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最終章 卒業と旅立ち
マリッジブルー
しおりを挟む宗像先生が出した代案は、福岡市内に存在する私立の大学。
木の葉大学、夜間コース。
「先生、なんで夜間大学なんですか?」
「そりゃ、敷居が低いからな。我が一ツ橋高校は通信制だし、各生徒の偏差値が極端だ。だから測定不能。東大を目指す生徒もいれば、少年院から出たり入ったりする輩もいる」
そう考えると、すごい高校だな……。
「だから、昼間働いている生徒には、夜間大学を進めている。一ツ橋高校と比べたら、勉学は難しいだろうが、毎日講義を受けていれば、4年で卒業できるだろう。仮にまた通信制の大学へ入るとしよう。しかし、我が校とは段違いだ。レポートの審査も厳しく、すぐに返却されることも多いと聞く。また卒業するには、6年以上……いや8年は見た方が良い。新宮、お前はどちらを選ぶ?」
「それは……」
昼間にめちゃくちゃ働いて、疲れたところで夜にお勉強。
キツそう……でも、4年間で卒業できるのは助かる。
対して、通信制は今のように、好きな時に勉強できるが。
一ツ橋高校と違い、そう甘くない。
8年間も通うとか、狂気の沙汰だ。
ふとミハイルの顔を思い浮かべる。
これ以上、あいつに辛い思いをさせたくない。
いや、俺だってすごくさびしい。
「俺は……最短コースで大学を卒業したいですっ! だから夜間大学を選びたいと思います!」
「よく言った! なら話は早い。さっさと願書を書いて、小論文でも練習することだな」
聞き慣れない言葉に、うろたえる。
「え? 小論文? なんです、それ?」
その問いに、先生は鼻で笑う。
「大したことないさ。推薦入学は、基本的に面接と小論文をやるんだよ。だからって特に意味はない。あんなのもの、試験官が真面目に読むと思うか? 100人以上の下らない文章だぞ? 適当でいいんだよ、テキトーで!」
「ウソでしょ……?」
※
宗像先生はああ言っていたけど、どうしても心配だったので、独学で何枚も用紙に書いてみることにした。
受験する際、制限時間もあるから、タイマーで計ったり。
先生が当てにならないので、なぜかBL編集部の倉石さんに小論文を持って行き、見てもらう。
何度か注意を受けたが、大体の形にはなってきた。
それから数か月後。
季節は冬になり、俺は木の葉大学のキャンパスへ向かい、受験へ挑むことに。
面接をする際、何人かの男子生徒と一緒に並んで座ったが……めっちゃ浮いていた。
周りは学ランや高校のジャケットを着たピチピチの18歳だもの。
俺だけ一人、スーツにネクタイのビジネスマン。しかも年上の20歳。
問題の面接も、簡単な質問をされるだけで、すぐに終わり。
あとは小論文を書いて提出すれば、試験は終了。
年を越した頃、メールにて合格の通知が届いた。
これにて進学の件は、一件落着と言ったところか?
※
大学も合格したし、あとは新生活のため、二人の愛の巣……じゃなかった。
新居を探すことになった。
やはり料理やスイーツ作りが好きなミハイルには、こだわりがあるだろうと、電話で誘ったが……。
『あ、ごめん。オレ、ちょっとやることがあってさ……タクトが好きに選んでいいよ☆』
これには驚いた。
ようやく二人の時間を作れるというのに。
仕方ないので、俺一人でアパートを探すことにした。
不動産屋に色んな物件へ連れていかれ、説明を受けたがさっぱり分からない。
とりあえず、家賃が安くて、キッチンは広い方が良いとリクエストしたところ。
地元である真島の近くを紹介された。
築30年以上経っているが、最近リフォームしたばかりだから、内装は綺麗らしい。
今後、結婚してから、またお金が貯まったら、家でも建てるかもしれない。
仮住まいならば、ここでいいやと妥協した。
実家から引っ越して、一人暮らしを始めたが……。
肝心のミハイルは、全然遊びに来てくれない。
なぜだ?
薄い壁のアパートだが、ここならば密室なんだぞ!?
一人用だけど、布団も畳にひける……。
早く合体しよう!
そんな望みもむなしく、何もない毎日をひとりで過ごすだけ。
自炊もしないから、三食カップ麺のみ。
お湯を沸かして注ぎ、麺をすする……の繰り返し。
あとはBL小説を書いたり、新人の漫画家さんの原稿をチェックしたり……。
なに、この静かすぎる愛の巣!?
