上 下
422 / 490
第四十七章 初めてのイブ

そんなっ! 明日は仕事なのに……。(男同士)

しおりを挟む

 宗像先生から逃げるため、俺たちはフードコートへ移動することにした。
 一ヶ月限定の特設会場。
 普段なら、色んな人々が行き交う広場なのだが。
 
 今は煌びやかクリスマスツリーが飾られており、その周りにステージまで設けられている。
 司会の女性がマイクを持って、アーティストの名前と曲名を紹介していた。
 どうやら、プロのバイオリニストとソプラノ歌手がコンビで、クリスマスソングを披露するらしい。

 俺は普段、こういうのを聞かないから、良く分からないが……。
 確かに、会場の雰囲気と合っている。
 クリスマスらしい。

 アンナがホットチョコレートをすすりながら、「そろそろお腹がすいたな☆」と言うので。
 フードコートにある他の屋台を色々と物色し、気になったものを注文。

 渦巻きに巻かれたぐるぐるソーセージ、パエリア、チキン。
 これで終わりかと思ったら大間違いで、アンナの腹は満たされない。
 大きなピザに、チーズボール。パスタにステーキ。グラタンまで……。

 フードコートにあるテーブルで、食事をとれるのだが。
 俺たちは2人だけなのに、購入したメニューが多すぎて。
 スタッフのお姉さんが、わざわざ6人がけのファミリータイプへ案内してくれた。

 そんな大きなテーブルでも、隅までギチギチ。
 ちょっと、皿を動かしたら今にも、地面に落ちそう。

「うわぁ~☆ クリスマスっぽい! おしゃれだし、みんな美味しそう☆」
「そ、そだね……」

 確かに全部、美味そうなんだけど、量が多すぎる。
 こんなに食えない。

 ~30分後~

「はぁ~☆ 美味しかったぁ☆」
「……」

 全部、残さず食いやがった……。
 俺はチキンだけで、お腹いっぱいになったのに。
 相変わらず、怖いな。アンナさんの胃袋。

「じゃあ、そろそろフードコートを出るか? 他にもお客さんが待っているみたいだし」
「うん☆ あ、でもその前にいいかな?」
「え?」
「デザートに、アップルパイを食べたいの☆」
「了解した……」

 スイーツは別腹ってか?
 この人の胃袋、どうなってんの。

  ※

 アンナは、クリスマスマーケットの屋台で販売している、食事やデザートは、ほぼ全て食い尽くした。
 満足した彼女は、「イルミネーションが見たい」と言うので、俺もついていく。

 ツリーから少し離れたところに、光りで包まれた公園があった。
 ハートの形のイルミネーションやかぼちゃの馬車。
 若いカップルでごった返しており、みんな撮影に拘っている。
 きっと、SNSに投稿することも意識しているのだろう。

「キレイだねぇ……」
 エメラルドグリーンの瞳を輝かせて、イルミネーションを眺めるアンナ。
 俺には、こんな人工的に作られたものより、こいつの瞳の方が何倍も、綺麗だと感じる。
 イルミネーションを楽しんでいることを良いことに、今も俺は彼女の横顔を、じっと見つめている。

「ねぇ、タッくん」
 急にこちらへ視線を向けられたので、ビクっとしてしまう。
「お、おお。なんだ?」
「ちょっと、そこのベンチに座らない?」
「ん? あそこか?」

 アンナが指差したのは、何の飾りつけもない古いベンチだ。
 多分、このクリスマスマーケットのために置かれたものじゃなくて、普段からあるものだ。
 そんな所だから、人気が少ない。

「構わんが」
「じゃあ、ちょっと二人で座ろうよ。人が多くて、二人きりの時間が少ないもん」
 と唇を尖がらせる。
「了解した」

 彼女に言われた通り、ベンチに腰を下ろして見せる。
 するとアンナは、満足そうに隣りへ座った。
 寒いからと俺の腕をぎゅっと掴んで、胸へと押しつける。

「お、おい……」
「いいじゃん。イブなんだから☆ タッくんとの初めてを、たくさん味わいたいの☆」
 そう言って、可愛く上目遣いをされると固まってしまう。
 今日のアンナは、本当に積極的だな。
 ひょっとして、マリアへの対抗心がそうさせるのか?


