447 / 490
第五十一章 暗黒時代
ミハイル病
しおりを挟むミハイルらしき人物から、何度か反応はあったが……。
肝心の本人が、学校へ来ることはない。
彼がいないスクリーングなんて、何も楽しくない。
俺の方こそ、そう感じてしまう。
第二回目の試験も、ミハイルのことで頭がいっぱいだった。
そのため、問題を解く余裕など無い。
延々と、空欄を『ミハイル、ミハイル、ミハイル……』と埋めていく。
自分の出席カードにまで、古賀 ミハイルと書いてしまったらしい。
代理で試験を、受けている状態。
見かねた宗像先生が「今日はもういいから、帰れ!」と、俺を教室から追い出してしまう。
後からテストを郵送するから、気持ちの整理がついたら提出するように言われた。
俺はもう抜け殻だ……。
アイツが隣りにいないと、何も出来ない人間なんだな。
※
それから1ヶ月が経ったころ。
俺の体重は、5キロ近く減ってしまう。
固形物を何も口にしていないから……。
ただ、色々と試してみたところ、一つだけ食べられるものがあった。
博多銘菓の『白うさぎ』だ。
去年の夏。
別府温泉に旅行へ行った時、偶然ミハイルの股間を見てしまった。
彼の股間は、“パイテン”で手乗りぞうさん……いや、可愛らしいうさぎさんだった。
それを思い出した俺は、インターネットで箱買い。
夜な夜な自室で一人、学習デスクに座ると。
二台のモニターに、たった1枚しかないミハイルの写真をコピーさせ、ウインドウを10個も並べて表示させる。
それを眺めながら、マシュマロ生地の白うさぎを口に放り込む。
「甘い……ミハイルの……」
と写真の中の彼を、見つめるのだ。
特にデニムのショーパン。チャックの辺りを。
食事は取れないが、この白うさぎならば、口に入る。
もう30箱は空けたと思う。
そんなことをしていると。
机の上に置いていたスマホが、振動で揺れる。
まさかと思い、画面を確認すると、ため息が漏れた。
電話をかけてきた相手が、期待外れだから。
「も、もしもし……」
体重が一気に落ちたこともあってか、声を出すのがやっとだ。
『へ? DOセンセイの電話番号であってますよね? なんかゾンビみたいな声なんですけど』
「悪かった……な」
突っ込む元気すら無い。
『一体、どうしたんですか? 死期が近いんですか? ところで、頼んでいた原稿はどうなりました? もう一ヶ月近く待っているんですよ!』
「実は……全然書けてない」
相変わらず、スランプ状態に陥っていた。
俺はミハイルに絶交宣言をされて以来、小説を書くことが出来なくなった。
速筆だけが売りだったのに……。
ED作家になってしまった。
『えぇ!? 早出しのDOセンセイにしては珍しい! どうしてですか? ひょっとして、アンナちゃんとケンカでもしました?』
「そ、それは……」
宗像先生やここあのように、事情を知らない白金にどう説明したらいいものか。
俺が困っていると、白金の方から先に答えてくれた。
『話し方から察するに、どうやらスランプ状態のようですね……。そうだ、明日。久しぶりに打ち合わせをしましょう! 博多社で。DOセンセイが必ず元気の出る朗報を用意していますので!』
「はぁ……」
『未完成でも良いので、原稿も持って来てくださいね! ブチッ!』
相変わらず、電話の切り方が雑な奴だ。
~次の日~
俺は言われた通り、天神にある博多社へと向かった。
よろよろとビルの中に入る俺を見て、受付男子の一が駆けつける。
肩を貸してくれ、エレベーターまで連れて行ってくれた。
「だ、大丈夫ですか? 新宮さん、フラフラですよ」
「ああ……」
心配そうに上目遣いで、俺を見つめる。
この隣りが、アイツだったら、どれだけ満たされるのだろう……。
俺は断ったが、どうしても心配だからと一緒にエレベーターへ乗り込む。
ボタンも彼が押してくれ、スマホで白金に連絡を取る。
「もしもし? あ、あの新宮さんの具合が悪いので、すぐに来てください!」
「……」
俺も随分と、弱くなったものだ。
編集部へ着くと、担当編集の白金が待っていた。
変わり果てた俺の姿を見て、驚きを隠せない。
「え、本当にDOセンセイですか!? ミイラみたい……」
「……それより、打ち合わせだろ?」
「そうですけど……」
あのアホな白金でさえ、この姿を見て言葉を失っていた。
一は、白金に俺を託して、その場を去っていく。
ただ帰りも心配だから、声をかけてくれと言われた。
今の俺は、よっぽどやつれて見えるようだ。
※
辺りを見回す元気はなかったが、編集部は今まで見たことないぐらい、活気づいていた。
見知らぬ若い社員が書類を持って、社内を走り回っている。
「それで……今回の打ち合わせってのはなんだ?」
かすれた声で、問いかける。
「あ、DOセンセイに、ずっとご報告したいことがあったんですよ!」
「報告? お前の結婚が決まったのか? 詐欺にあってないか?」
「違いますよっ! “気にヤン”のアニメ化が決まったんです!」
「は?」
「おめでとうございます。DOセンセイの作品が、動くアニメになるんですよ♪」
「……」
実感が湧かない。
俺の小説が、アニメ化だと?
「それからですね。もう一つ、ビッグニュースがあるんですよ!」
「はぁ……」
「ヒロインのアンナ役に、YUIKAちゃんが起用されるんです! すごくないですか!?」
「え、何が?」
まともに食事を取っていないせいか、ちゃんと内容が頭に入ってこない。
「何がじゃなくて。あのYUIKAちゃんが、DOセンセイのヒロインに、命を吹き込んでくれるんですよ! 嬉しくないんですか!? 永遠の推しでしょ?」
「あぁ……そう言えば、そうだったな」
「ちょっと! なにサラッと話を流しているんですか!? 夢だったでしょ。アニメ化した暁には、アフレコ現場に行って。YUIKAちゃんとツーショットを撮るのが!」
「そんなことも、あったな……」
激しい温度差に、戸惑を隠せない白金。
「えぇ!? ちょっと、どうしたんですか!? YUIKAちゃんのために、一ツ橋高校へ入学し、ラブコメを書き始めたんでしょ!」
「そうだったけ……あんまり覚えてないや……」
「ま、マジで言ってます? 頭がおかしくなってません?」
白金に指摘されるまで、気がつかなかった。
今の俺は……頭の中がミハイルでいっぱい。
他の人間が、入り込む余地など無いことに……。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる