幼馴染を忘れられなくて童貞34年極めたらリア充になれた話

味噌村 幸太郎

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第12話

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 俺たちは木村先生に言われた通り、手羽先を食べていた。
 と言っても小さな居酒屋なのだが。

 夫婦らしき中年の男女がカウンター前で注文を取ったり料理している。
 仕事帰りのサラリーマン、OLで店内はかなりにぎわっていた。
 カウンターに通され、もう何皿も手羽先ばかり注文している。


「はい! 手羽先とビール、お待ちどうさん!」
 左手にパリッと揚げられた手羽先を、右手にはビールを持って乾杯。
 本日、何回目の乾杯だろうか?

「おーし! 友情に乾杯!」
「失恋に乾杯!」
 またいらぬことを。
 イッチーのいやらしい笑顔にカチンときた俺は首を絞めてゆする。


「てーめぇ!」
「ハハハ!」
 とても居心地が良かった。
 確かに昔の故郷はもう既に俺の知るものは少なかったが、少なくてもいいじゃないか。
 この心を許せる、親友がいるのだから。


「なぁなぁヒロちゃん。この後さ。風俗でも行かない? 僕、妹系がいいな♪」
 急な無茶ぶりにうろたえる。
「ええ!? 俺、嫌だよ……だって童貞だもん」
 風俗とか怖いわ。「お客さん、童貞なの!?」とか言われそうで。


「アナルプレイが気持ちいいよ! 3つの穴を吸って、舐めたい!」
 大きな声で手羽先の骨を振り回して叫ぶ。
 3つの穴って……。こいつ、マン汁、小便、大便、全部を飲む気か?

「お前、酔っ払ってんな……」
 周囲の視線が俺たちに集まる。
 とても恥ずかしいんだが。


 店長らしきおじさんが話を聞いていたのか、割り込んでくる。
 最初は怒られると思ったけど。

「え、お兄さんまだ童貞なの!?」
 店中に響き渡る声で店長が話すもんだから、周りにいる若い男女が一斉に俺を見た。
 そして、酒も入っているせいか、店長の一声で大笑いが始まる。

「も、もっと小さな声で頼みますよ…」
「ありゃ、すみませんね……オイラも心配なんですよ! でもお友達の言うとおり! この店の近くにいい店ありますよ! なんならご案内しましょうか?」
 隣りにいた中年の奥さんが大将を睨む。

「あんたが行きたいだけだろ…」
「んなわけないだろ! こりゃ男同士の悩み……いやいや人生最大のターニングポイントですよ! お兄さん!」
 そこまで力説せんでも、ことの重大さには気づいてるわ!

「いや、俺はちゃんと恋愛して、童貞は捨てたいです」
「そんなもん大切にしたって仕方ないよ、お兄さん? このままじゃ、童貞のまま死んじゃうよ!?」
 それだけは避けたいんだよ、こっちは!

「アナルプレイ!」
 まだ言ってんのかこいつは?
「もういいよ、イッチー! ところで俺を呼び出した理由ってなんだよ?」
「アナルプレ……ああ、そうだったね。大事なことを言い忘れてたんだ、アハハ!」
 アハハじゃねぇよ。


「僕ね、実はそんなに売れてないけど、マンガ書いてるんだ」
「マンガ!? スゲーんじゃん!」
 俺が驚くと照れくさそうにバッグから一冊の本を取り出した。
「これなんだけど……」
 イッチーの手にあった本は俺のよく知るマンガ、『カミナリマン』だった。
 今、一番、ノリにのっているマンガで、重版に次ぐ重版。そして、アニメ化も決まっている。

「ああ! 俺、これ知ってるよ! 今度アニメ化すんだろ!」
 ザワッと俺たちの後ろにギャラリーができる。
「お恥ずかしい…」
「マジかよ……お前がこれ書いてたのかよ!? 早く教えろよ! 買ったのに!」
 両手をカウンターの下で、もじもじと思春期のJCみたいな反応をしやがる。
「いやぁ、ある程度、安定するまではヒロちゃんには言いたくなかったんだ」
「なに言ってんだよ! 親友だろ?」
 バシッとイッチーの背中を叩く。


「ううう…」
 その声を辿ると、カウンター内で大将と奥さんが肩を震わせていた。

「うう、親友だからだよ、お兄さん! 友の力を借りず、自分の力だけでのし上がりたかったんだろ、な!」
「な、泣けるねぇ……」
 頭をかいて恥ずかしがるイッチー。

「まあのし上がるというか、仰る通り、友達のヒロちゃんの力を借りるわけにはいかなかったんです。ヒロちゃんに認めてもらうには周りから…と思いまして…」
 顔を真っ赤にしているイッチーに対して、大将と奥さんは泣きながら鼻をかんでいる。
「最高だ、あんたら! 感動したよ! これはオイラから、あんたたちの友情へだ!」
 山盛りのキャベツがカウンターに出された。
 いや、そこは山盛りの手羽先だろ……。


「そっか、おめでとう、イッチー! 自分のように嬉しいぜ」
「あ、ありがとう。でも、実はもう1つあるんだ……」
 まだモジモジくんモードが続いている。

「なんだよ?」
 答えが長そうなので、手羽先を食いながら聞く。
「僕…この前、子供が生まれてさ」
「ブッ!」
 噛み切れてない肉がイッチーの顔に噴射される。
「うわっ! 汚いな!」
 おしぼりで顔をふくイッチー。

「わ、悪いって、お前がそんなこと隠してたからだろ!?」
「別にこれは隠してたわけじゃないんだ。実は親に反対されていてね……」
「え、どういうこと?」
 細い目を更に細くして、どこか遠くを見ているようだ。

「ほら、僕ん家自分で言うのもなんだけど、金持ちだろ?」
 さらっと言われて少しムカついた。
「ああ、だから?」
 イッチーが答える前にまた大将が話に入り込んでくる。
 もうこのおっさんうるせえな!

