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第二十二章 第一次テスト大戦

歌う時は音痴でも絶叫すれば、どうにかなる

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 午前のペーパーテストは全て終了した。
 と言っても、一時限目の現代社会の教師と同じく、試験中にも関わらず、先生が筆記している生徒に答えを教えてしまうというチート行為。
 だが、女子に限る。

 そのため、ミハイルはかなり苦戦していた。
 お昼休みに入ると、食事を取るのも忘れて、机に伏せてしまった。
 慣れないバイトや試験勉強で、空腹より睡眠を欲していたらしい。
 俺のお手製卵焼きを食べることなく、夢の中だ……。
 かわいそうに。


   ※

 午後になり、音楽を選択していた俺は今日のスクリーング予定表に目をやる。

『音楽の試験会場は追って報告する』

 とある。

 もう授業が始まるのだが……。
 習字を選択していた千鳥と日田の兄弟は、先に教室を移動していった。

 残されたのは、俺とミハイル。それに花鶴 ここあと北神 ほのか。
 主に女子が多い。
 シーンとした教室に、ツカツカと足音が近づいて来る。
 その正体は、音楽担当の光野先生ではなく、宗像先生……。

「よぉ~し、音楽の試験を受けるやつはこれだけだな」

 腕を組んで、一人納得する宗像先生。
 すかさず、俺がツッコミをいれる。

「宗像先生。なんで先生がいるんです? 音楽担当じゃないでしょ……」
 俺がそうぼやくと、宗像先生はアゴ外れぐらい大きく口を開いて、笑いだす。

「だぁはははっははは!」

 ノドチンコが丸見えだ。そんな下品な笑い方だから、嫁の貰い手がないんだよ。

「光野先生は、急遽お休みになられたそうだ! だからこの美人教師、蘭ちゃんが代わりに試験官になってやる!」
 ファッ!?
 お前に音を楽しむことなんて、教えられないだろうが……。
 想像しただけで、寒気を感じる。

 俺が黙りこくっていると、宗像先生がそれを見て、自身のふくよかな胸をボインと叩いて見せる。
「新宮。この私じゃ、音楽を教えられないとでも言いたげだな……だが、しかぁし! こんなこともあろうかと、秘策を用意しておいたから安心しろ!」
「秘策ですか……」
「うむ! では、部活棟にある音楽室に移動するぞ!」
「は、はぁ……」

 とりあえず、俺はまだ眠っているミハイルを起すことにした。
「ムニャムニャ……いらっひゃいませ…」
 寝言か、しかし夢の中でなにをしているんだ?
 バイトの夢か……。
「ほら、起きろ。ミハイル」
 彼の細い腕を掴むと、「キャッ!」と甲高い声をあげて飛び上がる。
「しゅ、すいません! お客様!」
 立ち上がって、頭を垂れるミハイル。
「え?」
「あ……タクト…」
 やはり夢の中で仕事をしていたようで、俺を客と勘違いしていたようだ。
 目と目があい、夢から覚めたミハイルは顔を真っ赤にしている。
「あ、あの……違うから。これは違うんだよ?」
 なんか必死に訴えているが、小動物みたいで仕草が愛らしい。
「気にするな。仕事ってのは大変だからな。とりあえず、教室を移動しよう」
「う、うん……」
 久々に、ミハイルの親友『床ちゃん』とにらめっこか……。
 元気してた?


   ※

 宗像先生によって、集められた生徒一同。
 音楽室に入ると、前回とは違い、吹奏楽部の連中は一人もいなかった。
 円を描くようにパイプイスが並べられ、部屋の真ん中に大きな機械が立っていた。
 古いカラオケボックスだ。

「さ、好きなところに座れ! あと出席カードをちゃんと取っておけよ」
 ニッコリと笑って見せる宗像先生。
 いや、これのどこが試験?

