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第四十八章 年越し男の娘

今年最後のミハイルくん。

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 ミハイルと電話で話してから、数時間経った。
 もう18時を越えたから、窓の向こう側は暗くなっている。
 真冬だし、この時間帯でも、夜に近い。

 心配になって、彼に電話をかけてみるが。
 何度かけても出てくれない。

 なんか嫌われること、したかな……。
 首を傾げながら、自室のテレビをつけてみる。

『それでは、今年もこれで終わりです! タウンタウンが送る。絶対笑えTV二十四時間!』

 もう、そんな時期か……。
 去年は、一ツ橋高校に入学するため、中学校の教科書で猛勉強していたから、見られなかったもんな。
 結局、願書を出して、すぐ合格したから、意味がなかったんだけど。

 ボーっとお笑い番組を眺めていると、部屋の扉がガチャンと音を立てて開く。

 振り返ると、そこには、妹のかなでが立っていた。
 連日の受験勉強で、顔色が悪い。
 かなで曰く、勉強するのは苦ではない。
 それよりも男の娘同人ゲームを、封じられていることが、何よりも辛いそうだ。
 頬もこけている。

「おにーさま……ちょっといいですか?」
 力ない声だった。
 ここまで来ると、さすがに兄として、心配だ。
「おお……大丈夫か? かなで」
「え? なにがですの? かなでのことなら、問題ありません。脳内で男の娘をぐっしょぐっしょに濡らして……股間のタンクが無くなるまで、撃ちまくっていますわ」
「そ、そうか……」
 禁断症状から、いつか近所のショタッ子に手を出さないか、不安だ。
 無理やり、女装させたりとか……。


「それで、俺に用ってなんだ?」
「あ、そうでしたわ。お客様がお見えですよ」
「え? 俺にか?」
「はい……ミーシャちゃんです」
「なっ!?」

 それを聞いた俺は、部屋から飛び出す。
 リビングを通り抜け、急いで階段を駆け下りた。

 店は閉めているから、裏口の扉を開けると、一人の少年が立っていた。
 ニコニコと微笑んで、俺の顔を見つめる。

「タクト! 持ってきたよ!」
「み、ミハイル……」

 両手には、大きな風呂敷で包まれた圧力鍋。
 そして背中には、これまた巨大なリュックサックを背負っている。

 クリスマス・イブを一緒に過ごしたアンナの時とは違い、服の色合いが落ち着いている。
 黒のショートダウンに、ブラウンのショートパンツ。
 足もとは、スニーカー。
 
 アンナの時の方が可愛いのに、なんなんだ? このときめきは……。
 ギャップ萌え、とでもいうのか?

 それにショートパンツの素材がフェイクレザーだから、以前学校で触れなかった悔いがある。
 このまま部屋に連れ込んで……いや、ダメだ。
 理性を取り戻すんだ、俺。

 素のミハイルに見惚れていると、彼が距離をつめて、俺の顔を覗き込む。
 低身長だから、自然と上目遣いになる。

「どうしたの? タクト?」
 相変わらず、エメラルドグリーンの瞳が輝いて見える。
「うう、その……」
「なんか調子悪いの?」
 更に顔を近づけて、俺の目をじっと眺める。

 わざとやっているわけじゃないから、俺の方が負けてしまう。
 クソ。だから、ミハイルモードは嫌いなんだ……。

 恥ずかしさを紛らわすため、彼の持っているものを指差す。

「なあ、ところでその鍋がお雑煮か?」
「ん? あ、そうだよ☆ かつお菜がちゃんと入っていて、お餅もたくさん入れたからね☆ お母さんとかなでちゃんも、みんなで食べてよ☆」
「そうか。悪いな」
 魚のかつおをぶち込むのが、福岡流なんだな。
 よく分からんが……。

 ミハイルから鍋を受け取って、とりあえず、店のローテーブルへ一旦置くことにした。
 持ってみたが、かなり重たい。
 5人分はあるんじゃないか?
 よく持ってきたな……。

「ところで、なんで電話に出てくれなかったんだ?」
 俺がそう言うと、「あ、いけない!」と言って、慌て出す。
「ごめん! オレが料理するのに結構、時間がかかってさ……。タクトに色々食べて欲しかったから、いろんなものを作ってたら、スマホも気がつかなくて」
「そういうことか……なら、気にするな。じゃあ、後ろのリュックにもあるのか?」
 彼のリュックサックを指差すと、ミハイルは嬉しそうに微笑む。
「そうだよ☆ 待ってて、今出すから!」

 お雑煮だけでも、充分嬉しかったのだが……。
 料理が得意なミハイルだ。
 俺の想像を超える料理の数々が、リュックサックから飛び出てくる。

「まずはおせち料理ね、ハイ☆」
 とスナック感覚で、重箱を取り出すミハイル。
 三段だろ、これ? 買ったら相当するだろ……。

「あと、タクトって、“ぬか漬け”は食べられる?」
「へ?」
「だから、ぬか漬けだよ。知らないの?」
「いや。知ってはいるが……」
「じゃあ、好きなの?」
「まあ……」
 俺がそう答えると、ミハイルは手を叩いて喜ぶ。

「良かったぁ☆ ぬか漬けをたくさん持ってきたから、食べてくれる? きゅうりとナスにニンジン。ピーマンも入れたよ☆」
 おばあちゃんかよ……。
 なんで、16歳の男子高校生が、ぬかに漬けていやがるんだ?

「お前が漬けたのか?」
「そうだよ? 死んだかーちゃんから、ずっと受け継いでる“ぬか”なんだ☆」
「えぇ……」

 重い! そんな死んだお母さんの分まで、想いが込められているなんて。
 食いづらい。

「あとね……」
 まだあるの? もういいよ。

「黒豆と“がめ煮”を作り過ぎちゃったから、おすそ分けね☆」
 そう言って、大きな深皿を2つ取り出す。
 ミハイルが作ってくれたお雑煮とおせち料理で、一週間分ぐらい過ごせそうな量だった。

 ここまでしてくれて、俺もさすがに悪い気がしたので、「家にあがらないか?」と提案したが。

「ねーちゃんのおつまみを、作らないといけないから」
 と断れてしまった。

 料理だけ俺に渡すと、彼は「また来年ね~☆」と足早に、地元の真島商店街を走り去ってしまった。

 今年最後だってのに、なんか寂しい別れ方だな……。
 と思いながら、俺は彼のレザーヒップを、目に焼き付けるのであった。
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