「鈍いお兄さんだな。だからだろ! 失礼な話だが不釣合いな相手と親が判断したのさ」
「泣けるねぇ……」
 なんなんだ? このウザい夫婦は。もう店を変えようかな。


「ええ、そうなんですよ。だからまだ籍は入れてないんです。妻、いや彼女が親に認められるまでは頑張るって……」
 するとまたウザい夫婦が泣き出す。
「わかる! わかるよ、その気持ち! うちの母ちゃんも今はこんなセイウチだがね・・・」
「誰がセイウチだよ!」
 包丁のみねで旦那の頭を殴る。
 こ、怖え……。


「オイラも昔、母ちゃんの親に反対されてさ。遠く離れたこの地にお嬢様だった母ちゃんと、この店を建てたのさ」
 お、お嬢様…。このセイウチっぽい人が?
「本当、あの時は辛かったね……」
 しんみり語る奥さんに、店内は静かになっていた。
 もう客全員がイッチーとこの夫婦の話に釘づけだ。


「だけどよ。今日、おばちゃんと会って笑って話してたじゃないか?」
 するとイッチーが悲しそうに語る。
「あれはヒロちゃんの前の体裁さ。正直、今は駆け落ち状態&絶縁状態かな……」
「そっか……」
 イッチーの話に夫婦と客がすすり声をあげる。

「それで、ヒロちゃんさえ良ければ、この後、僕の子供に会ってくれない?」
 思いがけないリクエストに焦った。
「ええ!? 俺が!?」
「行ってやんなよ、兄さん!」
 お前が言うな。
「そうだよ、親友の子供だろ? 甥みたいなもんさ」
 いやいや、だからお前ら夫婦に聞いてねーよ。
 俺は、自分の姪でさえ、触れたこともないのに。

「嫁さんもヒロちゃんに会いたいって、言ってるし……ダメかな?」
「まあ……いいよ。どうせ泊まるところもないから、お前ん家に泊ろうと思ってたし」
 するとまた夫婦が割り込んでくる。

「よっ、日本一!」
「最高だよ2人とも!」
 店内に拍手が巻き起こる。

 帰りになぜかデジカメで写真を撮られ、「店に貼っとくね」と奥さんに言われた。
 会計を済ませ、店から出ようとした時だった。
 カウンターの中から夫婦と、店の奥で作業をしていたという、金髪の眉毛を剃り上げた怖い兄ちゃんが出てきた。
 年はまだ10代、高校生ぐらいに見える。

「兄さんたちにこの子を紹介してもいいかな?」
「え、いいすけど?」
「ひょっとして、お子さんですか?」

 金髪ボーイは顔を赤くしてうつむいている。
「おい」と大将が尻を叩くと、「わかってるよ」と手を払った。

「あ、あのお2人の話なんすけど、自分はついこの前までヤンキーの頭やってて……」
 頭って、ガチじゃねぇか! 怖えーよ! 俺をスカウトする気かよ?

「お、おれ……俺!」
 言葉に詰まって、急に元ヤンキーくんは泣き出した。変わりに大将が話し出す。
「実はちょっと前に、このバカ息子が事故ってね。けっこう心配したんですよ。それで入院している時に暇そうだったからね。オイラ達夫婦の結婚の話をしたら、急に丸くなっちまうんだから、笑っちゃいますよね! んでお2人の話を裏で聞いてて、店の奥でシクシク泣いてやんの!」
 息子の背中をバシバシ叩きまくる大将。
 泣いている元ヤンくんを見てちょっとかわいそうに見えた。
 そんなに叩かなくても……。

 イッチーを見ると優しく元ヤンくんに微笑んでいた。
 続いて奥さんが話す。

「今はこんな家庭ですがね。この子が生まれて一年もしないうちに、私の反対していた両親が結婚を許してくれましたよ。やっぱり子供の力ってすごいんですね」
 そのセイウチ母ちゃんも元ヤンくんの背中をバシバシ叩く。
 あんたら両親のせいで、不良になったのでは?

「みたいですね」
 どうやらイッチーには夫婦の言葉が伝わっているようで、満面の笑みだ。
 最後に大将がイッチーの両手を掴んで、大きな声で伝えた。
「だから、あんたも負けないで! いつまで経っても親は親で、子は子なんだから! 他人には絶対になれねーよ!」

 イッチーの目には大きな涙が浮かんだ。
 とても感動するシーンなのだが、俺はその光景を見て、とても悲しいというか寂しかった。
 普段はいつも変態な話で盛り上がっていた親友が、どこか遠い場所へ行ってしまった気がする。
 
 イッチー、お前も……。
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