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第五十五章 打ち切り

生きていくため、BLを選びます。

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 後から調べて分かったことだが……。
 ミハイルへ愛の告白を撮影した動画は、今現在で100万回以上の再生回数を叩き出している。
 しかし、それはノーカットの未編集動画であり。

 それとは別に、無理やり編集した悪意のある動画、ショート動画に、濃厚キス動画など……。
 ネット民のおもちゃにされていた。
 
 ここまで来たら、もうお手上げだ。
 腹を括るしかない。
 しかしだ……動画サイトのおすすめに上がって来た作品が気に食わない。
 クリックすると。
 軽快なリズムに合わせて、俺が歌いだす。

『お、お、俺はホモだっ♪ ホモの何が悪い♪ お、お、男が好きだっ♪』

 なんという改悪編集。
 自室でパソコンのモニターを眺めながら、深いため息をつく。

「ったく、よくやるよ。その技術を他に使えよ……」

 白金の言った通り、俺が身バレしため、DO・助兵衛のツボッターは炎上していた。
 そして、アンナというヒロインが男だと判明したため。
 俺が所属している、博多社のゲゲゲ文庫ホームページも荒れに荒れていた。
 もちろん作品である、“気にヤン”の公式ツボッターも。

 ファンの大半はヒロインの正体を、隠していたことに怒りを抱いていた。
 そりゃ、そうだよな……。
 騙していたのは、間違いないから。

 ~次の日~

 俺は白金に呼び出されて、天神にある出版社。博多社へ行くことにした。
 自動ドアが開くと、受付デスクに座っていた若い少年が駆けつける。

「あ、新宮さん!」
「おう、一。久しぶりだな」
「動画見ましたよ! すごくカッコイイ告白でした! 僕もあんなことをされたいですっ!」
 
 と興奮気味に俺の両手を掴むのは、受付男子こと、住吉 一だ。
 正直、目のやり場に困る。

 今日のコスプレ……というか最早、ランジェリーの部類なのでは?
 淡いブルーのベビードールを纏っているが、スケスケだから中が丸見えだ。
 紐パンを履いていて、ガーターベルトまで着用している。
 
 BL編集部の倉石さんが、命令したのかな。
 だが本人はそんなこと構わず、俺の両手を掴んでブンブン振っている。

「感動しました! 新宮さんとミハイルさんが結ばれるところを……想像すると僕、下着を汚しちゃいそうです♪」
 汚すなよ。
「そうか……とりあえず、白金を呼んで欲しいのだが」
「あ、それでしたら。もうお話は伺っております! 編集部の方へ呼ぶように言われてますので。エレベーターへどうぞ」
「了解した」

  ※

 エレベーターからチンと言う音が聞こえて、目的地へ到着したことに気づく。
 ドアが開くと、物凄い数の電話機が並べられていた。
 ベルが鳴ったと思ったら、すぐに男性社員が受話器を取る。

「はいっ! あ……その件でしたら、誠に申し訳ありません」
「いえ、私もヒロインの正体は知りませんで……」
「本当に申し訳ございません! 息子様の性癖を歪めてしまい……」

 これは全てクレームなのか。
 俺がその場で立ち尽くしていると。

「ようやく、張本人のお出ましですか?」

 目の前に幼い少女が立っていた。
 キャンディーのイラストがたくさんプリントされた、可愛らしいワンピースを着ている。
 幼いのは服だけだ。
 年齢はもうアラサーだし、肌も荒れている。

「白金……」
「打ち合わせ、しましょうか?」

 と更に狭くなった、打ち合わせ室を指さす。

「あ、ああ……」

 ゲゲゲ文庫の編集部は、本来の仕事が何も出来ずにいた。
 クレーム対応ばかりに追われているから。

 若い社員だけじゃ足りないので、中年の社員。編集長まで頭を下げていた。
 いい歳したおっさん達が半泣き状態で、謝っている姿は確かにこたえる。

 打ち合わせ室というには、あまりにもスペースが狭く何もない。
 あるのは、丸イスが二つだけ。

 とりあえず、白金と向かい合わせに座ってみる。
 互いの膝と膝がくっつくほどの距離感。

「はぁ……DOセンセイ。私は失望しましたよ。どうして、あんな人通りの多いところで、告白なんてしたんですか?」
「うっ、それはその……仕方なくだ。あの時を逃がしたら、アンナを。いやミハイルと二度と会えない気がして」
「で、あの動画騒ぎですか……」