「せ、先生? カラオケでなにするんですか?」
「なにってお前……そりゃ歌うんだろ」
「……」
 少しでもこのバカ教師に期待した俺が、アホだった。

 仕方なく、カードを取り、イスに腰をかける。
 ミハイルも俺の右隣りに座った。

「オレ、カラオケって初めてなんだ☆ 楽しそう☆」
「え……ウソだろ?」
 なに、この子。超かわいそう。
「ねーちゃんがカラオケは危ないところだって、行かせてくれなかったんだ」
「危ない?」
「うん、なんかね。オフ……なんだっけ? パ……」
 と言いかけたところで、俺は彼の小さな唇に手を当てる。
「ふごごっ」
「それ以上は言わなくていい……」
 あ、察し……。
 確かにヴィッキーちゃんの危険性も考慮すべきかもな。
 ミハイルがカワイイから……。


   ※

 みんなパイプイスに並んで座ったところで、宗像先生がマイクを片手に説明を始める。

「え~ 今日は音楽担当の光野先生が不在で誠に申し訳ない。光野先生は全日制コースの吹奏楽部がコンクールに出場するため、私が代理で本試験を担当することになったので、よろしく♪」
 よろしくじゃねぇー!
 光野先生って、本当に吹奏楽部のことしか考えてないだろっ!
 前の授業も全然勉強させてもらえなくて、2時間もひたすらあのオヤジの生ケツを見せつけられるという苦行だったのに……。
 てか、コンクールもあのブーメランパンツで出場するのだろうか。
 予選で落ちろ。

 俺の憤りをよそに、宗像先生は試験の説明を続ける。

「知っての通り、私は本来、日本史を教えている立場だ。だから、自慢じゃないが音符なんて一つも読めない。なので、こんなときのために、じゃじゃ~ん! カラオケボックス~!」
 って、最後に国民的な万能ネコ型ロボットの真似すな!

「ルールは簡単だ。歌って採点の点数がまあ……そうだな。5点を超えてたら合格だ」
 ファッ!?
 楽勝すぎだろ。落ちるのはどんなジャイ●ンだ。 

「じゃ、ここはまず00生の代表ともいえる新宮から歌ってもらおうか」
「え、俺からっすか……」
「ああ。お前が一番でいいだろ。出席番号も一番だし」
 そうだった。忘れてた……。
 宗像先生に笑顔でマイクを手渡される。

「がんばれ、タクト☆」
 小さな胸の前で拳を作るミハイル。
 くっ!? こいつの前では格好いいところを見せたいもんだ。
 選曲はやはり、あの曲しかあるまい。
 俺がこの世で最も尊敬する芸人であり、作家であり、映画監督でもあるタケちゃんの名曲……。

「宗像先生、‟中洲キッド”でお願いします」
 この曲なら間違いない。毎日お風呂で歌ってるし。
 俺にそう言われて、曲のファイルをめくる先生。
 しばらく調べていたが、程なくして顔をしかめる。

「すまん、新宮。その曲、ないわ」
「えぇ……」
 俺はあの歌ぐらいしか、知らんぞ。
 あとは洋楽しか好まないから、英詩なんて無理だよ。
「そうだなぁ……この機械、昔のだから古い曲しかないんだよ。軍歌とか演歌とかそんなんばっかりだな」
 昭和ってレベルじゃねー。
 どこの老人ホームだよ。
 終戦して何十年経ったと思ってんだ。
「歌う曲がないなら、無理じゃないですか……」
 そう肩を落とすと宗像先生が再度ファイルをながめる。
「んん~ あ、これなんかどうだ? 割と最近のやつだし、ヒットしたやつだから新宮でもわかるだろ」
 俺の確認も取らず、番号を機械に打ち込んでいく宗像先生。
 モニターに映し出されたのは、確かに大ヒットを飛ばした名曲。

『タンゴ四兄弟』

「……」
 絶句する俺氏。
「さ、時間も限られてる。もう歌っちまえ、新宮」
 ゲラゲラ笑って、腹を抱える宗像先生。
「ガンバッ! タクト☆」
 ええい、ままよ!

「箸に突き刺して、ナンボ……ナンボ…」

 一本調子で歌い続けた。
 採点の結果は、42点……。
 なんとも言えない採点に俺は愕然とした。

 次にミハイルがマイクを手に取ると、彼は嬉しそうにこう叫ぶ。
「宗像センセッ! オレ、『ボニョ』がいいっす」
「おお、それならあるぞ」
 あるんかい!

 そうして、ミハイルは腰をフリフリしながら、楽しそうにボニョを歌うのであった。
 彼の美しく透き通った歌声が、部屋中に響き渡る。

『ボニョ~ ボニョ~ ボンボンな子♪ 真四角なおとこのこ~♪』

 癒されるぅ~ 
 結果は驚異の98点。
 ミハイルがこの日、最高の点数を叩き出したのであった。
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