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第五十六章 全サブヒロインの解散

三時間目、あすかの場合

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 二人目のサブヒロイン、北神 ほのかとも契約を解除できた。
 ……というか、本人は何とも思っていないだろう。

 教室にはまだミハイルが残っているが、トリップしている際中だ。
 彼が正気を取り戻すまでは、意思疎通が取れない。
 今はただ待つことにしよう……。

 もしまたキスをしたくなったら、10分以内に抑えないとな。
 そんなことを考えながら、ひとり廊下を歩いていると。
 トイレの近くで、何やら人だかりが出来ていた。

「ねぇねぇ、あすかちゃん。テレビに出るって本当なの?」
「ドラマ化で主演って、すごくない!?」
「同じ高校に芸能人がいるなんて……考えられないよぉ」

 たくさんの女子生徒が、一人の少女を囲んでいる。
 姿はよく見えない。

 芸能人? そんな奴がこの高校にいたっけ?
 首を傾げながら、男子トイレへと入っていく。

 小便器の前に立ち、ズボンのチャックを下ろす。
 瞼を閉じて、数秒間リラックスしていると……。
 となりにも生徒が並んだようだ。
 鼻息を荒くしながら、用を足している。
 かと思ったが、違う。
 何も音が聞こえてこない。

「ふぅー! ふぅー!」

 俺は瞼を閉じているから、相手の顔が見えないが。
 すごく興奮しているようだ。

「ねぇ……ちょっと、無視するんじゃないわよ」

 ん? オネエ言葉なのか?
 まあ、今時。珍しい喋り方ではあるまい。

 尿切れが悪いなと考えていたら、また隣りの奴が話しかけてきた。

「ちょっと! アタシがわざわざ話しかけてあげてんだから、こっちを向きなさいよ! タクヒト!」
 最後の名前でようやく、目を開いた。
 俺のことを『タクヒト』と言い間違えるのは、一人しかいないからだ。
 ゆっくりと相手の顔を見つめる。
「お前……あすかか?」

 そうだ、すっかり忘れていた。
 三人目のサブヒロイン、自称芸能人の長浜 あすかだ。
 艶がかった長い黒髪。そして、眉毛の上で綺麗に揃えたぱっつん前髪。
 日本人形みたい。

「アタシがあすかじゃなかったら、誰になるのよっ!?」
 ゴスロリの赤いドレスを着て、俺を睨んでいる。
 相変わらず、自己主張の激しい女だ。
「すまん、気がつかなかったんだ……」
「あんたねっ! この芸能人であるアタシを置いて、トイレに行くとか。バカじゃないの!?」
「いや……ここ男子トイレなんだけど?」
 尿切れが悪いので、今もチャックは閉じていない。
 つまり丸見え状態なのだが、あすかはお構いなしだ。

「アタシは芸能人だからいいの!」
「関係ないだろ……」
「関係なくない! タクヒトはアタシのガチオタなんだから、黙っていうことを聞けばいいの!」

 怒りを通り越して、呆れている。
 そして、排尿中に声をかけるのは、マジでやめてほしい。
 生きた心地がしない。

  ※

 とりあえず、手を洗ってから男子トイレを出ることに。
 もちろん、女子のあすかも連れてだ。

 初めて会った時も、男子トイレに侵入してきたからな。
 他の生徒たちが被害を受けていたら、トラウマで退学しかねない。

 人気の少ない廊下に向い、改めて彼女の話を聞く。

「それで……トイレまで入って来て、何か用があったんじゃないのか?」
 俺がそう問いかけると、急にしゅんと縮こまる。
 
「あ、あの……お、お礼を言いたかったのよ! でも、タクヒトったら。ここ最近学校に来なかったでしょ?」
「まあな、交通事故とか……色々と忙しくてな。それでお礼ってなんのことだ?」
「忘れたの? タクヒトが書いてくれた自伝小説よっ! 今、売れに売れて、自費出版なのに100万部を超えたらしいの!」

 すっかり忘すれていた……。
 長浜 あすかという芸能人も、頼まれて書いた小説も。

「そ、そうなんだ。良かったな」
「なによ、その反応? 嬉しくないの!?」
「だって俺はゴーストライターだし、売上もあすかや事務所の社長のもんだろ?」
「でも、タクヒトが頑張って書いてくれたのは、事実でしょ!」
「否定はしないが……」
 頼まれて書いたものだし、特に思い入れが無いのも事実だ。

「じゃあ、喜びなさいよね! あんたとアタシの合作よ! おかげでテレビドラマ化が決まったのよ? ローカル放送だけどね!」
「ほう」
 ローカルねぇ……。
 鼻で笑うと、あすかがそれを見逃すことはない。
「今、バカにしたわね! 全国的にも人気なのよ? おばあちゃんの家を改築するために、頑張る孫アイドルとして!」
「……」

