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第五十四章 最後の取材
デートで格好つけると、大体ミスします。
しおりを挟むタケちゃんの新作映画が公開されることを知らなかった俺。
本当は観たくて仕方ない……が絶対にダメだ。
計画が狂う。
敢えて、今日は恋愛映画の『大パニック』を観ることにした。
事前にインターネットで調べたところ。
この作品をカップルで観に行くと、感動の余り、劇場から出ると、すぐにラブホテルへ直行するカップルが続出したとか。
いや、俺の目的はそっちではないのだが……。
とにかく、今日はこの映画を観るのだ。
そのためにチケットも、珍しく前売り券を購入しており、座席もインターネットで予約している。
カップルシートを。
なので、チケット売り場に並ばず、スクリーンへと向かえる。
途中、ポップコーンと飲み物を買おうと、売店に並ぶ。
どうもアンナの顔色が悪く見える。
「アンナ? どうした、なんか元気がないな?」
「うん……ごめんね。タッくんに会えるのは、すごく嬉しいし、楽しみだったけど」
「何か、心配なのか?」
「心配ていうか……タッくんが別人みたいに変わった気がして。怖いかな。どこか遠くへ行っちゃいそう」
え? 俺ってそんなに変わったかな。
筋トレのしすぎとか?
「な、何を言っている、アンナ。俺がアンナから離れるわけないだろ」
「本当? 今のタッくん。アンナじゃなくて、別の人を見ている気がする」
「……そんな訳ない! 俺は今日、自分の意思でアンナとデートをしたい、と思って来たんだから!」
なんで、こんなに暗いんだ? アンナ……。
デートをしているのに。
※
ブーッという音と共に、幕が上がる。
20年以上前に公開された名作、『大パニック』は当時、売れに売れて。
公開から約1年間のロングラン上映……という伝説を持つ。
俺が予約した座席は、カップルシート。
二人掛けのソファーみたいなもので、互いの間にひじ掛けが無い。
そのため、彼女が彼氏の肩にもたれ掛かったり、暗闇に乗じてイチャイチャすることも可能だ。
巨大なスクリーンを前に、アンナが好きなチョコ味のポップコーンを右手に持ち。
しれっと左手を、彼女の細い肩に回してみる。
アンナも嫌がる素振りは無い。
これぞ、カップルらしい映画の楽しみ方じゃないか!
しかし……肝心の彼女は。
「……」
終始無言。
そして、大食いのアンナがポップコーンを手につけていない。
何故だ!?
と、とりあえず、この映画を観れば、アンナも感動してくれるだろう。
~約3時間後~
大型客船は氷山に衝突してしまい、船はまもなく沈没。
パニックが起きる船内で、どうにかして生き延びようとする主人公とヒロイン。
壊れたドアの上にヒロインを乗せて、主人公はそれに掴まり極寒の海中を漂っていたが……。
最後は力尽きて、ひとり海へと沈んでいくのであった。
全ては愛するヒロインを守るため。
エンディングロールが流れ始めたころ。
予想通り、観客席からすすり泣く声が聞こえてくる。
主に女性の観客だ。
そして俺の隣りに座っているアンナにも、同じ現象が起きている……かと思ったら。
「うわぁあああん!!!」
両手で顔を覆い、号泣というより……ギャン泣き。
他の客が引くレベル。
「お、おい。アンナ、どうしたんだ?」
「ひどいよぉ! こんな映画、観たくなかったぁ!」
そんなこと言うなよ。監督やキャストに失礼だろ……。
「どうしてだ? 好みじゃなかったのか?」
「だってぇ! 最後に主人公が死んじゃったじゃん! この前のタッくんと重なったの! アンナのために死んで欲しくないっ!」
「あぁ……」
タイミングが悪かったようだ。
彼女に感動どころか、トラウマを植え付けてしまったみたい……。
※
悲しいラストシーンを観たせいで、アンナはかなり落ち込んでいた。
次から次へと、涙が溢れ出て来る。
見かねた俺がハンカチを貸したが、すぐにびしょびしょに濡れてしまう。
アンナ自身も取り乱していることを自覚したのか「とりあえずお手洗いに行かせて」とよろけながら、女子トイレへ向かった。
「……」
彼女の後ろ姿を見守りながら、唇を嚙みしめる。
クソっ、選んだ作品が良くなかったか。
これなら、タケちゃんの方が良かったのかな。
20分ほど経ってから、恐らくメイクを直してきたアンナが戻ってきた。
暗い顔で……。
「ごめんね、タッくん」
「いやぁ……俺こそ、すまん。あの映画を選んだから」
「ううん。アンナも良い映画だと思ったけど。どうしても、ラストの主人公がタッくんと重なって……」
「そうか」
でも、俺はあんなイケメンではないぞ。
失敗したことは、仕方がない。
やり直しなら、いくらでも出来る。
ここは一年前と同じことをやってみよう!
「なあ、アンナ。良かったら、プリクラを撮らないか? 初めて出会った時も、一緒に行ったよな」
「あ、うん……いいよ」
少しだが、笑みが戻った。
ここから彼女のテンションを爆上げさせて、良いムードにしないとな。
※
スクリーンから長いエレベーターに乗り込み、出口に到着すると。
すぐ左手に、ゲームセンターとプリクラ専用のブースがある。
アンナと初めて来た時、プリクラを撮影するのは人生で初めてだったが……。
過去に何度か、経験しているので慣れてきた。
そして今日のために、最新機種は全て把握済みだ。
「なあ、アンナ。今日はあの機種にしないか?」
「え……どうして?」
それを聞かれた俺は、自信満々に答えてみせる。
「ふふっ、プリクラの最新機種や色んな盛り方など。スマホに専用のアプリをインストールしたから、俺も詳しくなったのさ」
なんて格好つけてみる。
「そ、そうなんだ……」
あれ? なんかめっちゃ暗い顔をしてる。
視線も逸らされてるし。
「とりあえず、撮影するか!」
「うん」
機械に硬貨を投入して、いざ撮影タイム。
撮影する人数や背景、全身モードなどは全て俺が選んだ。
慣れた手つきで、画面をタッチしていると、背後にいたアンナが呟く。
「タッくん……見ないうちになんか、すごくプリクラに慣れたね」
「え?」
「前は何も分からなかったのに。アンナはもう要らないのかな?」
「あ、いや。そんなことないぞ? この機種に慣れているわけではなくて、事前に情報を……」
言いかけたところで、また彼女に遮られる。
「ひょっとして、マリアちゃんに教えてもらったの?」
「ち、違うぞ! 俺は自分で操作方法を覚えたにすぎん」
正直に説明したつもりだが、今の彼女には伝わらなかったようだ。
「一年前とは違うもんね。もうあの時のタッくんとは違う。アンナがひとり占めにしちゃダメだもん……強くなったし、色んな子にモテるし」
「いやぁ、そんなことないぞ? 俺はこの数ヶ月、アンナのことしか考えていない」
ここだけは真実であると、強調したかったのだが。
「タッくん、優しい……だからモテるんだよね。もう一般人のアンナとは違って、有名な作家さんだし」
ちょっと理解に苦しむ。
そんな有名人なら、俺は博多を歩けないって……。
何故、今日のデートは、こんなにも上手くいかないんだ?
俺はこの1日に、全てを賭けているのに。
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