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第22話

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 緊張するなぁ。昨日まで自分の家だったのに……。足が重くなる。
 マンションのエレベーターから出てきたというのに、かれこれ5分ほど足が進まない。

「大丈夫だから。ヒロくんには私がついてる!」

 あすかの声援でどうにか、実家の玄関の前でやってこれた。
 とりあえず、チャイムを鳴らす。すかさず、あすかがその行動に突っ込む。

「え? 家のカギ持ってないの?」
「いや、持っているけど……他人の家な気がして」
「もう! ふざけてないで、カギを開けて!」
 言われるまま、素直にカギで玄関のドアを開ける。


「ひろし!」
 叫び声でビクッと震えてしまった。そう叫んだのは母さんだった。
「あ、あんた……今まで……今までどこ言ってたの!?」
 こんなに必死な顔の母さんは久しぶりだ。目の下には大きなくまができている。


「あの……謝ろうと思いまして……上がってもよろしいでしょうか?」
 なぜか敬語で話してしまう。

「バカだね! ここはあんたの家やろうが! 本当にずっと心配してたんやけん! この子は……」
 力が抜けたのか腰を抜かしてしまう。

「か、母さん!」
 驚いたもんだから靴を履いたまま家に入り、母を抱きかかえた。
「大丈夫!?」
「大丈夫なもんか……寿命が何年も縮んだよ。バカ息子が!」
 コツンと俺の頭をゲンコツで叩く。「イテッ」とリアクションをとっていると、抱える母さんの身体が小刻みに震えている。

「ごめん、母さん……」
 母の様子に気がつかない俺に変わって、あすかがフォローする。
「おばさん。これをどうぞ」

 廊下に立っていたあすかが靴を抜いで、ピンク色のレースのついたハンカチを差し出した。
 ん? それがあるなら昨日の俺が渡したハンカチいらなかったんじゃね?


「あ、ありがとうございます……ん? あなたは?」
 いきなり現れたセーラー服を着た俺の彼女を見て、さらに腰を抜かしている。
「ヒロくん……広くんとお付き合いさせてもらっている。隣りの平野 あすかです」
 満面の笑みで母を見つめる。ナイススマイルだ。

「ああ! 平野さん家の……って、あすかちゃん!? まあ大きくなってぇ」
「ええ、お久しぶりですね。おばさん」
 なぜか2人の世間話が続く。


「兄さん!」
 居間のドアが壊れるぐらい強い声で、その男は叫んだ。
 そう柴犬、守くんだ。叫び声で俺はビクッと震えた。

「ああ、守か。悪かっ……ぶへっ!」
 厚い筋肉できた鎧で俺を力いっぱい抱きしめる。

「兄さん! 出て行くなんて! 考え直してください! 僕は兄さんの昨日の言葉は本当に嬉しかったのですが……あれだけで僕たち兄弟の関係を終わらせたくありませぇーん!」
 あすかに勘違いされるようなことを言うな、柴犬。
 更に強靭な筋肉は俺を圧迫し続ける。

「く、苦しい……たすけてぇ、あすか……」
「ハハハ! みんなに愛されているね、ヒロくん」
 腹を抱えて笑うあすかを見て、守の筋肉が緩む。


「む! このお嬢さんは!?」
 俺が咳で苦しんでいる間、あすかを睨みつける柴犬。
 飼い主を守ろうとでも言うのか?

「あ、私、広くんとお付き合いさせてもらっている、あすかと申します」
 筋肉野郎に律儀にも深々と頭を垂れる我が愛しのJK。
「兄さんの……か、彼女ですって!?」
 なんだその失礼なリアクションは? 殴るぞ。

「これはこれは……私、兄さんの妹、京子さんの夫で……」
 あすかよりも深く頭を垂れると胸ポケットからケースを取り出し、名刺を手渡した。
「株式会社メタルビジョンを経営しております。落合 守おちあい まもると申します!」
 名刺を見て驚くあすか。

「うわぁ、社長さんなんですね~」
「いやいや、小さな会社ですがね」
 JKになぜか照れる柴犬。盗るなよ?



「母さん……京子は?」
 急に空気が重くなる。
「テレビの部屋で子供達を寝かせてると思うよ……みんな徹夜であんたを探してたからね」
 グサッと胸に刺さる。俺があすかっとズッポリやってるときに、みんなで探してくれてたなんて……。

「ヒロくん……妹さんにも謝ろう」
「い、いえ、そんな! 元々、京子が兄さんをあんな悪く言ったのが事の発端ですから」
 すかさず、フォローに入る忠実な柴犬。

「いや……京子にも謝るさ」
 居間に入るとちょうど子供達を寝かせられたのか、テレビの部屋のふすまをしめる京子と向かい合うように目があった。
「……帰ってきたの?」
 声は未だ凍りきっている。
 目が赤く充血していて、くまは誰よりも酷い。
 まさか俺のことを必死に待っていたのか?

「あ、あのさ……悪かったよ」
「なにが?」
 腕を組んで、またカレンダーに目をやる。
 そんなに俺を見たくないかよ。

「だから……昨日のこと」
「別に……」
 可愛くないなこいつ。
 まあ、あすかが可愛すぎるんだけど♪

「その……子供たちは眠ったのか?」
「関係……ないじゃん」
 またこのやりとりか。
 こいつとはやはり子供のころの関係には戻れないかな……。


「ていうかさ。そこの若い女……誰?」
 俺の後ろに立つJK、あすかを指している。
「ああ、紹介するよ。俺の彼女、あすか」
 すかさず、あすかもちょこちょこと前に出る。

「はい、広くんとお付き合いさせてもらっています。平野 あすかです!」
 どうやら京子の並々ならぬ迫力にあすかも少し緊張している様子だ。
「彼女? お付き合い?」
 こいつ……なんなんだ。あすかに対して……。
 ムカついてきたぞ。

「昨日から付き合ってるんだ」
「きのうから?」
 視線が俺に戻される。
「だまされているんじゃん……童貞だから」
 イラッ! しかも童貞関係ないし!
 まあなくもないのか……。


「なんだと!」
 重たい空気が流れだす。
「おい、俺のことはいいが、あすかのことは悪く言うな! こんな俺を全力で受けて止めてくれたんだ! お前ら家族以上にな!」
 俺の最後の言葉に京子の身体が一瞬震えた。俺を睨みつける京子。

「あんたなんか……」
 両腕を腰の辺りでぐっと拳を強く作り、怒りをこらえきれないようだ。
 だが、それでもいい。
 俺にとってあすかは今や家族、いや、それ以上だ。

「ヒロくん、良くないよ! 京子さんも徹夜で待って……探してくれてたのに。今のは良くない!」
 俺の腕を掴んで頼まれたが、あすかの頼みでちょっと今は謝れない。
 あすかへの最大の愛情表現でもあるのだから。

「もう知らない!」
 大きな叫び声で部屋中が震えるように響いた。
 頬を赤くし、涙をいっぱい浮かべて自分を抱きしめるように身体を震わせている。
 ちょっと……かわいそうだったかな? あはは。

「あ……その……」
 前に出て京子に手を差し出すと、平手ではね返された。
「いてっ!」
「もう……もうお兄ちゃんなんか……」
「え?」
 今? なんて言った?


「お兄ちゃんなんか、知らないんだから! 嫌い嫌い! 大嫌い!」
 おいおい、お前もう30歳だろ……萌えないぞ。あすかでもギリギリだぜ。
「そんな若い女の子とどっかいっちゃえばいいんよ! 私のことなんかほっといて、どっかいって! うわーーーん!」
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