 そうだった。それを聞いたら、また涙腺が崩壊しそう。
 あすかというアイドルは、幼い頃に両親に捨てられ、おばあちゃんに育てられた少女。
 また、おばあちゃんを愛するがあまり、ボロい家を改築することが夢だったのだ。
 そのために、アイドルとしてブレイクする必要がある。

「それでね、アタシの本を読んだ全国のおじいちゃん、おばあちゃんが感動したらしいわ。『あすかちゃんみたいな孫が欲しかった』とか、『推しにしたいけど、演歌歌手がいい』とかね!」

 やっぱり、かわいそうなあすかちゃん。というテーマが受けたのか?
 そりゃ高齢者は、泣くよな……。
 てか、同情で売れたのでは?

 もうあすかというより、おばあちゃんの方が人気じゃね?
 俺はそこに気がつき始めたが、あすかは構わず、自慢話を続ける。

「それでね、講演会の依頼が殺到しているのよっ! どんな風に育てたら、あすかちゃんみたいになれるかってね!」
「うぅ……」
 辛すぎて涙が溢れる。
「別に泣くほどじゃないでしょ? でも、タクヒトに感謝しているわ……そのおばあちゃん家の改築費が、無事に貯まったから」
 珍しく、頬を赤らめて視線を床に落とす。
 
「そうか。なら良かったな、あすかも芸能人として人気が出たし、おばあちゃん家もリフォームできるんだ。ボットン便所をウォシュレットトイレへグレードアップできるじゃないか」
 これでおばあちゃんの膝にも、負担がかからないだろう。
「そっちの夢は叶えられたけど……芸能人としては、まだまだよっ! だいたい、ガチオタのあんたがアタシより、バズってんどうすんのよ? 一般人のくせして、博多駅で大々的なパフォーマンスをしちゃってさ! 」
「いや……あれは、仕方なくだ。あれは、事故に近いものだ。むしろ、バズって欲しくない映像だ」
 
 俺がそう説明しても、あすかは納得がいかないようだ。
 顔を真っ赤にさせて床をダンダンっと踏み始める。

「なによ? 人気が出て天狗になってるの!? タクヒトが言ったんじゃない? 動画アプリの『トックトック』を使って踊ればバズるって!」
「あ……」

 そう言えば、こいつが所属しているアイドルグループ。
 もつ鍋水炊きガールズの事務所に呼ばれた際、売れるにはどうしたらいいか? と双子みたいなアイドル。
 右近充うこんじゅ 右子みぎこちゃんと左近充さこんじゅ 左子ひだりこちゃんに、アドバイスを求められた。
 
 ダンスも歌も、トークも下手。
 しかし、あのアプリを使えば、素人でも簡単にバズれる傾向がある。
 特に肌を露出すれば……。
 と彼女たちに教えていた。

「あれから、アタシたちはみんなで中学校の時に着ていた制服や体操服、ブルマとか水着を着て、踊りまくったわよ! でも全然、再生回数が伸びないし……腰振りダンスのしすぎで、ヘルニア手術をする羽目になったわ!」
 どんだけ踊ったんだ?
「す、すまん……。上手くアドバイスできなくて」
「でも、右子と左子が二人で撮った日常の動画はなんでか、バズったのよ! 『気取らない二人が可愛い』とか『この二人だけを見ていたい』とか。意味わかんないわっ! センターはアタシなのに!」

 それは、視聴者の意見が一番当たっているのかも。
 センターのあすかは、自己主張が激しいが。いざ本番になると、ド緊張の素人レベルだし。
 でも、右子ちゃんと左子ちゃんは、質素な顔だけど控えめなところが、愛らしい。

「結局、もつ鍋水炊きガールズは事実上の解散よっ! 右子と左子だけ、独立したユニットを組んで、『トックトック』で活動しているわ……でも、アタシだって負けないんだからね! 今回のドラマで女優として、売れてみせるわ!」
「そ、そうか……」
「ていうか、タクヒトってさ。ゲイならゲイだって、最初から言いなさいよっ! ノーマルだと思って少し好意を抱いていたのに!」
 と頬を赤くするあすか。
 今さらだよな……。
「すまん」
「別に差別する気はないわっ! ただゲイでも推し変だけは、許さないからねっ! これからは夫婦でアタシを推しなさい!」
 ふざけるな、俺の嫁は俺だけが推しなんだ。
 
 まあ色々あったけど、あすかもちゃんと前へ進めている気がするので、良しとしよう。
 サブヒロインとしては、小説に描く機会がなかったけど……。
 とりあえず、おつかれさま。
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