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第五十一章 暗黒時代

ミハイル病

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 ミハイルらしき人物から、何度か反応はあったが……。
 肝心の本人が、学校へ来ることはない。

 彼がいないスクリーングなんて、何も楽しくない。
 俺の方こそ、そう感じてしまう。

 第二回目の試験も、ミハイルのことで頭がいっぱいだった。
 そのため、問題を解く余裕など無い。
 延々と、空欄を『ミハイル、ミハイル、ミハイル……』と埋めていく。
 自分の出席カードにまで、古賀 ミハイルと書いてしまったらしい。

 代理で試験を、受けている状態。
 見かねた宗像先生が「今日はもういいから、帰れ!」と、俺を教室から追い出してしまう。
 後からテストを郵送するから、気持ちの整理がついたら提出するように言われた。

 俺はもう抜け殻だ……。
 アイツが隣りにいないと、何も出来ない人間なんだな。

  ※

 それから1ヶ月が経ったころ。
 俺の体重は、5キロ近く減ってしまう。
 固形物を何も口にしていないから……。

 ただ、色々と試してみたところ、一つだけ食べられるものがあった。
 博多銘菓の『白うさぎ』だ。
 去年の夏。
 別府温泉に旅行へ行った時、偶然ミハイルの股間を見てしまった。

 彼の股間は、“パイテン”で手乗りぞうさん……いや、可愛らしいうさぎさんだった。
 それを思い出した俺は、インターネットで箱買い。

 夜な夜な自室で一人、学習デスクに座ると。
 二台のモニターに、たった1枚しかないミハイルの写真をコピーさせ、ウインドウを10個も並べて表示させる。
 それを眺めながら、マシュマロ生地の白うさぎを口に放り込む。

「甘い……ミハイルの……」

 と写真の中の彼を、見つめるのだ。
 特にデニムのショーパン。チャックの辺りを。

 食事は取れないが、この白うさぎならば、口に入る。
 もう30箱は空けたと思う。


 そんなことをしていると。
 机の上に置いていたスマホが、振動で揺れる。
 まさかと思い、画面を確認すると、ため息が漏れた。
 電話をかけてきた相手が、期待外れだから。

「も、もしもし……」
 体重が一気に落ちたこともあってか、声を出すのがやっとだ。
『へ? DOセンセイの電話番号であってますよね? なんかゾンビみたいな声なんですけど』
「悪かった……な」
 突っ込む元気すら無い。
『一体、どうしたんですか? 死期が近いんですか? ところで、頼んでいた原稿はどうなりました? もう一ヶ月近く待っているんですよ!』
「実は……全然書けてない」

 相変わらず、スランプ状態に陥っていた。
 俺はミハイルに絶交宣言をされて以来、小説を書くことが出来なくなった。
 速筆だけが売りだったのに……。
 ED作家になってしまった。

『えぇ!? 早出しのDOセンセイにしては珍しい! どうしてですか? ひょっとして、アンナちゃんとケンカでもしました?』
「そ、それは……」
 宗像先生やここあのように、事情を知らない白金にどう説明したらいいものか。
 俺が困っていると、白金の方から先に答えてくれた。

『話し方から察するに、どうやらスランプ状態のようですね……。そうだ、明日。久しぶりに打ち合わせをしましょう! 博多社で。DOセンセイが必ず元気の出る朗報を用意していますので!』
「はぁ……」
『未完成でも良いので、原稿も持って来てくださいね! ブチッ!』

 相変わらず、電話の切り方が雑な奴だ。

 ~次の日~

 俺は言われた通り、天神にある博多社へと向かった。
 よろよろとビルの中に入る俺を見て、受付男子の一が駆けつける。
 肩を貸してくれ、エレベーターまで連れて行ってくれた。

「だ、大丈夫ですか? 新宮さん、フラフラですよ」
「ああ……」

 心配そうに上目遣いで、俺を見つめる。
 この隣りが、アイツだったら、どれだけ満たされるのだろう……。

 俺は断ったが、どうしても心配だからと一緒にエレベーターへ乗り込む。
 ボタンも彼が押してくれ、スマホで白金に連絡を取る。
「もしもし? あ、あの新宮さんの具合が悪いので、すぐに来てください!」
「……」
 俺も随分と、弱くなったものだ。
 
 編集部へ着くと、担当編集の白金が待っていた。
 変わり果てた俺の姿を見て、驚きを隠せない。

「え、本当にDOセンセイですか!? ミイラみたい……」
「……それより、打ち合わせだろ?」
「そうですけど……」

 あのアホな白金でさえ、この姿を見て言葉を失っていた。

 一は、白金に俺を託して、その場を去っていく。
 ただ帰りも心配だから、声をかけてくれと言われた。
 今の俺は、よっぽどやつれて見えるようだ。

  ※

 辺りを見回す元気はなかったが、編集部は今まで見たことないぐらい、活気づいていた。
 見知らぬ若い社員が書類を持って、社内を走り回っている。
 
「それで……今回の打ち合わせってのはなんだ?」
 かすれた声で、問いかける。
「あ、DOセンセイに、ずっとご報告したいことがあったんですよ!」
「報告? お前の結婚が決まったのか? 詐欺にあってないか?」
「違いますよっ! “気にヤン”のアニメ化が決まったんです!」
「は?」
「おめでとうございます。DOセンセイの作品が、動くアニメになるんですよ♪」
「……」

 実感が湧かない。
 俺の小説が、アニメ化だと?

「それからですね。もう一つ、ビッグニュースがあるんですよ!」
「はぁ……」
「ヒロインのアンナ役に、YUIKAちゃんが起用されるんです! すごくないですか!?」
「え、何が?」
 まともに食事を取っていないせいか、ちゃんと内容が頭に入ってこない。

「何がじゃなくて。あのYUIKAちゃんが、DOセンセイのヒロインに、命を吹き込んでくれるんですよ! 嬉しくないんですか!? 永遠の推しでしょ?」
「あぁ……そう言えば、そうだったな」
「ちょっと! なにサラッと話を流しているんですか!? 夢だったでしょ。アニメ化した暁には、アフレコ現場に行って。YUIKAちゃんとツーショットを撮るのが!」
「そんなことも、あったな……」

 激しい温度差に、戸惑を隠せない白金。

「えぇ!? ちょっと、どうしたんですか!? YUIKAちゃんのために、一ツ橋高校へ入学し、ラブコメを書き始めたんでしょ!」
「そうだったけ……あんまり覚えてないや……」
「ま、マジで言ってます? 頭がおかしくなってません?」

 白金に指摘されるまで、気がつかなかった。
 今の俺は……頭の中がミハイルでいっぱい。
 他の人間が、入り込む余地など無いことに……。
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