なにが起こったんだ?
 僕がゆっくり身を起そうとする。
 一筋の光りが、暗闇を照らす。
 チラッと目に入ったのは、ピンクのレース。

「ん、なんだ?」
「いやぁ! 見ないで!」

 またブラックアウト。

「ふごごご!」
 
 今度は鼻の穴まで塞がれてしまう。
 
「見ちゃいやぁ!」

 高嶺さんの声か……。
 ということは、僕の顔面にあるものは、まさか!?

「くっ、くっ、くっ……」

 またいつもの吃音症状が出てしまう。
 と思ったが、僕も動揺していたせいか、予想を遥に超える大声で、叫ぶ。

「くっせぇ!!!」

 静まり返る。

「な、な、な……なんですってぇ!」

 視界が元に戻る。
 いきなり景色が明るくなったので、眩しい。

 目の前にあったのは、ピンクのレースのパンティー。
 と、見たこともないぐらい顔を真っ赤にした高嶺 華さん。
 随分、興奮しいてるようで、肩で息をしている。
 パンツのことなんて、気にならないぐらい怒っているみたいだ。
 床に倒れた僕を仁王立ちで見下ろしている。

「あなた! 今、なんて言ったの!」
 ビシッと僕の顔を指差して、怒りを露わにする。
 突然の出来事で、僕もうろたえる。
「は、はあ!? そっちが落ちそうだったから、僕が助けてやったんじゃないか!」
 自分でも考えられないぐらい、スラスラと喋れている。
「助けてやったですって!? じゃあ、そ、その……臭いってなにがよ!」
 逆ギレだ。
 僕もカチンときた。
「臭いから臭いと言っただけだ! 君が勝手に自分の股間を僕の顔にくっつけるのが悪いんだろ!」
「なんですってぇ!」

 気がつけば、激しい言い合いになっていた。

「私のような可愛い女の子の、下着を拝んでおきながら……よくもまあ」
「自分で自分のことカワイイなんていう子なんて、ごめんだね!」
「あなた何様なの!?」
「君の方から股間を擦り付けて来たんじゃないか!」
「言わせておけば……あなた、名前はなんていうの!?」
「ふんっ! 同じクラスの生徒の名前も知らないのかい? 案外、記憶力悪いんだね。草加 煎餅だよ!」
「あなたねぇ……草加くんね、しっかり覚えたわ! 言っておくけど、今朝たまたまお風呂に入る時間なくて、下着を着替えなかっただけなんだからね!」
「あぁ、そうかい!」

 その日以来、僕たちは毎日、顔を合わせる度にケンカした。

「あ~! あなたは草加くん! 私のことを臭い呼ばわりした最低男!」
「なっ!? 高嶺さんのパンツが臭かったことは事実じゃないか!」
「また言ったわね!」
「ああ、何度でも言ってやるさ!」

 気がつけば、僕は吃音の症状が治まっていた。
 怒って喋るからかもしれない。
 彼女の前だと、本当の自分。
 本音で喋れていることに気がつくのは、それから半年後のこと。


「草加くん、あなた。成績悪すぎなんじゃない? 私が勉強を教えてあげるわ!」
「はぁ? なんで僕が高嶺さんに教えてもらわないといけないのさ!」
「あなたのレベルが低すぎるからでしょ! 私と一緒に歩けるぐらいの男になりなさいよ!」
「なんて失礼な言い方だ! いいさ、やってやるよ!」

 毎日、放課後の図書室で高嶺さんと猛勉強。
 おかげで僕は学年でトップの成績を手にした。

「フン! この私のおかげね! この調子で大学も同じ所をめざしさない!」
「上から目線だな! 高嶺さんは!」

 出会いは最悪だったけど、僕と彼女は建前のない関係になれた。
 本音で互いの悪いところばかり、指摘していたが……。
 もう言い尽くしたころ。
 良いところばかりが口から出てしまう。

「草加くんの真っすぐなところ……嫌いじゃないわ」
「僕も高嶺さんの裏では努力家なところ、嫌いじゃないよ」

 ~数年後~

「これ、受け取ってくれないか?」
 高嶺さんに差し出したのは、一つの小さな紙袋。
「な、なによ。急に改まって……」
 包装紙をきれいに開く。
 持ち上げてみせると、そこには真っ白なレースのパンティーが一枚。

