12 / 26
第12話
しおりを挟む俺たちは木村先生に言われた通り、手羽先を食べていた。
と言っても小さな居酒屋なのだが。
夫婦らしき中年の男女がカウンター前で注文を取ったり料理している。
仕事帰りのサラリーマン、OLで店内はかなりにぎわっていた。
カウンターに通され、もう何皿も手羽先ばかり注文している。
「はい! 手羽先とビール、お待ちどうさん!」
左手にパリッと揚げられた手羽先を、右手にはビールを持って乾杯。
本日、何回目の乾杯だろうか?
「おーし! 友情に乾杯!」
「失恋に乾杯!」
またいらぬことを。
イッチーのいやらしい笑顔にカチンときた俺は首を絞めてゆする。
「てーめぇ!」
「ハハハ!」
とても居心地が良かった。
確かに昔の故郷はもう既に俺の知るものは少なかったが、少なくてもいいじゃないか。
この心を許せる、親友がいるのだから。
「なぁなぁヒロちゃん。この後さ。風俗でも行かない? 僕、妹系がいいな♪」
急な無茶ぶりにうろたえる。
「ええ!? 俺、嫌だよ……だって童貞だもん」
風俗とか怖いわ。「お客さん、童貞なの!?」とか言われそうで。
「アナルプレイが気持ちいいよ! 3つの穴を吸って、舐めたい!」
大きな声で手羽先の骨を振り回して叫ぶ。
3つの穴って……。こいつ、マン汁、小便、大便、全部を飲む気か?
「お前、酔っ払ってんな……」
周囲の視線が俺たちに集まる。
とても恥ずかしいんだが。
店長らしきおじさんが話を聞いていたのか、割り込んでくる。
最初は怒られると思ったけど。
「え、お兄さんまだ童貞なの!?」
店中に響き渡る声で店長が話すもんだから、周りにいる若い男女が一斉に俺を見た。
そして、酒も入っているせいか、店長の一声で大笑いが始まる。
「も、もっと小さな声で頼みますよ…」
「ありゃ、すみませんね……オイラも心配なんですよ! でもお友達の言うとおり! この店の近くにいい店ありますよ! なんならご案内しましょうか?」
隣りにいた中年の奥さんが大将を睨む。
「あんたが行きたいだけだろ…」
「んなわけないだろ! こりゃ男同士の悩み……いやいや人生最大のターニングポイントですよ! お兄さん!」
そこまで力説せんでも、ことの重大さには気づいてるわ!
「いや、俺はちゃんと恋愛して、童貞は捨てたいです」
「そんなもん大切にしたって仕方ないよ、お兄さん? このままじゃ、童貞のまま死んじゃうよ!?」
それだけは避けたいんだよ、こっちは!
「アナルプレイ!」
まだ言ってんのかこいつは?
「もういいよ、イッチー! ところで俺を呼び出した理由ってなんだよ?」
「アナルプレ……ああ、そうだったね。大事なことを言い忘れてたんだ、アハハ!」
アハハじゃねぇよ。
「僕ね、実はそんなに売れてないけど、マンガ書いてるんだ」
「マンガ!? スゲーんじゃん!」
俺が驚くと照れくさそうにバッグから一冊の本を取り出した。
「これなんだけど……」
イッチーの手にあった本は俺のよく知るマンガ、『カミナリマン』だった。
今、一番、ノリにのっているマンガで、重版に次ぐ重版。そして、アニメ化も決まっている。
「ああ! 俺、これ知ってるよ! 今度アニメ化すんだろ!」
ザワッと俺たちの後ろにギャラリーができる。
「お恥ずかしい…」
「マジかよ……お前がこれ書いてたのかよ!? 早く教えろよ! 買ったのに!」
両手をカウンターの下で、もじもじと思春期のJCみたいな反応をしやがる。
「いやぁ、ある程度、安定するまではヒロちゃんには言いたくなかったんだ」
「なに言ってんだよ! 親友だろ?」
バシッとイッチーの背中を叩く。
「ううう…」
その声を辿ると、カウンター内で大将と奥さんが肩を震わせていた。
「うう、親友だからだよ、お兄さん! 友の力を借りず、自分の力だけでのし上がりたかったんだろ、な!」
「な、泣けるねぇ……」
頭をかいて恥ずかしがるイッチー。
「まあのし上がるというか、仰る通り、友達のヒロちゃんの力を借りるわけにはいかなかったんです。ヒロちゃんに認めてもらうには周りから…と思いまして…」
顔を真っ赤にしているイッチーに対して、大将と奥さんは泣きながら鼻をかんでいる。
「最高だ、あんたら! 感動したよ! これはオイラから、あんたたちの友情へだ!」
山盛りのキャベツがカウンターに出された。
いや、そこは山盛りの手羽先だろ……。
「そっか、おめでとう、イッチー! 自分のように嬉しいぜ」
「あ、ありがとう。でも、実はもう1つあるんだ……」
まだモジモジくんモードが続いている。
「なんだよ?」
答えが長そうなので、手羽先を食いながら聞く。
「僕…この前、子供が生まれてさ」
「ブッ!」
噛み切れてない肉がイッチーの顔に噴射される。
「うわっ! 汚いな!」
おしぼりで顔をふくイッチー。
「わ、悪いって、お前がそんなこと隠してたからだろ!?」
「別にこれは隠してたわけじゃないんだ。実は親に反対されていてね……」
「え、どういうこと?」
細い目を更に細くして、どこか遠くを見ているようだ。
「ほら、僕ん家自分で言うのもなんだけど、金持ちだろ?」
さらっと言われて少しムカついた。
「ああ、だから?」
イッチーが答える前にまた大将が話に入り込んでくる。
もうこのおっさんうるせえな!