しびれを切らして、ミハイルへ電話をかけてみる。
『あ……タクト。ごめん、ちょっと忙しくてさ。電話を切ってもいいかな?』
「なっ!?」
あのミハイルが、俺との電話を切るだと?
まさか、俺が嫌いになったとか……。
もしやマリッジブルーでは?
『ホントにごめんね。今やることが多いの。新居もタクトに任せきりで、悪いと思ってるよ?』
「なら……1回ぐらい、新居へ遊びに来ないか?」
家に入れてしまえば、こちらのものだ。
こんな時のために布団は、万年床だぜ。
『行きたいけど……どうしても、やらないといけないことがあるの。それが終わるまでは無理かな』
「え……」
シンプルに傷つく。
『じゃあね、タクト。ごめんけど、しばらく電話はかけてこないで』
「……」
マジで、俺。捨てられるのかな?
新居まで用意したんだぜ……。
※
2023年、3月4日。
とうとう、この日がやってきた。
一ツ橋高校の卒業式。
校舎の裏にある駐車場は、桜が舞い散り、少し風が冷たい。
当然ミハイルも誘ったが、遅れるからと断られてしまった……。
俺って本気で嫌われてるの?
一人とぼとぼと歩いていると、小さな白い建物が見えてきた。
3年前と同じ光景。
『第31回 一ツ橋高校 春期 卒業式』
その巨大な看板の前に立つと、深いため息を吐く。
これで終わりか……。
なんだか、あっけない高校生活だったな。
「よぉ! 主役のお出ましだな!」
入口の前で怪しく微笑むのは、おぞましい2つのメロンを抱えた女。
腕を組んで、仁王立ちしている。
「宗像先生、おはようございます……」
「なんだ? そのやる気の無い声は? 男だろ! もっとシャキッとせんかっ!」
性差別、反対。
「いや、卒業式なのに……ミハイルがまだ来ないんですよ」
「だぁはははっははは! そんなことを心配しているのかっ! 大丈夫だろ、ちゃんと来るさ。女々しいこと言ってないで、さっさと会場へ入れっ!」
そう言うと、宗像先生は容赦なく、俺の背中を蹴とばし会場へぶち込む。
気力のない俺は、そのままボールのようにコロコロと転がり、途中で柱にぶつかり制止した。
頭と両脚だけで身体を支えているので、3つん這いと表現すべきか?
あれ、なにこのデジャブ……。
すると近くに座っていた女子生徒が、近づいてきた。
「大丈夫? 琢人くん……ひょっとして、昨晩ミハイルくんにヤラれまくって、足腰がガクガクなのかな♪」
「あぁん!?」
柄にもなく、キレてしまった。
見上げるとそこには、眼鏡をかけたナチュラルボブの腐女子。
北神 ほのかが立っていた。
3年前に初めて出会った時、こいつに助けてもらったが、こんな卑猥なことを平然という奴だったか?
ほのかの手を借りて、立ち上がると。
既に会場の中は、生徒たちでいっぱいだった。
普段はやる気のないヤンキー男子も、スーツ姿でビシッと決めている。
ただ中のシャツが色付きで、ホストみたい。
女子は、煌びやかな振り袖や袴。それにドレスを着ている者まで。
なんだよ……こいつら。
入学式の時は、ラフな私服だったのに、卒業式は格好つけるのか?
「琢人くん、ところでミハイルくんとは、仲良くしているの?」
「ああ……忙しくて、あまり会えてないけどな」
ふと、ほのかの着ている振り袖に目をやると。
裸体の美少年たちが、汗だくになって絡み合っている刺繍が入っていた。
これ、うちのばーちゃんに依頼してないか?
ドン引きしていると、後ろから大きな声で、俺の名前を呼ばれた。
「おーい! タクオ! 久しぶりじゃねーか!」
振り返ると、高身長にガタイの良いスキンヘッド。
千鳥 力が立っていた。
「リキか……久しぶりだな」
「なんだよ、元気ねーじゃん!」
俺が話す前に、ほのかが勝手に答えてしまう。
リキの太い腕に抱きついて。
「あれらしいよ。ミハイルくんに会えなくて、元気ないんだって♪」
「なるほど、倦怠期ってやつか? タクオ、大丈夫だよ。お前たちなら、何でも乗り越えられるさ!」
と親指を立てるナイスガイ。
こいつら、こんなに仲良かったけ? えらくイチャついてるが。
しかし、それよりも気になるのは、リキの着ているスーツだ。
ほのか同様、ダンディなおじ様たちが裸体で、『どすこい』しちゃってるんだけど……。
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