私のことなんて誰もわかってくれない

味噌村 幸太郎

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 一年前の夏だった。
 恋愛なんて二文字、私にはまだ良く分かっていなかったのだと思う。
 同じクラスの男子に告白された。
 明るい性格でサッカー部にも入っていて、女子からも人気のイケメン。
 正直、「君のことが好き」だって言われて嬉しかった。

 まだ私がこの人をスキという気持ちにはなれてないけど……。
「付き合って欲しい」と言われて、私は黙って頷いた。

 彼のカノジョになって、段々と愛情が芽生えてくることもあるかもしれない。
 そう思っていた。

 デートを何回か重ねた。
 映画館、レストラン、カフェ。
 中学校でもあんまり話したことのない間柄だったから、腹の探り合い。
 趣味とか、好きな芸能人とか、他愛のない話ばかり。
 気ばかり使って、まだまだこれからだろうなって感じてた。

 でもある日、彼が急に電話をかけてきて、こう言った。
「明日、俺ん家に来ない? 一緒に映画見ようよ」
「映画を家で見るの?」
 鈍感な私は、ここで気がつかなかった。
 彼はきっとこの時、もう決めていたのだと思う。
「いいじゃん。たまには俺の家でゆっくりしよ」
「わかった。じゃあ明日ね」


 初めて男の子の家に入ることに、私は浮かれていた。
 彼氏の家だし、相手の親もいるかもしれない。
 うんと、おしゃれをしていこうと、前の晩から家で、明日着ていく服を鏡の前で合わせる。
 誕生日にパパから買ってもらったノースリーブの真っ白なブラウスに、お気に入りのプリーツが入った紺のサマースカート。

「うん、これでよし」

 最後に、私がこの世で一番大事にしているアクセサリー。
 ママから中学校に入学する時もらったパールのイヤリング。
 長い髪はハーフアップにして、出来上がり。
 次の日が楽しみで仕方なかった。


 彼の家に入ると、私は想像していた風景と違うことに動揺した。
 相手のお父さんとお母さんは家にいなかった。
 ちょっとビックリした私は、彼に聞く。
「ねぇ、今日はご両親いないの?」
「うん。いないよ。二人とも旅行行ってる」
「そっか……」
 扉の鍵を閉める音が、怖く感じた。


 部屋に案内されて、ソファーで二人して並んで座る。
 テレビに映された映画は、何回も見たことのある名作ラブストーリーだった。
(はぁ、これ見たんだけどなぁ)
 彼も私が喜ぶと思って、用意してくれたのだから、そんなこと言えない。
 時折、彼が「すごいよね、この映画」なんて解説してくれる。
 気のせいか、いつもより距離が近い。
 苦笑いして相槌をうつ。

 映画がラブシーンに変わって、気まずくなる。
 すると、何を思ったのか、彼が私の肩に手を回す。
 今日はノースリーブだから、素肌に触れられた。
 ドキッとしたと言うより、ゾッとした。

「あの……どうしたの?」
 恐る恐る聞いてみる。
 彼の目を見た瞬間、そういう事だって、やっと理解できた。
 鼻息が荒いし、目が血走っていて……いつもの明るくて優しい彼じゃない。
 オスだ。
「いい?」
 脅しにもとれる言葉だと思った。
 だって、そう聞いてくるわりには、彼のたくましい両腕は、私の肩を掴んで離さない。
 力が入りすぎて、痛みを覚える。
「痛い! いや……」
 咄嗟に彼の手を振り払う。
 そして、部屋から逃げようと、ソファーから飛び上がる。

「待てよっ!」

 私は冷たい床に押し倒された。
(怖い、いやっ。早く帰りたい!)
 もうこの人は、カレシじゃない。獣だ。
 逃げなきゃ。

「なあ俺たち付き合って三週間経つじゃん。いいだろ」
「いやっ! まだ君のこと、ちゃんと知らない! そんな気持ちでしたくない!」

 その間も、私は必死に手足をジダバタして見せるけど、無駄な抵抗だった。
 だって、両手は床に貼り付けにされて、お腹の上に彼が乗っかっているんだもん。

「せっかく親がいないんだからさ」
「え……」

 そうか、私は誤解していたんだ。
 彼はそういう目的で、私を誘ったんだ。
 浅はかだった。
 彼の思惑通り、肩まで出しちゃってさ。
 勘違いされちゃったんだね……。


 ブラウスのボタンがなかなか外せなかった彼は、イラついて破った。
 何度も暴れて見せるけど、男の人って力強いんだって初めて痛感する。
 パパが「襲われたら股間蹴ろ」なんて言ってたけど、そんな考えも回らないぐらい恐怖が私を襲う。


 しばらくして、私は涙も枯れ、黙って天井を見つめていた。
 彼は私の身体をなめまわす。
 そして、行為に夢中だ。
 バカみたい。そう思った。
 ふと、彼を見ると、私の胸にうずくまって、「ふーふー」言ってる。
 
「きたない」

 声に出してしまったけど、彼はそんなことおかまいなしだった。

 
 事を終えると、我に返った彼は急に態度を一変させる。
「ご、ごめん! 明日香あすかちゃんが好きだったから、俺、つい……」
「え……」
(人のブラウスまで破っておいて、無理やりしたくせに、今頃謝るの?)
 放心状態で、彼の目をじっと見つめる。
 汗だくになって、脅えた目で視線を合わせない。
 しばらく沈黙のあと、何かを思いついたように、部屋にあったタンスから財布を取り出す。
 そして、グシャグシャになった三枚の千円札を私に差し出した。
「なにこれ……」
「その、服破れたからさ。これで買い直して」
「三千円」
 乾いた笑いがこぼれる。


 私の初めてを奪っておいて、たったの三千円。
 まあ中学生だから、そんな大金持っていたらおかしいよね。
 受け取ろうとしない私を見てか、彼はソファーに置いていた私のバッグに無理やり入れていた。

 当の私は、起きた出来事を受け止められずに、ボーッとしていた。
 ただ確実にわかっているのは、私は汚されてしまったこと。


 気がつくと、私は公園にいた。
 周りには、幼い男の子たちがボール遊びして笑っていた。
 蝉の鳴き声がうるさい。
 ベンチに腰をかけて、陽が落ちるまでずっとその姿を見つめていた。


 お月様を見ていると、スマホのベルが鳴る。
 ママからだった。
 帰らなきゃ、そう思って立ち上がると、朝の装いと違うことに気がつく。

 彼の……いや、アイツの大きなTシャツを着せられていた。
 吐き気を感じた。
 だからにすぐに近くのショッピングセンターに行って、新しい服を買った。
「2980円になります」
 店員のお姉さんがそう言って、バッグを見ると、アイツが入れていた金に気がついた。
 ムカついた。
 だから、自分の財布からお金を出した。

 ショッピングセンターのトイレで服を着替える。
 アイツが入れた三千円は、便器に捨てて流した。
 もちろん、Tシャツもトイレのゴミ箱に捨てる。


 帰ってとにかく、ママとパパにバレないように無理やり笑顔をつくるように心掛けた。
 何事もなかったのように、夕食を3人で取る。

 自分の部屋に戻って、気がつく。
「あ、イヤリング……」
 片っぽだけ、無くしてる。
 多分、アイツと揉み合った時に、落としたんだ。
「ママからもらった大切なものなのに……」
 涙がすっと頬を伝う。
 バカみたい。


 翌朝、学校に行くのが嫌で仕方なかった。
 けどママとパパに休むなんて言ったら、心配される。

 登校すると、教室がなにやら騒がしかった。
「ねぇねぇ、昨日あの子としちゃったの?」
「え……」
「いいなぁ。明日香ちゃんはもう私たちより大人なんだぁ」
 ケラケラ笑う。
 なにがおかしいの?

 教室の片隅で、アイツが私の方を見て、男子たちにコソコソ喋っていた。
 それを見て、私は直感した。
(そうか。合意のもとってことで噂を流したんだ……どこまでも最低な男)

 この前まで、一緒に笑って仲良くしていたクラスメイトが全員、敵に見える。
(大人ね。確かにあんたらよりは、ガキっぽくないよ)


 それから、私はずっと孤独だった。
 自らひとりになることを選んだ。
 だって、同じレベルだと思われたくないから。

 男なんてもういらない。
 だから、勉強を頑張った。
 うんと頭の良い高校に入って、どんな男より強い女になってやる。
 今考えると、何かに逃げたかったのかもしれない。
 胸にぽっかりと開いた大きな穴を塞ぎたいから。
 いつまで経っても埋まらないのに。
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