 白金から生気を感じない。青ざめた顔で、瞼の下には大きなくま。
 どこか遠いところを見ているようだ。心ここにあらずといった様子。

 そんな白金を見て、俺もさすがに罪悪感を感じ。
 イスから立ち上がり、頭を下げる。

「すまん、白金! お前と二人で頑張ってきた“気にヤン”が、こんな風になってしまって。でもまたやれるよな、俺とお前なら。続きを書けば……」
 と言いかけたところで、白金が下から俺を睨みつける。
「続き? ないですよ。“気にヤン”の続きなんて」
「そ、そんな……ウソだろ? だってあれだけ売れているんだから」
 俺がそう言うと、白金は顔をしわくちゃにして怒鳴り声を上げる。
 
「その売れている作品を、作者本人が台無しにしたんでしょうがっ!」
「……」

 いつもふざけている白金だが、今回だけは何も反論できない。

「この前の電話でも、伝えた通り……あの動画でDOセンセイの知名度は、一気に上がりました。悪い意味ですが。本名から通っている高校、全て特定されています。ヒロインのこともね」
「まあ……俺だけなら良いんだ。他の人達に迷惑をかけてしまい、申し訳ないと思っている」
「ほんっとにそうですよっ! 見ました? この惨状を? 博多社始まって以来ですよ。まあ、それだけ私たち編集部の人間も“気にヤン”に賭けていましたから……一時はアニメ化の話もあったのに」
 と唇を尖がらせる。

「じゃあ、今後の“気にヤン”の連載はどうなるんだ?」
 俺の問いかけに白金は、黙り込んでしまう。
 頭を抱えて、何やらぼそぼそと呟く。

「ち切り、です……」

 良く聞こえなかった俺は、もう一度聞き返す。

「なんだって?」
「だから……打ち切りですって」

 俺はその言葉を信じられずにいた。

「ウソだろ? なんでだよ……あれだけ売れている作品なのに?」
「確かに……今でも売れています。でもラノベ読者ではなく、今回の動画を見た人間が、面白半分で買っているんですよ。どの書店も売り切れ続出らしいです」
「売れていることが悪いのか?」
「悪いというより……メインヒロインに問題があるんですよ。最初から女装男子として売れば、良かったのに。女の子として販売しましたから。上層部も続刊を出すことを渋っています。だから、“気にヤン”は打ち切りになるでしょう」

 いつになく真剣な顔つきの白金を見て、事の重大さに気がつく。

「じゃ、じゃあ……別の作品ならどうだ? 今の俺なら他にもラブコメを書けそうだが?」
「無理ですって。どうせまたアンナちゃん、いやミハイルくんをモデルに書くんでしょ? 例え違うと言っても、読者は信じてくれません。今回の騒ぎでDOセンセイは、有名になりすぎました……たぶん他の出版社でもセンセイに、作品を頼みたいと思いませんよ」
「そんな、じゃあ俺は一体どうしたら……」

 二人して頭を抱え、将来に絶望していると。
 コツコツと音を立てて、誰かが近寄ってくる。

「あらあら、琢人くん。そんな暗い顔してどうしたの? ひょっとして職探しかしら? ならうちに寄っていかない?」

 見上げると、そこには優しく微笑む女性が立っていた。
 元受付嬢で今は、BL編集部の編集長。

「倉石さん……」
「見たわよぉ~ あの動画、超イケてるわね! 男同士で10分間もディープキスとか、ネタとして最高っ!」
 と親指を立てる。
 結局、俺はそっち側に落ちないとダメなのか……。
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