 案の定、顔を真っ赤にして怒り出す高嶺さん。
「ちょ、ちょっと! まだあのことを引きずってるの!? 煎餅くん!」
 今では下の名で呼び合う仲だ。
「ふふ。違うよ、よく見てごらん、華ちゃん」
 パンティーの前部分にあるリボンを指差してみる。
 キランと輝くアクセサリー。
「こ、これって……」
 そうダイヤの指輪を予め用意しておいたのだ。

「結婚しよう」
 涙を流す華ちゃん。
「煎餅くん……答えはイエスよ」
 パンティーのリボンから、リングを抜き取ると、彼女の左薬指にすっと入れてみる。
「「ふふふ」」

 こうして、僕と彼女は最悪の出会いから、最高の夫婦へと関係を改めることが出来た。

 結婚後、間もなく、子宝に恵まれる。
 しかも双子だ。
 華ちゃんに頼まれて、僕が命名した。

 男の子には、九佐夫くさお
 女の子には、句紗子くさこ

 一軒家を購入し、毎年、表札の前で家族写真を撮る。

 草加 煎餅くさか せんべえ
    はな
    九佐夫くさお
    句紗子くさこ

「「「「はい、チーズ!」」」」

 隣りに立つ華ちゃんが、僕にだけ聞こえるような小さな声で呟く。
「私、あれ以来……毎日下着に香水をかけているのよ……」
 頬を赤らめる奥さんの華ちゃんは、世界で一番かわいい。
「ふふっ。でも、あのパンティーがなければ、今の僕たちはなかったよ」
「そうね」

   了
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

大好きな彼氏に裏切られたと思ったら魔王に溺愛されました。

めろめろす
恋愛
大好きな彼氏、小鳥遊御門君のために全てを犠牲にして尽くしてきた藤野亜月。  ある日、御門君と歩いていると変な光に飲み込まれて気付けば目の前に女神が。 「御門君は勇者で可愛らしい聖女と結婚する」なんてことを言われて断固反対。一緒に異世界に行ったものの、御門君は聖女といい雰囲気に。  そして魔王と通じているととんでもない誤解をされて、「裏切り者」と罵られた亜月は最愛の御門君に攻撃されて生死の境を彷徨う。  そんな亜月を助けてくれたのは、御門君たちと敵対する魔王。「アヅキを世界一幸せな女の子にする」とグイグイ迫ってくる御門君を超える美形にアヅキはタジタジ。  一方アヅキを捨てた御門君にはとんでもない報いが待っていて…?  一生懸命彼氏に尽くしていた女の子が捨てられて、さらにハイスペックな魔王様に溺愛されて幸せになる物語です。 カクヨムにも掲載中。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結・全7話】妹などおりません。理由はご説明が必要ですか?お分かりいただけますでしょうか?

BBやっこ
恋愛
ナラライア・グスファースには、妹がいた。その存在を全否定したくなり、血の繋がりがある事が残念至極と思うくらいには嫌いになった。あの子が小さい頃は良かった。お腹が空けば泣き、おむつを変えて欲しければむずがる。あれが赤ん坊だ。その時まで可愛い子だった。 成長してからというもの。いつからあんな意味不明な人間、いやもう同じ令嬢というジャンルに入れたくない。男を誘い、お金をぶんどり。貢がせて人に罪を着せる。それがバレてもあの笑顔。もう妹というものじゃない。私の婚約者にも毒牙が…!

夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~

小倉みち
恋愛
 元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。  激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。  貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。  しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。  ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。  ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。  ――そこで見たものは。  ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。 「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」 「ティアナに悪いから」 「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」  そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。  ショックだった。  ずっと信じてきた夫と親友の不貞。  しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。  私さえいなければ。  私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。  ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。  だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

皇太子からの求婚を断ったら嫌がらせとして竜人様の花嫁に任命されました。

凪鈴蘭
恋愛
「つまりだな、私はお前達姉妹を妃に迎えたい。」 侯爵令嬢であり、皇太子ルイスフォードの婚約者であるリベルタ。 ある日ルイスフォードに呼び出されると、リベルタの双子の妹、 カルディナと関係を持ってしまったことを明かされる。 婚約破棄かと思いきや、ルイスフォードは二人を同時に妃に迎える気でいた。 婚約者になんの悪びれる姿勢もなく、妹を妃に迎えるのは責任を取っただけなどと吐かすルイスフォードに呆れたリベルタは (紅茶を皇太子の頭にぶっかけた後)婚約者の座を辞退する。 だがルイスフォードのプライドがそれを許さなかったらしく、 王命と称し、国の守護者の1人である「竜人」の元へ リベルタを嫁がせると言い出してしまったが… ※タイトル編集しました。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

処理中です...