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第七章 おっさんの償い

両手におさまらない

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「しょ、翔ちゃん……お水くれる?」

 振り返ると、両手でお腹を抑える未来が立っていた。
 未だに青ざめた顔をしている。

「み、未来……」

 ブルマ姿の航太に驚いたから、すっかり忘れていた。
 元カノの存在を。
 
 どうしよう? なんて彼に言い訳をすれば良いのだろう。
 ていうか、俺たち二人は家の中にいただけ……。別にいやらしいことをしていたわけじゃない。
 吐いていた彼女を介抱していただけ。ちゃんと航太に、説明すればいいさ。

 しかし、トイレから出てきた未来を見た途端、航太の表情は一変する。
 
「おっさん……誰? その人?」

 怒っているというより、驚いているようだ。

「あ、あのな。この人はその……さっきまで吐いていてな。俺の家で休ませてあげていたんだ……」

 しどろもどろになりながら、説明を続けていると……。
 途中で、航太が声を荒げる。

「違うじゃん!」

 大きな瞳に涙を浮かべて、俺を睨みつける。
 心底、憎いのだろう。
 歯を食いしばり、両手は拳を作っている。

「え……一体どういう?」
「オレにだって分かるよ! その人、コスプレやってた人でしょ!? 元カノじゃん!」

 髪型やファッションが変わったとは言え、やはりバレたか。

「そ、そうだけど。何もないって……たまたま居酒屋でだな」
「もういいよっ! おっさんの好きにすればっ!」

 そう吐き捨てると、航太は玄関から飛び出てしまった。
 ブルマ姿のまま……。
 参ったな、こんな時に未来と遭遇するとは。

「翔ちゃん……お水、まだかな?」

 航太を追いかけようにも、後ろでうめき声をあげる未来を置いていくわけには、いかないし。
 なんで、こんなことに……。

  ※

 とりあえず、グラスへ水を注いで未来に渡す。
 グラスを受け取った未来は、よっぽど喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。

「ぷはっ! ようやく生き返った~」
「……そりゃ、良かったな」

 先ほどの航太が気になって、正直元カノとは言え、雑な扱いをしてしまう。
 それだけ、彼の泣き顔を見たのが辛かったのかもしれない。
 いや……早く誤解を解いて、仲直りしたくて必死なのかも。

「翔ちゃん、なんか怒ってる?」
「いや……ちょっと、心配事があってな」

 さすが、付き合っていただけはある。
 一瞬で俺の心情を読み取るとは……。

「その心配事って……さっきの可愛らしい女の子かな?」
「うっ……それは」

 思わず、声に出してしまう。

「なんかすごく幼い子だったよね? 中学生ぐらい?」
「ま、待てっ! あの子は男の子だ! それにただのご近所さんで、ただの友達だって!」
 
 慌てて否定する様を見て、眉間に皺を寄せる未来。

「本当に~? なんか怪しいな……。ま、私はもう振られた身ですし、強く言えないけどさ……」

 となにか濁したように、視線を床に落とす。
 気になった俺は、当然問いかける。

「なんだよ? 気になるじゃん、言えよ」
「その……翔ちゃん。本当に好きな人が出来たのかって……」

 そう言って、指差すのはキッチンだ。
 食器乾燥機に入っている、皿や鍋のことを言いたいのだろう。
 未来に指摘されるまで、気がつかなかった。

 付き合っている時、彼女が好きなキャラもので調理器具や食器を揃えたのに……。
 航太が我が家へ足を運ぶようになってから、「何年も元カノを引きずるな」と全て処分された。
 要は昔の女から、今の彼女の趣味に変わったと言いたいのだろう。
 航太のことも、ちゃんと誤解を解けてないし、勘違いされてしまった。

 
「ち、違うって! これはさっきの男の子が、色々と面倒を見てくれて……」
「いいよ……翔ちゃん。昔から優しいもんね、私のこと気にしてるんでしょ?」

 別れた時についた嘘が、裏目に出てしまった。

「本当だっ! 隣りに住む、綾さんてシングルマザーの息子さんで、俺に懐いているだけ!」

 だがその名前を聞いた瞬間、未来の目つきが一変する。
 普段は笑顔を絶やさない優しい顔をしているのに、鋭い目つきで俺を睨む。

「綾……さん? そっか、それが新しい彼女さんなんだ……」

 また墓穴を掘ってしまった。
 確かに綾さんは魅力的な女性だが……、好意を持つなんてありえない。
 我が子を大事にしないし。

「未来、お前……一体どうしたんだ?」
「少しね、期待しちゃったんだ。今回の大学の講義も翔ちゃんがいる、”藤の丸ふじのまる”の近くでやるから受けたの。会えるかなって」
「……」
「偶然、会えて舞い上がっちゃった。でも、翔ちゃん。今度こそ本当に出来たんだね、好きな人」

 そうだったのか。変に期待させてしまったな。
 悪いことをした。
 というか、その流れならこのままアパートで一夜を……。

 その話を聞いた俺は、未来の肩に触れようとしたが。
 彼女は俺の手を振り払うように、玄関から飛び出てしまう。
 パンプスを両手で持ち、裸足で。
 
「ごめんね、翔ちゃん! 私が悪いの!」
「……」

 なんかダブルで損をした気がする。
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