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第四十五章 クリスマス前哨戦
メンタリスト、マリア。
しおりを挟む試合開始から、約30分が経とうとしていた。
両者一向に引けを取らない。
全てが互角だった。
あの馬鹿力のミハイルと、同等に戦える人間……いや、女がこの世にいたとは。
宗像先生はカウントしてない。あれは中身がオッサンだから。
「んぐぐぐっ……」
ミハイルの額からは、たくさんの汗が流れ出る。
それだけ、彼が本気だってことだ。
対するマリアも同様だ。
顔を真っ赤にして、相手の腕を倒すことに、全神経を集中させている。
「強いわね……」
このままでは勝負が終わることがない……そう思っていた。
だって、体格も力も全てが同じならば、引き分けしかない。
持久戦だとして、スタミナでさえ互角なら、どちらも勝てるとは思えない。
参ったなぁ、と後ろからミハイルを眺めていると……。
マリアが苦しそうに話し始めた。
「あのね……良いことを、教えてあげるわ」
「は? 試合中だゾ……」
「あなた、あのブリブリ女のいとこでしょ? タクトの……小説で。あれが初めてのデートと、書いてあったけど。本当は違うわよ」
「なっ!?」
マリアの言葉に一瞬だが、力を緩めてしまうミハイル。
「ど、どういうことだよ!?」
「本当の初めては……私よ」
口角を上げて、怪しく微笑むマリア。
そうか、マリアのやつ。
力では勝てないと踏んで、心理戦に持ち込むつもりか。
『初めて』を重んじるミハイルにとっては、辛いだろうな。
「はぁ!? タクトはアンナと初めて『しろだぶし節』の像で、待ち合わせて。それからカナルシティで映画を観て。“キャンディーズ”バーガーで食べた後、博多川でカノジョ候補になったんだゾ!」
大きな声で過去を遡るのは、やめてくれるかな?
クラスメイト全員が、聞いているんだよ。
あと君は、いい加減に『黒田節の像』と覚えなさい。
「それ、全部。10年前にタクトが私へしたことよ? 小説の中でアンナは初めてだとか、喜んでいたからね……いとこに伝えておいて。『あなたは2番目よ』ってね」
と意地悪くウインクしてみせるマリア。
「こ、このっ!?」
怒りの余り、ミハイルは席から立ち上がりそうになる。
しかし、試合中だということを思い出し、腰を下ろす。
この間、彼の体勢は大きく崩れ、隙が生まれてしまう。
マリアはこれを狙っていたのだろう。
だが、まだミハイルに勝つには、更なる追い打ちが必要なようだ。
「あの作品でタクトが行ったデートのルートはね。私たちの定番だったわ。彼は、私という記憶を封印していたから、無意識のうちにやっていたみたいね」
「う、ウソだっ!」
「本当よ。疑うなら、タクトに聞いてごらんなさい。それとも、これから彼が描く『過去』を読んでみることね。そうすれば、真実だと分かるわ」
「そんな……」
マリアのやり方は、汚い……だが、事実だ。
逃れられない過去。
10年前はミハイルやアンナなんて、いなかったから、ただの友達として付き合っているつもりだった。
彼女からすれば、そういう風に見られても仕方ない。
それに……マリアの言う通り、俺は無意識のうちに昔のデートをアンナにさせていたんだ。
黒田節の像、カナルシティ、ハンバーガーショップ、博多川。
全て、子供のころにマリアと初めて体験した場所。
思い出だ。
多分、マリアに出会っていなかったら、俺はあの場所へアンナを、連れて行くことはない。
というより、そんな発想すら思いつかないだろう。
対戦しているミハイルは、きっと大ダメージなのだろう……。
だが、離れて見ている俺も何故か、心がえぐられるような胸の痛みを感じる。
これは罪悪感……なのか。
「タクトは許してあげて。私以外、女の子との交流経験がないから。それで、私と似ているアンナを代用したのかも……ね。10年間、私を死んだと思っていたみたいだから」
そうマリアが言い終える頃。ミハイルは項垂れて、黙り込んでいた。
腕に力を入れるどころか、座っているのもやっと……というぐらい憔悴しきっていた。
「アンナは……おまえの、マリアの代わり?」
「そればかりは、彼に聞かないとわからないけど……。私からすると、そう見えるわね。もう私が日本へ戻ってきたのだし、代わりは要らないと思うのだけど?」
「いらない?」
「ええ、そうよ。もう私の代わりはいらないはず。だって、ちゃんと帰ってきたのだから、本当のメインヒロインがね」
「そ、そんな……アンナが。おまえの代わりだったのか……?」
気がつくと、ミハイルの瞳からは、大きな涙がポロポロと零れ落ちていた。
そして、試合中だというのに、視線をこちらに向けて、唇をパクパクと動かす。
何かを俺に伝えたいようだ。
しかし、ショックが大きすぎて、ちゃんと喋ることができない……。
「た、タクト……ウソでしょ?」
子供のように顔をくしゃくしゃにして、泣き出すミハイル。
俺はそんな彼を見て、胸に大きな矢が突き刺さったような激痛を感じた。
「ミハイル……すまん、本当のことだ」
観客席から覇気のない小さな声で呟いた。
正直、周りの生徒たちの耳にも聞こえたか、分からないほど。
それでも、ミハイルは俺の表情を見て、なにかを悟ったようだ。
「アンナは……代わりだったの?」
その時だった。バタンと何かが倒れる音がしたのは。
マリアがついにミハイルの腕を、机へ叩き落としたのだ。
時間はかかったが、心理戦は効果てきめんのようで、大ダメージを食らった。
「勝者、冷泉マリア! 女子部門の優勝者は冷泉だ!」
宗像先生が試合終了の合図を叫んでいたが、俺とミハイルだけはずっと固まっていた。
試合の結果に落ち込んでいるわけじゃない。
俺たちの……アンナとの初デートが、2番目だったということが……。
ショックだったんだ。お互いに。
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