悪役令嬢に転生しても、腐女子だから全然OKです!

味噌村 幸太郎

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第一章 悪役令嬢の成り上がり

強制アナログ

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 クアルトを離れ、現実世界に戻ると部屋には誰もいなかった。それもそうだよな、堂島さんはまだ温泉に浸かっているのだろう。
  何をしようか。姉さんがさっき腕立て伏せをやってたし、僕もやろうか。まだせいぜい30回くらいが限度なので、それを1セットとし、次にスクワットをする。こっちは40回程。そして腕立て伏せをまた1セット、スクワットを1セットと交互にやっていくのが僕の筋トレ。

「お、想、筋トレか? いいねぇ!」

  腕立て伏せ4セット目くらいで堂島さんが帰ってきた。浴衣を着ている。見られてしまったのはなんだか恥ずかしい。

「あ、おかえりなさい。筋肉つけないと身体ついてかないんだよね」

  堂島さんはどんな筋トレをしているのだろうと気になり聞いてみた。

「俺は器具が家にあるから、ベンチプレスとか、ランニングマシンも使ってるけど、今でも腕立てはやってるぞ。手の開き方を変えたり、速い腕立てもゆっくりの腕立ても両方やってるな」

  おー、すごい。本格的だ。器具には流石に手は出せないが、動き一つ一つを変えたり、力の入れ方を意識するだけでも他の筋肉がつきそうだな。

「それより、想! 温泉すげぇ気持ちよかったぞ! あれに入んないなんてもったいねぇ!」

  堂島さんはとても興奮して、目を爛々と輝かせていた。

「い、いや、僕はいいよ。家の風呂でいいかな」

  僕は堂島さんから目を逸らして小声で答える。すると、堂島さんは信じられないといった表情をする。

「は? お前、風呂入んなくていいのか? 汚ぇぞ? ミモザちゃんに嫌われちゃうぞ? せっかく筋トレでいい汗流したんだから行ってこいって! 後悔するぞ! ぜってぇ気持ちいいって!」

  うぐぐ……そこまで言われたら行くべきか。僕は堂島さんの熱に押され、渋々浴場へ向かう事にした。

  廊下を歩く他の宿泊客達もみな浴衣姿でいると、普段着でいる僕は場違いなんじゃないかという錯覚に陥る。そんなことはないはずだ。ちゃんと部屋にあった浴衣は持ってきたからな。温泉に10秒浸かったらすぐにこの浴衣に着替えて僕も仲間入りしてやるんだ。

「あら? そーちゃん? 今からお風呂?」

  と、下を向いて歩いていたら正面の人物が声を掛けてきた。顔を上げるとシルベーヌさんが浴衣を着て立っていた。

「あ、はい、そうです。あれ? 一颯いぶきさんは一緒じゃないんですか?」

  てっきり僕は2人で一緒に行ったのかと思っていた。

「あぁ、ミモザちゃんちょっとのぼせちゃったみたいでね。先に上がって今は部屋で休んでるわよ」

  そうだったのか。のぼせる程お湯が熱いということか。今ならまだ引き返せるな。よし、部屋に戻ろう。

「そうだ! そーちゃん! あっちに混浴露天風呂があるから一緒に入りましょう!」

「は!? は!? いえ、僕、やっぱ部屋に帰ろうかなって……え、ちょっ……!」

  困惑してる僕を余所に、シルベーヌさんは僕の手を取り、どんどん引っ張って進んでしまう。力が強い。途中でスリッパが脱げそうになるが、シルベーヌさんは興奮気味なのか、こちらを一切振り返らない。

  そうこうしている内に、問題の混浴露天風呂に着いてしまった。脱衣場に入ると、シルベーヌさんは浴衣を躊躇ちゅうちょなく脱ぎ始め、腰まで伸びた長い髪を縛ってまとめ、タオルを身体に巻いている。

「先に行ってるわよー」

  そう言って、駆け足気味に行ってしまった。ど、どうしよう。このまま逃げようか。しかし、その場合後で何か言われそうで怖い。

「すごーい! そーちゃんも早くおいでー! 綺麗よー!」

  もう行くしかないのか。はぁ。しょうがない、行こう。覚悟を決めて、服を脱ぎ、腰にタオルを巻く。
  脱衣場の戸を開けると、周囲には竹で出来た壁、そして木々が生い茂り、岩場でできた浴場の上にはひのきで作られていると思しき屋根があった。外も暗くなり始めた時間で、ライトアップされた湯船はきらきらと輝いていた。

「ね? 綺麗でしょ? さ、早く入りなさい」

  シルベーヌさんは既に湯船に浸かっていた。大きな胸がバスタオルからはみ出すように湯船に浮いていて、とてもそちらを見る事ができない。
  そして、何より、湯船からは湯気がゆらゆらと立ち昇り、見るからに熱そうで僕は近付く事もままならない。それでも恐る恐る近付く。

「どうしても入らないとダメですか?」

  湯船を目前にした僕は最後の確認をした。

「だめよ。せっかく来たんだもの!」

  シルベーヌさんの優しい笑顔が、今は痛いくらいに突き刺さる。恐る恐る、つま先を湯面に付ける。

「あっ……ちぃ!」

  予想を越える熱さだった。無理だ。入れない。

「熱いの、苦手なの? やだ、可愛い!」

  僕を見ていたシルベーヌさんは、少し笑いながら言った。ちくしょう。ちくしょう。

「大丈夫よ、少しずつ慣らしていけば入れるわ。大丈夫かなーと思ったらもう一気に浸かっちゃえばなんて事ないわ」

  そう言われたので、何度かつま先で湯面をちょんちょんする。熱い。熱いけど、少しだけ慣れてかかと辺りまで行けるようになった。揺れる湯面を一心に見つめ、ようやくふくらはぎまで入れるようになった。

「えーい!」

  しまった。シルベーヌさんが僕の腕を強引に引っ張っていた。目の前の事に夢中になっていて、いつの間にかシルベーヌさんが近付いていた事に気付かなかった。

「あっつい……あ、でも、大丈夫だ」

  身体が熱さに慣れていたのか、なんとか身体を湯船に浸ける事ができてしまった。それより、引っ張られた時にシルベーヌさんと接触して大惨事にならなくてよかった。シルベーヌさんは明らかに僕を受け止める姿勢をしていたが、僕は咄嗟に回避する事に成功していた。

「ね、大丈夫でしょ? 熱気で身体が温まっていたのよ。それより、今避けたでしょ!?」

  ばれていたか。僕は近くにあった程よい岩を背にして湯船の中に腰を下ろす。そして、シルベーヌさんは僕のすぐ隣に並んで座った。

「シルベーヌさんこそ、なんかハプニング狙ってませんでした?」

  僕が眉をひそめて聞くと、シルベーヌさんはうふふと笑って誤魔化した。

「誰も見てないんだし、いいでしょ?」

  近い。胸が当たっているような気もするが、怖くて見れない。

「だめですよ。からかわないでください」

  僕がそっぽを向くと、彼女はやっと諦めてくれたようで、わかってるわよと言いながらも肩でグリグリしてくる。

「もしかして、何か2人きりで話したい事があったんですか? そのために誘ったのかなと」

  なんとなくそんな気がしてきた。

「それもあるけど、一番はそーちゃんとイチャイチャしたいからよ? でも、あんまりイチャイチャしすぎたら天国にいるれんちゃんに怒られちゃうかしらね?」

  そのれんちゃんは天国におらず、あの部屋で恐らく今も僕らの様子を見ているのだが。

「やっぱり姉さんの事ですか? 何か聞きたい事でも?」

  僕の問いかけにシルベーヌさんは少し悩んでいた。

「具体的に聞きたい事があるわけじゃないの。ただ、あの娘の事をいっぱい思い出しちゃってね。なんでもいいからお話がしたいの。こんな美人のお姉さんだって、たまには過去に浸りたくもなるのよ?」

  そういう事か。新幹線での会話はあっという間に感じ、確かにまだまだ話したい事はあったな。

「そうだ、ずっと聞きたかったんですけど、シルベーヌさんと姉さんどっちが強かったんですか? 戦った事とかあるんですか?」

  僕の質問に、シルベーヌさんは湯面を叩いて笑った。

「しょっちゅうやり合ってたわよー? よき大親友であり、よきライバルだったからね。勝敗は、殆どれんちゃんが勝ってたわね。あたしも勝った事はあるけど、それでもあの娘の強さは尋常じゃなかったもの」

