上 下
35 / 52
第七章 おっさんの償い

これを使う?

しおりを挟む

 綾さんから、航太の状態を聞くと……。
 現在、40度近い高熱でうなされているらしい。
 しかし、飲み薬が苦手な航太は、自然治癒を望んでいる。

 何度言っても聞かないので、母親の綾さんは仕事に出かけるそうだ。
 高熱の息子を放置するなんて……。
 まあ俺が言える身分じゃないけど。
 
 綾さんがアパートの階段から降りようとした瞬間、手すりを掴んで立ち止まる。
 
「あ、黒崎さん。良かったら、家で航太の面倒を見てくれませんか?」
「え……俺がですか?」
「はい、航太は黒崎さんに懐いてますし。安心してお任せできるかなぁって」

 と悪びれる様子もなく、にこりと微笑む。
 この人、本当に我が子への関心がないんだな。
 航太の発熱は、俺とのコスプレが原因みたいものだけど。

「別にいいですけど……俺、何もできないっすよ?」
「あの子のお世話なんて、大したことないですってば~」

 そう言うと、鼻歌交じりで階段を降りていった。
 お仕事と言ってたが、本当は男と遊ぶのが目的だろうな。
 航太がかわいそう……。

  ※

 ”美咲みさき家”のドアの前に立つ。
 ちょっと緊張してきた……いつもは、航太が俺の家に来てくれるけど。
 俺からこの家へ訪問したことは無い。

 一体、どんな生活をしているのだろう……と思っていたら、扉の向こうからうめき声が聞こえてきた。
 きっと航太だろう。
 ゆっくりドアノブを回してみたら、すぐに扉が開いてしまった。
 鍵をかけてないのか……不用心だな。

 当然なのだが、玄関に入って見ると、俺ん家とまったく同じ間取りだった。
 まあ違うところと言えば、匂いかな。
 甘ったるい香りが漂っている。きっと母親の綾さんの香水だろう。
 あと、床になにも物が置かれていない。ピカピカに磨き上げている。

 ダイニングキッチンを通り過ぎると、和室が目に入る。
 左手に小さなテレビ、右手の壁側にシングルベッドが置かれていた。
 枕が二つ並んでいる……。まさか綾さん、航太と一緒に寝ているのか!?
 そんなことを想像していたら、腹が立ってきた。右手に拳を作ってしまうほど。

「うう……」

 しかし、航太のうめき声で、そんな苛立ちはかき消される。
 必死にかけ布団で身体を包み、小さな身体を震わせていた。
 額に”熱さまシート”をつけているが、効果はないようだ。

「航太! 大丈夫か?」

 すぐさま、ベッドにかけつけて彼の右手を掴む。
 触っただけで分かる、高熱だ。

 俺の声に気がついた彼が、うっすらと瞼を開いてみせる。

「お、おっさん……どうして」
「それは……綾さんから頼まれたからだ。俺がいるから心配するな」
「なにも出来ないくせに……」

 強がってはいるが、かなり苦しそうだ。
 息づかいが荒いし顔色も悪い。

「そうだけど……この前のこと、気になってたし……」

 元カノの未来を家に入れたこと。
 それを航太に見られたから、ずっと罪悪感を感じていた。
 傷つけたんじゃないかって……。
 あれ? なぜ俺がそんなことを考えないといけないんだ?


「へへ、おっさん。やっぱりコスプレは、オレの方が良いんだろ?」

 といじわるそうに笑う、航太。
 高熱のくせして……。
 
「ま、まあ……コスプレの件は体型的にも、お前ぐらいしか任せられない。未来、元カノじゃ無理だ」
「だよな~ おっさんもあんな豚女のことなんて……あいたっ!」

 突然、頭を手で押さえて顔を歪める。
 頭痛が酷いようだ。
 
 彼のために、何かをしてあげたいが、俺じゃやり方がわからない。
 精々が氷枕……いや、ドラッグストアにでも行って、薬を買うべきか?
 でも、航太は飲み薬が苦手だったな。
 ひとりで顎に手をやり、考えこんでいると。ベッドから航太が苦しそうに俺を呼ぶ。

「おっさんさ……冷蔵庫の中に、薬が入っているんだけど。持ってきてくれない?」
「え? お前の薬があるのか?」
「うん……小児科でもらったから、あんまり使いたくなくて……」

 と視線を逸らす。
 一体、なにが恥ずかしいんだ? それに小児科って、中学生でも通えるのか?
 しかし、飲み薬ではないのだろう。
 彼の状態が少しでも良くなるなら、使うべきだ。

 俺は急いで、ダイニングキッチンへ向かい、小さな冷蔵庫を見つける。
 シングル用の一つ扉のタイプだ。
 ドアを開くと中は、一面キラキラと輝くビール缶で埋め尽くされていた。

「綾さんだな……」

 視線を変えて、右側に目をやると。
 トレーの中に白い薬袋が、何枚か並べてある。
 そこには航太の名前が書かれていた。

「これか」

 彼が言った通り、小児科の名前が下に書いてある。
 一応、間違えのないように薬を調べてみよう。

『解熱剤 ざやくタイプ』

 まさか……これを使うのか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

処理中です...