上 下
11 / 39
第三章 青山

3-4

しおりを挟む
 僕は暗い森の中で五枚の符を宙にばら撒いた。

剛魔雷象法ごうまらいしょうほう
 僕が術をかけると、宙にばら撒かれた符が光り、辺りに凄まじい雷が落ちた。
「出て来い! お前がこの森で人間達を襲って食べていることは知っているんだ!」
 叫び声だけが空しく残る。

 ダメか。こうなれば持久戦か……。
 だが、僕にはあまり時間がない。
 多分、ここにいる化け物もあの海峡の奴ではない。
 早く、奴を探さなきゃ……。
 かと言って、この化け物を放っておけば、また罪もない人間達が襲われる。

 あれから一年……僕の復讐はまだ、終わっていない。
 僕は死と隣り合わせの危険な道を走っていた。

「ふう……」
 ため息をついて、湿った木にもたれた。
 木の枝から落ちた滴が、肩にあたる。

 師匠からもらった黒いスーツは本当に役立った。
 ただのスーツではない。
 多分、師匠が僕のことを心配して、スーツに自分の精を念じてくれたんだ。
 だから、ちょっとの攻撃ではビクともしない。
 それに色が黒というのも落ち着く。なぜだろう……自分の心が荒んでいるせいか。
 もう今日は現れないだろうと思い立ち去ろうとしたその時だった。

 森の闇から心に直接語りかけるような声が聞こえる。

「なぜ、魔族を殺す……」

 僕はとっさに符を取り出して構えた。
「そこにいたのか! 出て来い! 消してやる!」
 だが、化け物はそう簡単には出てこない。

「なぜ、魔族を殺す……」
 森の闇に身を潜める化け物は同じ台詞を繰り返す。

「なぜだと? 当たり前じゃないか! お前達、化け物は人を無差別に襲って食べてしまうじゃないか!」
 化け物は少し、間を置いてから言った。
「……そんなことが理由か?」
「そうだ! お前達は無差別に人を食べるだろう!」
「それなら、人間の方がひどいだろう。魔族は人間しか食べない。だが、人間は同種は食べないがそれ以外の種は何でも食べる……これこそ、他種に対する無差別虐殺ではないのか?」
 そう言われて僕は一瞬、言葉に詰まった。
 今まで、数々の化け物に出会ってきたが、ここまで知能が高いものは初めてだった。

「それをお前達に言われる筋合いはない!」
「矛盾につぐ矛盾だな」
 強い風が吹いた。
 木の枝が揺れ、辺りに邪気が広がる。
 僕はいつでも術をかけられるように構えた。

 やがて、風が止むと、「どしん」という音が森全体に広がり、紫の色のドラゴンが現れた。
 体長五メートルほど、頭には二本の角、背中には大きな翼。
 今まで戦った魔族の中で一番、強そうに見える。

「お前がこの森で人間を襲う魔族か」
「私はヒトを食べたことがない」
〝私〟という、言葉に僕は驚いた。えらく、上品な魔族だ。

「嘘をつけ! 実際に食べられた人間が何人もいるんだ!」
「それは低級魔族がやったことだろう。私は知らない」
「知っていたのなら、なぜとめない!」
 ドラゴンは鼻で笑った。
「とめる必要がないからだ」
「なんだと!」
「お前は可笑しなことを言う……。自分達、同種の罪は償えないくせに、他種の文句を言うのはどうかと思う。だから、私は同種が生きるために人間を食べても、何の罪も感じない。彼らも生きるために食べているのだ。ただ殺したくてやっているのではない。それはお前達、人間と同じだ」
「同じゃ……同じじゃない! お前ら、化け物に何が分かる! 大事な人間を……大好きだった人間が殺された気持ちを! 悲しみを!」
 僕はたまらなくなって、符を取り出した。

「結局、戦うか……やはり、人間との関係は幾年経っても変わらんな……。戦うに前に、一つ訊いておきたいことがある」
 僕は構えたまま言った。
「なんだ!」
「お前の名は?」
「月花流が八十九代目、青山 翔太!」
 ドラゴンは一瞬、驚いた顔をした。
 だが、すぐに冷静さを取り戻す。

「そうか……私はドラムだ」
 僕はすぐさま、月花陣をかけた。
 ドラムに円陣が引かれ、宙に浮ぶ。
 そして円に桃色の花、月花が描かれた。

「陰!」
 僕が人差し指を一直線に振り下ろすとドラムは笑った。

「懐かしいな……」

 ドラムは灰になるはずだった……。
 だが、術の途中で円陣は打ち破られ、ドラムは何事もなかったかのように涼しげな顔をしている。

「そ、そんなバカな……」
「やはり、この術は未だに完璧ではないな」
 まさか、そんなはずは……。そんなことは絶対にない。
 僕はそう思いたかった。でも、目の前にある現実は違う。
 月花流の術の中でも、最強と言われる月花陣が、簡単に破られるなんて……。
 術をかけられた相手は身動きが取れなくなる。
 それに円陣の中は一千度以上もの高熱があるのだ。
 月花陣の「陰」を唱えなくても、炎をあげて燃え死ぬことさえあるのに。

「クソ!」
 僕は何も考えずに飛び込んで行った。
しおりを挟む

処理中です...