33 / 52
第七章 おっさんの償い
両手におさまらない
しおりを挟む「しょ、翔ちゃん……お水くれる?」
振り返ると、両手でお腹を抑える未来が立っていた。
未だに青ざめた顔をしている。
「み、未来……」
ブルマ姿の航太に驚いたから、すっかり忘れていた。
元カノの存在を。
どうしよう? なんて彼に言い訳をすれば良いのだろう。
ていうか、俺たち二人は家の中にいただけ……。別にいやらしいことをしていたわけじゃない。
吐いていた彼女を介抱していただけ。ちゃんと航太に、説明すればいいさ。
しかし、トイレから出てきた未来を見た途端、航太の表情は一変する。
「おっさん……誰? その人?」
怒っているというより、驚いているようだ。
「あ、あのな。この人はその……さっきまで吐いていてな。俺の家で休ませてあげていたんだ……」
しどろもどろになりながら、説明を続けていると……。
途中で、航太が声を荒げる。
「違うじゃん!」
大きな瞳に涙を浮かべて、俺を睨みつける。
心底、憎いのだろう。
歯を食いしばり、両手は拳を作っている。
「え……一体どういう?」
「オレにだって分かるよ! その人、コスプレやってた人でしょ!? 元カノじゃん!」
髪型やファッションが変わったとは言え、やはりバレたか。
「そ、そうだけど。何もないって……たまたま居酒屋でだな」
「もういいよっ! おっさんの好きにすればっ!」
そう吐き捨てると、航太は玄関から飛び出てしまった。
ブルマ姿のまま……。
参ったな、こんな時に未来と遭遇するとは。
「翔ちゃん……お水、まだかな?」
航太を追いかけようにも、後ろでうめき声をあげる未来を置いていくわけには、いかないし。
なんで、こんなことに……。
※
とりあえず、グラスへ水を注いで未来に渡す。
グラスを受け取った未来は、よっぽど喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。
「ぷはっ! ようやく生き返った~」
「……そりゃ、良かったな」
先ほどの航太が気になって、正直元カノとは言え、雑な扱いをしてしまう。
それだけ、彼の泣き顔を見たのが辛かったのかもしれない。
いや……早く誤解を解いて、仲直りしたくて必死なのかも。
「翔ちゃん、なんか怒ってる?」
「いや……ちょっと、心配事があってな」
さすが、付き合っていただけはある。
一瞬で俺の心情を読み取るとは……。
「その心配事って……さっきの可愛らしい女の子かな?」
「うっ……それは」
思わず、声に出してしまう。
「なんかすごく幼い子だったよね? 中学生ぐらい?」
「ま、待てっ! あの子は男の子だ! それにただのご近所さんで、ただの友達だって!」
慌てて否定する様を見て、眉間に皺を寄せる未来。
「本当に~? なんか怪しいな……。ま、私はもう振られた身ですし、強く言えないけどさ……」
となにか濁したように、視線を床に落とす。
気になった俺は、当然問いかける。
「なんだよ? 気になるじゃん、言えよ」
「その……翔ちゃん。本当に好きな人が出来たのかって……」
そう言って、指差すのはキッチンだ。
食器乾燥機に入っている、皿や鍋のことを言いたいのだろう。
未来に指摘されるまで、気がつかなかった。
付き合っている時、彼女が好きなキャラもので調理器具や食器を揃えたのに……。
航太が我が家へ足を運ぶようになってから、「何年も元カノを引きずるな」と全て処分された。
要は昔の女から、今の彼女の趣味に変わったと言いたいのだろう。
航太のことも、ちゃんと誤解を解けてないし、勘違いされてしまった。
「ち、違うって! これはさっきの男の子が、色々と面倒を見てくれて……」
「いいよ……翔ちゃん。昔から優しいもんね、私のこと気にしてるんでしょ?」
別れた時についた嘘が、裏目に出てしまった。
「本当だっ! 隣りに住む、綾さんてシングルマザーの息子さんで、俺に懐いているだけ!」
だがその名前を聞いた瞬間、未来の目つきが一変する。
普段は笑顔を絶やさない優しい顔をしているのに、鋭い目つきで俺を睨む。
「綾……さん? そっか、それが新しい彼女さんなんだ……」
また墓穴を掘ってしまった。
確かに綾さんは魅力的な女性だが……、好意を持つなんてありえない。
我が子を大事にしないし。
「未来、お前……一体どうしたんだ?」
「少しね、期待しちゃったんだ。今回の大学の講義も翔ちゃんがいる、”藤の丸”の近くでやるから受けたの。会えるかなって」
「……」
「偶然、会えて舞い上がっちゃった。でも、翔ちゃん。今度こそ本当に出来たんだね、好きな人」
そうだったのか。変に期待させてしまったな。
悪いことをした。
というか、その流れならこのままアパートで一夜を……。
その話を聞いた俺は、未来の肩に触れようとしたが。
彼女は俺の手を振り払うように、玄関から飛び出てしまう。
パンプスを両手で持ち、裸足で。
「ごめんね、翔ちゃん! 私が悪いの!」
「……」
なんかダブルで損をした気がする。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる