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第五十二章 怒涛の2年生編

ヒロインの交代

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「タッくん、久しぶりだね☆」
「……アンナ。どうして?」

 俺の隣りに立つ金髪のハーフ美少女は、間違いなく本物だ。
 幻影などではない。
 その証拠に、2つのエメラルドグリーンを輝かせている。
 しかし、なぜ?

「あのね、ミーシャちゃんが教えてくれたの☆」
「ミハイルが?」

 目の前に本人がいると言うのに、驚いてみせる。
 だって俺は、アイツに絶交されたから……。
 もう二度と会ってくれない。そう思っていた。

「うん☆ なんかSNSを見ていて、タッくんがどんどん痩せているから。心配なんだって」
「そ、そうか……ミハイルが、俺を心配してくれたのか……」

 安心したところで、どっと気が抜ける。
 その場で、地面に倒れ込んでしまった。
 するとアンナが慌てて、俺のそばに駆け寄る。

「タッくん!? 大丈夫? やっぱり食べてないから、元気がないんだよ……アンナが作ってきたから、あそこで食べよ」
「え?」

 アンナに手を引かれて向かった先は、一ツ橋高校の校舎。
 玄関の近くに、ベンチが1つだけある。
 ベンチの下には、錆びたペンキ缶が置いてあった。

 ここは、宗像先生がスクリーングの時だけに、設ける喫煙所だ。
 ヤンキーだけが、利用する場所なのだが……。
 今朝は誰も使っていない。
 きっと、朝が弱い……というか、やる気がないからだろう。

「さ、タッくん。ここに座って。また倒れちゃうよ?」
「ああ……でも、俺は学校へ来たんだ」
 そう断ろうとしたが、アンナの馬鹿力で強制的に座らせられる。
「ダメだよっ! 今のタッくんは、栄養不足で危ないんだから!」
「わ、悪い」


 とりあえず、ベンチの隣りにリュックサックを置いて。
 彼女に言われるがまま、黙ってベンチで休憩することに。
 
 アンナは持参してきた、かごバッグの中をごそごそと探している。
 そこで、俺はようやく気がついた。
 髪が長いことに。
 この前ミハイルに会った時は、ショートカットへばっさりと短くしていたのに。
 
 彼女の横顔をまじまじと眺めていると、アンナが視線に気がつく。

「どうしたの? 何かアンナの顔についている?」
「いや……髪型が変わってないなって」
「なに言っているの? アンナは最近、美容室とか行ってないよ?」
「そ、そうか……じゃあ、気のせいだな」

 ひょっとして、ヅラか?

  ※

「さ、タッくん。朝ごはんを作ってきたからねぇ☆」
 そう言って、弁当箱の蓋を開けるアンナ。
 中には、色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチが、ギッシリと詰まっていた。
 おしゃれなワックスペーパーで、1つずつ包まれている。

 最初に渡されたのは、卵サンド。
 手に持つと、まだ冷たい。
 彼女が持ってきた弁当箱をよく見ると、保冷剤が目に入った。
 傷まないように……アンナの優しさを感じる。

「いただきます……」

 恐る恐る、ひと口かじってみる。
 正直、怖かった。
 なにも受けつけない毎日だったから、アンナの食事でも吐き出してしまうのでは?
 という恐れがあった。

「……っくん。うまい」

 それを隣りで聞いたアンナは、パーッと顔を明るくさせる。

「良かったぁ~! まだまだおかわりがあるから、食べてね!」
「ああ、ありがとう。アンナ、これなら食べられそうだ……」
「うん☆ 魔法瓶に温かいトマトスープを入れているから、それも出すね☆ 身体がぽかぽかするよ☆」

 そう言って、コップにスープを注ぐアンナ。
 彼女が言う通り、まだ温かいようだ。湯気が立っている。
 ふと、アンナの横顔を見つめると、緑の瞳に涙を浮かべていた。

 サンドイッチを頬張りながら、呟く。

「アンナ……」
「タッくん。もっともっといっぱい食べてね☆ これからちゃんと食べられるまで、アンナが作ってあげるから!」
「すまん」

 ん? 食べられるまで?
 どういうことだ?

  ※

 まだ弁当を食べている際中だが、そろそろ生徒たちが校舎に集まってきた。
 普段はヤンキーが、タバコを吸っている喫煙所なので。
 悪目立ちしていた。

 すれ違う生徒たちの視線が、気になったのか。
 アンナは慌てて、ベンチから立ち上がる。

「ご、ごめん。タッくん! アンナ、やることがあったの! ちょっと2階の事務所に行かなきゃ……」
「へ?」
「タッくんはまだ食べていてね☆ 食べられるなら全部食べるんだよ!」
「お、おう……」

 卵サンドを食べ終え、今度はレタスサンドを味わっている。
 非常に美味い。
 レストランに出していいレベルだ。

「じゃあ、またあとでね☆」
 そう言うとアンナは、一ツ橋高校の玄関へと走り去る。

「……」

 一人取り残された俺は、温かいトマトスープをすする。

「っはぁ~」

 青空の下で愛妻弁当を、食べられるとか。
 幸せだなぁ……って、何を気取っているんだ俺。
 部外者であるアンナが、なぜこの一ツ橋高校に来たんだ?
 しかも、2階の事務所へ向かった。
 わ、分からん……。


 彼女に言われたからではないが、とりあえずアンナの作った弁当は残さず、キレイに全部食べた。
 空になった弁当箱を持って、俺も校舎の中に入り、2階へと上がる。

 今日から俺は、2年生になったので。
 教室も隣りのクラスへと移動することになった。
 ちなみに教室棟の2階は、3クラスしかない。
 だから、真ん中のクラスへ移ったってことだ。

 教室のドアを開くと、既にホームルームが始まっていた。
 遅れて入ってきた俺を見て、宗像先生がギロっと睨む。

「新宮! 進級したばかりなのに、遅刻か!? たるんでいるぞ!」
 えらく機嫌が悪そうだ。
「す、すみません……食事を取っていたので」
「な~にが食事だっ! 終業式をサボりやがって! 去年の単位を全部はく奪しちまうぞっ! 早く席に着け!」
「はい……」

 ていうか、俺。
 本当は今日、退学届を出しに来たんだけどな。
 いつもの癖で、教室に入ってしまった。

 前のクラスと同じ位置にある、席へ着くと。
 後ろから、肩を突かれる。

「ねぇねぇ……」

 振り返ると、赤髪のギャル。花鶴 ここあが座っていた。
 専属絵師のトマトさんは、なぜか床で正座している。
 ここあに怒られているのかと思ったが、「ブヒブヒ」言いながら、彼女の太ももを拝んでいるので。仲は良いのだろう……。

「どうした? ここあ」
「オタッキーさ。その後どう? ミーシャは戻ってきそう?」
「それなんだが……」

 言いかけた瞬間、宗像先生が怒鳴り声を上げる。

「こらぁっ! 新宮と花鶴、私語は慎め! 額にナイフを投げちまうぞ、バカ野郎!」
「す、すみません……」

 だから、いつまでそのネタを引きずっているんだよ……。

「ええ……話が逸れた。ごほんっ! 古賀 ミハイルについてだが、事情があって遠くへ引っ越すことになった」
 宗像先生の話を聞いた俺は、驚きのあまり席を立つ。
「そ、そんな……ウソでしょ? 先生っ!?」
 立ち上がった俺を注意せず、宗像先生は黙って首を横に振る。
 ただ、人差し指を唇に当てていた。
 黙って見ていろってことか。
 
「古賀は休学となるが、いとこの女子が編入してくることになった。お前たちと同じ2年生だ。仲良くしてやれ」
「まさか……」
「おいっ! そろそろ良いぞ。教室に入って来い!」

 先生が手招きすると、教室の扉がガラっと音を立てる。
 現れたのは、先ほど俺に愛妻弁当を作ってきてくれた美少女だ。
 
「初めまして。古賀 アンナです☆ 皆さん、今日からよろしくお願いします☆」
 礼儀良く、おじぎをする金髪のハーフ美少女。

「な、なんで……?」
 ミハイルじゃなくて、アンナが戻ってきたのかよ。
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