  姉さんが戦っている所を僕も見た事はあるが、素人相手だったり、当時の事をあまり憶えてなかったりで、どの位の強さなのかあまり把握していないのだ。そして、2人が戦ったらどうなるのかというのも気になる。

「そーちゃんはどうなの? れんちゃんと戦った? 姉弟なんだから喧嘩くらいしたでしょ?」

  昔を思い出しながら、自身の髪をくるくる指に巻いていたシルベーヌさんが聞いてきた。

「喧嘩はー、まぁたまにしましたね。それでも僕が敵う訳ないじゃないですか。て言っても、姉はどんなに怒っても僕を殴ったりはしなかったなー。せいぜい抓るか、羽交い締めにするくらいでしたけど」

「ふふ、あの娘らしいわね。羨ましいわー、こんなに可愛い弟がいて」

  こうして姉以外の女性と一緒に、ほぼ裸で湯船に浸かりながら話をするなんて初めてで、ドキドキもするけど、なんだか落ち着くような不思議な感じだ。

「シルベーヌさんは兄弟いなかったんですか?」

  僕が聞くと、少し俯きながら笑った。

「弟がいるんだけどね。昔からそんなに仲はよくなかったわ」

  そうだったのか。家庭でもいいお姉さんをしてそうなイメージがあったのだが、やはり相手が家族となると別なのかな。

「そーちゃんは今何歳だっけ? まだ恋人いないのよね? ミモザちゃんとは付き合ってないの?」

  珍しく矢継ぎ早に質問してきた。「恋人」という単語には敏感に反応してしまう。

「今年、25になりました。恋人はいないですよ。一颯さんとはただのお友達ですから。シルベーヌさんは今何歳なんですか?」

  女性に年齢を聞く事は失礼だと知りつつも、反撃の意味を込めて敢えて聞いてみる。姉さんと同い年なら今年30か。

「ふふーん、秘密よ! 教えてあげなーい」

  そう言って薄い唇に人差し指を当て、ウインクをした。化粧を落としても彼女の美しさは変わらず、仕草一つ一つも可憐で、そしてこの混浴という状況は世の男性なら興奮して堪らないのだろうな。僕は鋼の心でなんとか平静を保っている。

「そっかー、ミモザちゃんとは付き合ってないのねー。あたしがそーちゃん貰っちゃおうかしら? って言いたいけど、天国のれんちゃんに怒られちゃうわねー。あの娘そーちゃん大好きだったもんねー」

  クアルトにいる姉は怒るだろうか。

「どうでしょうね? 姉の大親友なら許してもらえるんじゃないでしょうか? もちろん僕自身の答えはまた別ですけど」

  僕がそう言うと、シルベーヌさんは満面の笑みを作り、

「うん! 今のはフラれた事にカウントされないわよね! あたしは諦め悪いわよー? でも、れんちゃんよく『そーくんと付き合う女はあたしより強くないと許さん』って言ってたからねー。厳しいお姉ちゃんよねー」

  姉さんの口真似をしつつ、困ったように話した。そんな事を言ってたのか。つい乾いた笑いが出てしまう。

「そーちゃん、のぼせは大丈夫? 本格的にのぼせない内にそろそろ上がりましょうか!」

  そう言ってシルベーヌさんは立ち上がり、湯船を歩き出す。バスタオルの上からでもわかるセクシーなお尻が視界に飛び込み、僕は慌てて顔を逸らす。
  そして、シルベーヌさんがもしも僕の恋人だったらと想像してしまう。美人さんなのはいいかもしれないが、何かと五月蝿く言われそうだな。そんな事を考えていると、

「そーちゃん何ぼーっとしてるのー? 早く上がりなさーい?」

  既に脱衣場の前まで行ってしまっていたシルベーヌさんが呼んでいた。こうして、やっと僕はこの人生最大の危機、温泉の熱気と美女からの誘惑という板挟みから解放されたのだった。
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