「ねぇ、タッくん☆」
「ん? なんだ?」
「あのね……」
 俺の耳もとに手を当てて、そっと囁く。
 思わず、ドキッとしてしまう。
 何を言い出すのか、彼女の言葉に緊張する。

「目をつぶってくれる?」
「なっ!?」

 ま、まさか……この前の続きを、したいってことか!?
 聖夜にこんな人がたくさんいる場所で、キッスだと。

「ごくり……」

 生唾を飲まずにはいられなかった。
 昨晩、ミハイルの時には出来なかったが、女装して積極的なアンナなら、唇を重ねられるということでは?

 マジか、俺。ついにイブで、ファーストキスを経験できるんだ。
 覚悟を決めて、瞼をぎゅっと閉じる。

「つ、つぶったぞ?」
「じゃあ、アンナが良いって言うまで、ずっとつぶったままでいてね☆」
「は、はい!」
 なぜか敬語になり、カチコチに固まってしまう。

 瞼を閉じているから、何が起きているが分からない。
 どうやら、アンナは両手を俺の首に回し、抱きしめているようだ。
 彼女の吐息が、俺の頬に伝わる。

 これはマジだ。
 心臓がバクバクして、爆発しそう。
 いつになったら、彼女の唇が俺の唇に……。


「ちゅっ」

 可愛らしい音だった。
 アンナの唇は、とても小さい。
 だから、食事をする際も、あまり大きく唇を開けることができない。
 それもまた彼女の愛らしいところでもあるのだが。

「ちゅっ……ちゅっ、ちゅっ!」

 激しいキッスだった。
 なんていうか、キツツキきたいな接吻。

「ちゅ~、ちゅっ! ちゅっ! あれ? なんでかな?」

 自分からやっておいて、時折疑問を抱いているようだ。
 それもそのはず、この激しいキッスは唇ではなく、頬にされているからだ。
 左側の。

 ゲームのコントローラーを連打する子供のように、激しくキッスを重ねるアンナ。

「なあ、アンナ? 一体なにをやっているんだ?」
 瞼は閉じたまま、質問してみる。
「あ、タッくん! 目はつぶってよね! 恥ずかしいから!」
「おお……閉じているよ。なんで、こんなに頬へ……その唇を当てているんだ?」
「だって、マリアちゃんがこの前学校で、頬にキスしたって、ミーシャちゃんが言うから……汚れを落とすの!」
「えぇ、それで……」
 なんだ、あのことをまだ根に持っていたのか。

「そうか……しかし、こんなに何回も、しなくていいんじゃないのか?」
「ダメ! キスマークをつくるの!」
 ファッ!?
 この人は一体何を言っているんだ。
 今やっている控えめなキスでは、マークをつけることは、無理だろうに。

「おかしいな。今読んでいるBLマンガでは、こうしたら、すぐについたんだけどなぁ」
 そりゃ、マンガだからだろ。
「アンナ。もう良くないか?」
「イヤっ! 絶対タッくんに“しるし”をつけるの! ちょっと黙ってて!」
 怒られちゃったよ……。
「はい……」


「ちゅ、ちゅ、ちゅっ! う~ん。息を吐きながら、チューすればいいのかな?」

 逆だ、逆!
 吸うんだよ!

「すぅ~ しゅば~!」

 うん、暖かいね。それだけだよ。
 結局このあと、アンナが満足するのに、1時間も付き合わされた。
 これが、恋人らしいクリスマス・イブなの?
 僕には分かりません……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕は絶倫女子大生

五十音 順(いそおと じゅん)
恋愛
僕のコンプレックスは、男らしくないこと…見た目は勿論、声や名前まで男らしくありませんでした…。 大学生になり一人暮らしを始めた僕は、周りから勝手に女だと思われていました。 異性としてのバリアを失った僕に対して、女性たちは下着姿や裸を平気で見せてきました。 そんな僕は何故か女性にモテ始め、ハーレムのような生活をすることに…。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

トリビアのイズミ 「小学6年生の男児は、女児用のパンツをはくと100%勃起する」

九拾七
大衆娯楽
かつての人気テレビ番組をオマージュしたものです。 現代ではありえない倫理観なのでご注意を。

処理中です...