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第四十六章 男の娘生誕祭
無理して、高級料理は食べない方が良い。味が分からない。
しおりを挟む陽が落ちて来た頃、俺はスマホで現在の時刻を確かめる。
『16:40』
「そろそろだな」
1人、呟くとアンナに声をかける。
「アンナ。今日の誕生日を祝う場所なんだが、この下にあってだな」
そう言って、床を指差して見せる。
「え? 博多タワーで祝ってくれるんじゃないの?」
大きな瞳を丸くする。
「まあ、間違ってはないのだが……展望レストランが2階にあるんだ。そこを予約しているんだ」
「展望レストラン!? すごい! 行きたい☆」
どうやら、喜んでくれているようだ。
さっそく俺たちは階段を使って、展望部の2階へと向かう。
階段を降りると、すぐにレストランが見えて来た。
コックコートを着たお姉さんがお出迎え。
俺たちを見るや否や、「いらっしゃいませ」と礼儀正しく頭を下げる。
「あの、予約していた。新宮です」
「新宮様ですね……かしこまりました。奥の席へどうぞ」
俺は予め、席を指定しておいた。
眺めが良く、2人きりの空間を落ち着いて楽しめるカップルシートだ。
タワーの一番隅にある三角コーナー。
真っ白なテーブルクロスをかけたテーブル。
そして、それらを覆うように、半円型の大きなソファーが設置されている。
このシートに入ってしまえば、辺りから俺たちの姿は見ることができない。
ソファーで守られているからだ。
実質、個室とも言える。
何よりも他のレストランと違うのは、この景色だ。
ももち浜の青い海。白い砂浜。それにオレンジがかった夕空。
ちょっと眩しいが……ここは、最高にムードのあるデートスポットではないだろうか?
「すご~い☆ きれい!」
座席に通されても、アンナは興奮が止まないようだ。
視線は窓に向けられたまま、コートを脱ぎ始める。
そこで初めて、今日の彼女の姿を、眺めることが出来た。
ピンクのニットを着ているが、肩の部分だけ、透けている。白いレースだ。
可愛いけど、こりゃコートは脱げないわな。
ハイネックで、首元には彼女のシンボルとも言える、白いリボンが巻かれている。
下半身は、これまた露出度高めで。
千鳥格子柄で、プリーツの入ったミニスカート。
景色に釘付けなアンナを良いことに、下から俺は彼女をガン見する。主にスカートの中。
今日はピンクか……。
思わず、生唾を飲み込む。
やっぱり……ホテルにしておけば良かった。
「タッくん。アンナのために、こんな良いレストランを予約してくれたの!?」
「ああ。女の子の……誕生日を祝うなんて、初めてだからな。色々、探してみて。ここがいいなと思ってな」
毎度のことだが、男だけどね。
そこら辺のイタリアンレストランなんかより、安かったし。
コスパが良かったのが、最大のポイント。
しかし、アンナは感激のあまり、涙を流していた。
「嬉しい……誕生日はミーシャちゃんと2人でネッキーのアニメを見ながら、ケーキを食べる予定だったから」
「そ、そうなの」
自分でケーキを焼いて、自分に祝ってもらうつもりだったのか。
なんだ、同族じゃないか。
※
俺が店側に頼んでいたメニューは、コース料理だ。
『天空のペアディナー』という、ちょっとしゃれたもの。
今回は、白金にも黙ってきた本当のデート。
だから今日のデート代は、経費で落ちない。
それでも俺が本当に祝いたいと思ったから、やっているにすぎない。
アンナは終始、ご機嫌だった。
海を見ながら次々と出されるコース料理。
前菜の盛り合わせに、パスタ。それからステーキまで。
「カワイイ~☆ おいし~☆ 写真撮っちゃお☆」
味も景色も、大満足のようで、セッティングした俺も鼻が高かった。
しかし、俺はと言えば、どれも食った気がしない。
緊張から何を食べても、味がしなかった。
コースもラスト一品になった頃。
俺は頬を軽く叩いて、気合を入れる。
ここからが、本番だ。
近くに待機していた店のお姉さんが、俺のそばへと近寄ってくる。
「新宮様。そろそろ、例の時間になりますが?」
「ああ、頼みます」
「かしこまりました。音楽が始まったら、合図ですので」
「了解です……」
コソコソとお姉さんと話していると、アンナが首を傾げる。
「タッくん。どうしたの?」
聞かれて、俺は激しく動揺する。
「いやいや! なんでもないって、それより今から面白いショーが始まるぞ」
「え、ショー?」
次の瞬間、店の灯りが一気に消えてしまう。
突然、視界が真っ暗になってしまったので、アンナも驚いていたが……。
すぐにその不安はかき消される。
何故なら、どこかの音痴さんが手を叩きながら、歌を歌い始めたから。
「はっぴ~ ばぁ~すでぇ~ とぅゆ~」
今宵のエンターティーナーは、この俺だ。
客はアンナ、1人。
俺のアカペラと共に、店内からBGMが流れ始める。
そしてキッチンの奥から、大勢のスタッフが出てきて、俺と一緒に歌い始めた。
みんな一緒になって、手を叩く。
ちょっとしたオーケストラだ。
「「「はっぴ~ ばぁ~すでぇ~ でぃあ、アンナちゃ~ん!」」」
祝われているとも知らないアンナは、ただ固まっている。
「え……?」
歌い終える頃、1人のスタッフがケーキをテーブルの上に置いてくれた。
細長いロウソクが、6本載っている。
「アンナ。ろうそくの火を消してくれるか?」
「う、うん! ふぅ~!」
小さな口だから、なかなか火を消せなかった。
それでも一生懸命、息を吹き。全て消すことに成功。
消えたことを確認したスタッフが、再度明かりをつける。
「「「お誕生日おめでとうございます!」」」
拍手喝采を浴びるアンナ。
未だに俺からのサプライズに、気がついていないようだ。
「あ、ありがとうございます……。もしかして、タッくんが用意してくれたの?」
「そうだ。俺からも言わせてくれ。16歳の誕生日。おめでとう」
「タッくん……ありがとう☆」
そう言うとエメラルドグリーンの瞳を潤わせて、ニッコリと優しく微笑んだ。
ああ……やってみて良かった。
この笑顔のためなら、俺の音痴なんて気にしないぜ。
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