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第三十七章 男の娘を泣かせるな
大根役者
しおりを挟む翌週の日曜日にカナルシティで映画を観ることになった。
思えば、アンナと初めてデートした場所だ。感慨深い。
しかし……観る作品が『ロケッとボリキュア☆ふたりはボリキュア オールスターズ』
博多行きの列車をホームで待ちながら、スマホで作品情報を確認しているが、マジでこれを大の男同士で観るのか……。
あくまでも取材として行くのだけど、経費として落ちるのか不安だ。
そうこうしているうちに、列車がホームへと到着。
自動ドアがプシューッと音を立てて、開く。
スマホをポケットになおして、車内に入る。
スニーカーを車内に踏み入れた瞬間、そこは別世界。
甘い香りが漂い、空気が優しく感じる。
ただの電車だというのに。
それを変えてしまったのは、一人の少女。
金色の長い髪を耳上で左右に分け、ツインテール。
ふんわりとしたピンクのブラウスには、胸元に大きなリボンがついている。
ハイウエストのフレアスカートを履いているが、細い体型のため、少し裾が下に落ちている。
足もとはピンクのローファー。
天使だ……。
余りの可愛さに俺は言葉を失う。
すると、それを見兼ねた彼女が苦笑いする。
「も~う。タッくんったら、無視しないでよ」
「あぁ……すまん。久しぶりにアンナを見たせいかな……似合っているよ、それ」
つい本音が漏れてしまう。
「え? この服のこと? 嬉しい☆」
なんて、はにかんで見せる彼女を、俺はどうしても男して認識できない。
女の子として対応してしまう。
※
博多駅について、辺りを見回すが、いつもより人が少ないことに気がつく。
今日が日曜日だから、サラリーマンとかOLがいないのは、分かっていたつもりだが。
若者やカップルが遊びに来るから、いつもならごった返しているはずなのに……。
ふと、近くにあった壁時計に目をやる。
『8:12』
そうだった。アホみたいに早く博多へ来たんだった。
だから、若者もまだ自宅にいるのだろう。
アンナが昨晩、L●NEで一通のメッセージを送ってきたのだ。
『明日は朝一番のボリキュア見ようね! だから、朝ご飯も食べないで行こ☆』
と勝手に決めつけられた。
だから、彼女の指示通り、俺は朝飯抜きで、列車に乗り込んだ。
「お腹空いたねぇ~ タッくん」
「ああ……さすがにな」
ていうか、お前がボリキュアのために抜かせたんだろ!
「もうちょっと、我慢しようね。映画があと30分ぐらいで始まっちゃうから。ボリキュアの」
なんて俺の肩に優しく触れる。
ふざけるな。
その話しぶりだと、他人に俺がボリキュアを観たいから、飯抜きで早く行こうってせがんでいるみたいじゃないか!
結局、アンナが早く映画を観たいからと、そのまま、はかた駅前通りへと向かう。
早歩きで。
空腹なのに、走らせるこの状況。苦行でしかない。
カナルシティに着いても、アンナは慌ててエスカレーターを登っていく始末。
速すぎて追いついていけないほどだ。
まあ、エスカレーターの下から、彼女のスカートを覗けるから嬉しいけど。
やっとのことで4階の映画館にたどり着くと、アンナはチケット売り場のお姉さんに声をかける。
「ボリキュア、大人二枚ください☆」
なんか幼女向けの作品名に対して、大人ってのが辛い。
俺は恥ずかしくて、少し離れた場所で彼女の背中を見守る。
チケットを受け取ったアンナは、なぜかその場で立ち止まっていた。
不思議に思った俺は、彼女に声をかける。
「どうした? アンナ。もうチケットは買えたんだろ?」
「あのね。おかしいの……」
そう言って唇を尖がらせる。
「おかしい? なんのことだ?」
「ボリキュアのスターペンライトがついてないの」
ファッ!?
あれが欲しいのか……。
ていうか、お子様しかもらえないのでは。
近くにいた売り場のお姉さんが、苦笑いでアンナに説明する。
「あのぅ、お客様。大人の方には特典のペンライトを配布できないんです。申し訳ございません」
と頭を下げる。
だが、アンナはそれに屈することはない。
「えぇ……お金払ったのに、おかしいよぉ~」
おかしいのは、あなたの感覚!
「アンナ。あくまでも子供用のおもちゃだからな。ここはちょっと我慢してくれないか?」
そう言うと、ギロッと俺を睨みつける。
「イヤッ! あれがないと映画が楽しくないの!」
「……」
このままでは埒が明かない。
後ろにもたくさんの家族連れが待っている。
仕方ない。俺が一役買ってやるか。
ゆっくりとチケット売り場のお姉さんに近くと、俺は大きな声で叫び出した。
床に寝転がり、手足をバタバタさせて。
「イヤだっ、イヤだぁ~! ペンライトないとイヤだぁ~! アンナお姉ちゃんと遊べない~! タッくん、あれがないと眠れないの~! くれないとイヤだぁ!」
ついでに泣き真似も一緒に。
「うえ~ん!」
当然、お姉さんはそれを見て困る。
「ちょっと、お客様……」
だが俺はそれでも押し通す。
「タッくんはアンナお姉ちゃんとボリキュア見るために、朝ご飯も食べてないのにひどいよぉ~! うわああん! ペンライトぉ~!」
「……」
絶句するお姉さん。
一連の流れを見ていた家族連れがざわつき始める。
「あの子ってそういう男の子よね? ペンライトぐらいあげればいいのに」
「優しくない映画館だな。ちょっと俺クレーム入れようかな」
「パパ、ママ。わたぢのライト、あのお兄ちゃんにあげてもいいよ」
最後の女の子、要らないです。
結局、俺の三文芝居によって、受付のお姉さんが負けてしまい、ライトは無事に2つゲットできた。
「ありがと、タッくん☆」
「ああ……構わんさ。アンナのためだからな」
こうやって、取材をするたびに、俺はなにかを失っていくのさ。
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