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第三十二章 女装のヤンキーと片想いのヤンキー
孫のためなら、ばーちゃんは推しまくる
しおりを挟むばーちゃんの自宅でもある呉服屋に通される。
狭い店だが、もうこの中洲川端商店街に開業して、80年以上は経つと聞く。
ばーちゃんで3代目。
由緒ある老舗なのだが、最近は海外からの観光客が多く、その流れに乗って販売する着物も随分変化している。
というか、ばーちゃんの趣味で作ったものだ。
裸体の男たちが激しく絡み合う痛い浴衣。
そんなのが店の大半を占める。
見ていて、ため息が漏れてしまう。
「はぁ……」
これだから、ばーちゃん家には遊びに来たくないんだよ。
真島の自宅でもお腹いっぱいだというのに、中洲に来ても同じ絵面。
リキは4時間に及ぶ外国映画を観賞したせいで、知恵熱を発症したようだ。
店の奥にある畳の上で仮眠させてもらうことにした。
3畳ぐらいの小さな和室。本来は試着に使われる場所だ。
彼が言うには、同性愛の内容云々ではなく、吹き替えじゃないから観ていて、とても疲れたらしい。
普段、一ツ橋高校でもろくに授業を受けないリキのことだ。
確かに辛かっただろう。
それだけ、ほのかに対する想いが、とても強いという証か。
俺とアンナは、近くにあった和風の小さな椅子に腰を下ろす。
座面が縄あみだから、ちょっと尻がチクチクする。
アンナは何故かずっと黙り込んでいた。
ばーちゃんに出会ってから、どうやら緊張しているようで、顔を真っ赤にして俯いている。
「タッくんのおばあちゃん……どうしよ……初対面なのに、こんな格好で来ちゃった」
なんて一人でブツブツと呟いていた。
じゃあ、どんな格好なら良かったんだよ? とツッコミを入れたかったが、かわいそうだったので、そっとしておく。
気がつくと、ばーちゃんがおぼんを持って現れた。
丸い湯呑を乗せて。
「喉乾いているでしょ? 飲んでいきなさい」
「悪いな。ばーちゃん」
「は、は、はいぃぃ! い、いただきますぅ!」
緊張しすぎだろ、アンナのやつ。
冷えたお茶を飲みながら、雑談を交わす。
中洲に来た理由を説明すると、ばーちゃんはケラケラ笑っていた。
「あ、そうだったの。あの寝込んでいる子は、腐女子に恋をしているのねぇ。なら、今日あの映画館に行って正解だと思うわね。新鮮なネタが豊富だもの。おばあちゃんも同人誌作る時、この年だから普通の絡みじゃ、もう詰まらなくてねぇ。よく社交場に顔を出すわぁ」
最低の荒しババアだ。
「……ばーちゃん。そういうのやめなよ」
冷たい視線で汚物を見る。
だが、そんなことお構いなしで話を続ける。
「ところで、さっきから気になっていたのだけど。お隣りの可愛いお嬢さんはタッちゃんとどういう関係かしら?」
ばーちゃんはアンナを見つめて、ニコリと優しく微笑む。
しかし、孫の俺にはわかる。
こういう顔をしている時は、大体なにか良からぬことを考えている時だ。
話を振られて、アンナはたどたどしい口調で話し始める。
「あ、あの……わ、私…タッくん。琢人くんと仲良くさせてもらっています。古賀 アンナと言います。おばあ様にお会いできて光栄です!」
どこの貴族と謁見しているんだよ……。
かしこまりすぎだ。
「そう。あなた、タッちゃんとはもうヤッたの?」
「ブフーッ!」
酷い質問に、俺は口に含んでいた茶を吹きだす。
「え? やった? なにをですか?」
意味が分かっていないアンナは首を傾げる。
「茶屋に行ったかってことよ」
いつの時代だよ!
「お茶屋さん?」
ほら伝わってない。
「あらあら、ごめんなさいね。今の時代ならラブホというべきね」
ばーちゃんに翻訳されると、やっと伝わったようで、アンナは顔を真っ赤にさせた。
「そ、それなら……行ったことはあります…」
ファッ!? 言わなくてもいいだろ!
まあ、間違ってはないからな。
それを聞いたばーちゃんは、小さく拳を作って喜ぶ。
「よっしゃ。孫の嫁ゲットしたわ!」
勝手に婚約させやがった。
「ばーちゃん。俺とアンナはそういう関係じゃ……」
老人というものは、人の話を聞かない生き物で。
「アンナちゃんだったわね? うちのタッちゃんと末永くお願いね。あら、こうしちゃいられないわ。中洲の商店街に紅白饅頭を配っておかなきゃ。それから日取りはもう決めたの? そうだわ。我が家に代々伝わる振袖があるのよぉ。それ、アンナちゃんにあげるわ」
「え、アンナにですか? そんな高価なもの頂けません」
相変わらず顔面真っ赤にして、両手をブンブンと左右に振る。
「なに言っているのよぉ。あなたはもう私の孫みたいなものじゃない~ 遠慮しちゃダメよぉ」
ばーちゃんの暴走は止まらない。
隣りで黙って話を聞いていた俺に一言。
「タッちゃん。アンナちゃんの初めてをもらっておいて、別れるとかないわよね? おばあちゃん許さないわよ。男ならしっかり責任を持ちなさい」
俺の隣りにいるアンナも、男だよ……とは言えなかった。
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