「鈍いお兄さんだな。だからだろ! 失礼な話だが不釣合いな相手と親が判断したのさ」
「泣けるねぇ……」
なんなんだ? このウザい夫婦は。もう店を変えようかな。
「ええ、そうなんですよ。だからまだ籍は入れてないんです。妻、いや彼女が親に認められるまでは頑張るって……」
するとまたウザい夫婦が泣き出す。
「わかる! わかるよ、その気持ち! うちの母ちゃんも今はこんなセイウチだがね・・・」
「誰がセイウチだよ!」
包丁のみねで旦那の頭を殴る。
こ、怖え……。
「オイラも昔、母ちゃんの親に反対されてさ。遠く離れたこの地にお嬢様だった母ちゃんと、この店を建てたのさ」
お、お嬢様…。このセイウチっぽい人が?
「本当、あの時は辛かったね……」
しんみり語る奥さんに、店内は静かになっていた。
もう客全員がイッチーとこの夫婦の話に釘づけだ。
「だけどよ。今日、おばちゃんと会って笑って話してたじゃないか?」
するとイッチーが悲しそうに語る。
「あれはヒロちゃんの前の体裁さ。正直、今は駆け落ち状態&絶縁状態かな……」
「そっか……」
イッチーの話に夫婦と客がすすり声をあげる。
「それで、ヒロちゃんさえ良ければ、この後、僕の子供に会ってくれない?」
思いがけないリクエストに焦った。
「ええ!? 俺が!?」
「行ってやんなよ、兄さん!」
お前が言うな。
「そうだよ、親友の子供だろ? 甥みたいなもんさ」
いやいや、だからお前ら夫婦に聞いてねーよ。
俺は、自分の姪でさえ、触れたこともないのに。
「嫁さんもヒロちゃんに会いたいって、言ってるし……ダメかな?」
「まあ……いいよ。どうせ泊まるところもないから、お前ん家に泊ろうと思ってたし」
するとまた夫婦が割り込んでくる。
「よっ、日本一!」
「最高だよ2人とも!」
店内に拍手が巻き起こる。
帰りになぜかデジカメで写真を撮られ、「店に貼っとくね」と奥さんに言われた。
会計を済ませ、店から出ようとした時だった。
カウンターの中から夫婦と、店の奥で作業をしていたという、金髪の眉毛を剃り上げた怖い兄ちゃんが出てきた。
年はまだ10代、高校生ぐらいに見える。
「兄さんたちにこの子を紹介してもいいかな?」
「え、いいすけど?」
「ひょっとして、お子さんですか?」
金髪ボーイは顔を赤くしてうつむいている。
「おい」と大将が尻を叩くと、「わかってるよ」と手を払った。
「あ、あのお2人の話なんすけど、自分はついこの前までヤンキーの頭やってて……」
頭って、ガチじゃねぇか! 怖えーよ! 俺をスカウトする気かよ?
「お、おれ……俺!」
言葉に詰まって、急に元ヤンキーくんは泣き出した。変わりに大将が話し出す。
「実はちょっと前に、このバカ息子が事故ってね。けっこう心配したんですよ。それで入院している時に暇そうだったからね。オイラ達夫婦の結婚の話をしたら、急に丸くなっちまうんだから、笑っちゃいますよね! んでお2人の話を裏で聞いてて、店の奥でシクシク泣いてやんの!」
息子の背中をバシバシ叩きまくる大将。
泣いている元ヤンくんを見てちょっとかわいそうに見えた。
そんなに叩かなくても……。
イッチーを見ると優しく元ヤンくんに微笑んでいた。
続いて奥さんが話す。
「今はこんな家庭ですがね。この子が生まれて一年もしないうちに、私の反対していた両親が結婚を許してくれましたよ。やっぱり子供の力ってすごいんですね」
そのセイウチ母ちゃんも元ヤンくんの背中をバシバシ叩く。
あんたら両親のせいで、不良になったのでは?
「みたいですね」
どうやらイッチーには夫婦の言葉が伝わっているようで、満面の笑みだ。
最後に大将がイッチーの両手を掴んで、大きな声で伝えた。
「だから、あんたも負けないで! いつまで経っても親は親で、子は子なんだから! 他人には絶対になれねーよ!」
イッチーの目には大きな涙が浮かんだ。
とても感動するシーンなのだが、俺はその光景を見て、とても悲しいというか寂しかった。
普段はいつも変態な話で盛り上がっていた親友が、どこか遠い場所へ行ってしまった気がする。
イッチー、お前も……。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる