上 下
274 / 490
第三十二章 女装のヤンキーと片想いのヤンキー

中洲の女帝

しおりを挟む

 道端でしばらくリキを休ませていると、例の映画館から一人の老人が出てきた。
 目と目が合ってしまった。
 俺は気まずいと思わず視線を逸らす。
 今回の取材は、確かに腐女子のほのかを落とすための攻略法として、仕方ないとはいえ、なんだか界隈の人々の純粋な想いを踏みにじるような罪悪感があったからだ。
 無知な俺たちは土足で彼らの社交場を荒らしてしまったような……そんな気分。

「あら、タッちゃんじゃない?」
「え……」

 その老人は俺の名を知っているようで、声に出してしまった。
 視線をもう一度戻してみると。
 確かに年老いてはいるが、どこか違和感がある。
 夏だというのに淡い紫色の着物を着ている。
 ただし女性ものだ。

「タッちゃんでしょ? 久しぶりねぇ~」
「ば、ばーちゃん!?」

 忘れてた……中洲にはこのめんどくさい祖母がいることを。
 俺の腐りきった母親、琴音さん側の……。
 つまり、この老婆も還暦を越えた腐女子なのだ。

   ※

 ばーちゃんの名前は、鹿部ししぶ すず。
 御年62歳になる生粋の博多っ子であり、腐女子でもある。

 俺たちが中洲に来た理由を話すと、特に驚くこともなく、
「あ、そうなの」
 ぐらいで、ケロッとしていた。

 それよりも疲弊しているリキを見て、心配してくれた。
 近いからと自分の家で休んでいくようにと促される。
 正直、俺は母さんよりも、ばーちゃんの方がブッ飛んでいるから、あまり関わりたくなかったのだが。
 確かに今のリキには休養が必要だ。
 仕方ないので、渋々ばーちゃんの家に行くことにした。

 ばーちゃんの家は中洲川端商店街にある。
 俺ん家と同じく、自宅兼店舗だ。
 取り扱っている商品は和服。
 だから、店長でもあるばーちゃんは、年がら年中着物を好んで着用している。

 商店街を歩きながら、俺は例の映画館にいたことを尋ねる。
「ばーちゃん。どうしてあそこにいたんだよ? 女性は入っちゃダメだろ?」
「だってリバイバルだったし、観たかったもの。別に犯罪じゃないのだから、いいでしょ?」
 全然悪びれる様子もなく、手に持っていた扇子をパタパタと仰ぐ。
「いや、ダメでしょ……界隈の人たちに対するタブーじゃないか」
「なんで? お金も払っているんだし、別にいいじゃない。それにおばあちゃんだって、まだまだ枯れてないのよ? たまには新鮮なネタが欲しいのよ」
 最低なばーちゃん。

 しばらく商店街を歩いていると、目的地である店にたどり着いた。
 小さな店だが、年季の入った木造建てのどこか風情のある佇まい。
 看板さえなければな。

『呉服屋 腐死鳥フェニックス

 蛙の子は蛙ですよ……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

W-score

フロイライン
恋愛
男に負けじと人生を仕事に捧げてきた山本 香菜子は、ゆとり世代の代表格のような新入社員である新開 優斗とペアを組まされる。 優斗のあまりのだらしなさと考えの甘さに、閉口する香菜子だったが…

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...